おかしいと思うべきことは多々あった。
いきなり、ミネルバ搭乗を命じられたこと。しかもそれに元クルーゼ隊の誰かを連れて行ってもいいと言われたこと。
乗ると同時に隊服を渡されたこと。しかもそれが白だったこと。
緊急時のためとはいえ、ミネルバに搭載されていた多すぎる機体。追加されたのはいつだった?
第二航路の巡回。パイレーツとの遭遇率は何パーセントだった?
予定にはない要人を乗せているらしいガーティ・ルー。
通常は戦艦を襲わないはずの『R.I.S』。
五分の戦力。だけど、それは。
は目の前の画面を見つめながら、アプリリウス・ワンを出てくるときのことを思い出していた。
そういえば、あのときクルーゼは笑っていた。
とてもとても楽しそうに笑っていた。
Goddess, please turn here!
「アズラエル連合産業理事・・・・・・!」
画面の向こうに現れた顔に、タリアは愕然とした。
その近くでアーサーが小さな悲鳴を上げる。軍人である彼らにとって、アズラエルはまだ『ブルーコスモスの盟主』という印象が強い。
特にヤキン・ドゥーエの大戦ではプラントに核まで撃った人物であり、反射的な恐怖に萎縮してしまう。
けれど当のアズラエルは彼らを歯牙にかけることもなく、ただ一人に向かってにこりと笑った。
『久しぶりですねぇ、』
スペース・パイレーツに襲われている最中とは思えない楽しげな顔に、は抱いた確信を強める。
『本当に着たんですか、その白服。いやいや良く似合ってますよ』
「・・・・・・お久しぶりです、アズラエル理事。お褒め頂き光栄です」
『いいですねぇ、赤よりもそっちの方が似合うんじゃないですか? 後で写真を撮りましょう。希少価値で売りさばけそうですし』
腐っても産業理事な発言に、は心中で舌打ちした。
停戦してから知ったことだが、クルーゼとアズラエルはどこか似ている。
議員と理事としてだけでなく私的な関係を持っている二人を、おそらく「類は友を呼ぶ」と言うのだろう。
すべてを理解した今では、その類友さ加減をは恨まずにいられなかった。
タリアやイザーク、アーサーやメイリンの視線を感じつつも無視をして、モニターに向き直る。
「理事におきましては、本日のご予定は連合予算委員会だとお聞きしていましたが」
多少の嫌味を込めて聞けば、アズラエルはしれっと頷いた。
『えぇ、もちろん出てますよ。バジルールさんがスティングとアウルを引き連れて』
「そして理事はステラと遊覧ですか」
『聞こえが悪いですねぇ・・・・・・』
わざとらしく溜息を吐き、艶めいた金髪をさらりと払って。
『―――囮と言ってもらいましょうか』
ブリッジがざわめいたのとが手を握り込んだのは同時だった。
瞬間的に冷えていく自分を感じながら振り返る。
「グラディス艦長、ザクをお借り出来ますか? 自分たちも出撃します」
細められた瞳は深淵を映したかのような色をしていて、一瞬前とは確実に違うプレッシャーにタリアは思わず言葉に詰まった。
その隙を縫うようにして、画面の向こうでアズラエルが笑う。
『僕からもお願いしますよ。何だかこの分では負けちゃいそうですし』
「―――はっ! 畏まりました」
アズラエルの言葉とモニターに映る戦況に、タリアも表情を硬くして頷いた。
がイザークに視線をやれば強い眼差しと出会い、互いに何をすべきか理解していることを知る。
やりやすい、とは心中で呟いた。
「ファントムとウォーリアとガナー、どれがいい」
「その中ならファントムだ」
「なれば俺はガナーに乗る。遠近で攻めるぞ」
「―――あぁ」
白い隊服を翻してブリッジを後にする。
それを追いかけるようにアズラエルの陽気な声が響いた。
『久しぶりの君らの活躍、楽しみにしてますよ』
「簡単なことだ。父上が俺たちをミネルバに乗せたのは気紛れなんかじゃなかった」
力強く床を蹴り、器用に手でバランスを取って角を曲がる。
館内放送で流れ続ける戦況とMS準備指示に、は眉を顰めて無表情に続ける。
「プラントと地球は今、かつてないほどパイレーツの危機に晒されている。けれどまだ復旧しきっていない戦力では奴らを排除することは出来ない。だから俺たちをミネルバに乗せた」
「アズラエル連合理事と組んでか?」
「そうだ。パイレーツは滅多なことでは戦艦を襲わない。そのためには要人という餌が必要だった。だからこそ理事はその要求を呑んでたいした護衛も無しに宇宙へと上がってきたんだろう」
ブリッジに辿りつけば、騒がしい中で二機のザクが用意されていた。
示されたパイロットスーツを断り、とイザークはそれぞれの機体に搭乗する。
かつてのコクピットとは当然ながら違うが、慣れた様子で起動スイッチを押し、すぐさま通信回線を開く。
『だが、それはアズラエル理事にとって危険すぎるだろう』
「理事は父上と同じでそういうのが好きな方だ。それに軍属でない俺たちを出撃させるには、それなりの権力者が許可しなければ後に批判を受ける。だからこそ理事が俺たちに『出撃しろ』と言い、指揮を執る方法を選んだんだ。そうすれば後に連合とプラントの共同作業という形を取れるからな」
『ならばクルーゼ隊長は・・・・・・』
昔の呼び方に戻っているイザークに、は頷いた。
「父上は、この場で『R.I.S』を滅ぼせとお言いなのさ」
そう、それが最初からの狙いだったんだ。
握る操縦桿は久しぶりの感触。
通信越しに聞こえてくる、懐かしい台詞。
『イザーク・ジュール! ザクファントム、出るぞ!』
グレーの機体が虚空の中へと消えていく。
自動的に自分の乗っているガナーザクウォーリアがカタパルトへと導かれ、は心地良い振動に瞼を下ろした。
二年ぶりの戦場は、否応無しに彼を過去へと引きずり込む。
『射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリアー』
高揚してくる感覚には笑った。やはり自分は戦場に似合う人間なのかもしれない。
もしかしたらクルーゼはこんなことまで見抜いていたのだろうかと思いながら。
息を吐き、目を開ける。
『ガナーザクウォーリア、どうぞ! ・・・・・・・・・お気をつけて、クルーゼ秘書官』
メイリンの見送りに思わず笑った。
「―――・クルーゼ。ガナーザクウォーリア、出撃」
さぁ、久しぶりの戦場だ。
2005年3月19日