正直に言えばアラートの直後、イザークは隊服の裾を翻して更衣室に向かいかけたし、は手元のファイルを掴んでブリッジへと向かいかけた。
しかしふと目に入った服の色に、そういえばここはヴェサリウスではないのだと思い出す。
パイロットスーツやデュエルはないし、ブリッジに行ってもクルーゼはいない。
気まずげに視線を彷徨わせ、二人は表情を崩す。
「・・・・・・とりあえずブリッジへ向かうぞ」
「・・・あぁ」
艦内の緊張感とは無縁の自分たちが、可笑しくて何故か切なかった。
Goddess, please turn here!
ブリッジを目の前にして、イザークは今更ながらに躊躇する。
「おい・・・俺たちが入っていいのか?」
緊急時だし、イレギュラーとはいえ突き詰めれば部外者の自分たちは邪魔になるのではないか。
そんな気持ちを抱いて問いかけたが、先を行くは何食わぬ顔で開閉ボタンに手を翳す。
「何のための白服だ。活かさないでどうする」
さらりと告げて入っていくはやはりクルーゼの副官だと再認識しながら、イザークも続いてブリッジへと足を踏み入れた。
大きなガラスの向こうに広がる、無限の宇宙。
胸が鈍く痛んだ。久方ぶりの戦場が過去と重なる。
「お忙しいとこ申し訳ありません。グラディス艦長、我々もブリッジにいさせて頂けないでしょうか?」
「え? えぇ。もちろんです。私としてもお二人にいてもらえると心強いわ」
中央の指揮官席に座っていたタリアが振り向き、話しかけてきたに向かい、気丈に笑みを浮かべた。
その向こうに立っているアーサーは目を瞬いたが、二人の隊服の色を思い出したのか何も言わずに頷く。
CICに向かっていたメイリンが振り向いたけれど、は気づかない振りをして黙殺した。
「お二人は『R.I.S』というスペース・パイレーツをご存知?」
「名は聞いています。戦場に残されたMSの残骸を回収・修復することで戦力を増強し、力に任せた略奪を繰り返す集団だと」
「そのとおりよ。今のところザフトと連合の両者が最も危険視しているスペース・パイレーツね」
タリアの言葉には内心で眉を顰めた。何か引っかかるものを感じ、質問を連ねる。
「襲われるのは民間シャトルが主だと聞きましたが、ガーティ・ルーは連合の戦艦ですね。戦闘のリスクが大きい割に、載せている物資は少ない。MS奪取以外に、『R.I.S』がガーティ・ルーを襲う理由に何か心当たりは? それと連合艦に配置されているMS数は分かりますか?」
「理由は分からないけど、MS数なら分かるわ。アーサー」
「は、はいっ!」
話を振られ、とタリアの会話に聞き入っていたアーサーが慌てて起立を正す。
何故か二人に向かって敬礼し、数回口籠った後で答えを述べた。
「地球連合艦に配置されているMSはダガーLが5機のはずです!」
「とすると、今最前線で『R.I.S』を食い留めているのはウィンダムだから、ガーティ・ルーには予定外の要人が乗っているということか・・・・・・」
呟いて、はプラントと連合の高位に就いている者たちの予定を記憶から探し出す。
けれどそのどれにも該当者はなく、僅かに眉を顰めた。
ズームで映し出されている戦端の映像に、イザークが苛立たしげに声を荒げる。
「おいっ! ダガーLとウィンダム一機では落ちるのも時間の問題だぞ!」
「―――ええ」
深く頷き、タリアは指揮を執る。
「アーサー、ガーティ・ルーへ通信を入れて。メイリン、シン・レイ・ルナマリアに出撃を」
「「はい!」」
メイリンの声音により、ザクの準備が整えられていく。その間、はじっと考え込んでいた。
『R.I.S』、ガーティ・ルー、ウィンダム、予定外の要人、第二航路、ミネルバ、もしものとき、予定外のクルー。
「まさか・・・・・・」
思いついた考えに、は自ら首を振った。いくらなんでもこれは考えが過ぎるだろう。
まぁ、どうしようもなくなったときは自分とイザークが出ればいい。
自分の白い隊服の左腕を掴み、は真空の虚空を見つめた。
しかしいざ第三者になると事は変わって見えるもので。
「だぁっ! 何だその動きは! 旧型のジンくらい一撃で五機はなぎ倒せ!」
そうは言うが敵とてスペースパイレーツ。戦闘経歴でいえば向こうが上。
「連携プレーがなっとらん! 何だそのフォーメーションはっ!」
そう言うおまえこそ何度一人でストライクに突っ込んでいったことか。
「きゃわせっ! そんな攻撃!」
「・・・・・・・・・イザーク」
「何だ!?」
「うるさい、黙れ」
「―――っならば! 貴様は不甲斐ないと思わないのか!? 赤服がパイレーツごときと互角なんだぞっ!」
「個人的感想はもとより、士気を下げるような発言は慎め。仕方がないだろう。ミネルバ専任パイロットたちはまだ新人に近い」
「俺たちもヘリオポリスが初陣だった!」
「戦時下と今では意識が違う。とにかく黙っていろ」
命令を聞く理由はないが、戦時中からの条件反射で、歯軋りしそうなもどかしさを抱きながらもイザークは口を閉じる。
じっとモニターを見つめている目は憤りに満ちていて、は隣で僅かに呆れた。
気持ちは分からないでもない。確かにかつてのクルーゼ隊からしてみれば、このミネルバのパイロットたちは甘さが目立ちすぎるのだ。
「タンホイザー三番から七番まで用意! トリスタン照準、7500!」
タリアの指揮が飛ぶ。緊迫したブリッジの中で、は考え込んでいた。
今の戦況から見るに、戦力は五分五分。だが経験が少ない分、こちらが不利。
それにミネルバのパイロットたちの戦い方はまだ躊躇いの多いもので、コクピットを決して狙わない。
余裕のある戦いでならいいけれども、今の状況でそれをやられれば敵につけこまれるだけだ。
ましてや実力的に同等ならば。
「ルナマリア機、右側腕部被弾! 13パーセント破損!」
――――――こうなる。
参入するのは簡単だ。ザクを借り受けて出ればいい。
だが現在は軍属でない身分の自分たちが戦いに出ることは、後に批判を受けるだろう。
父親であり上司でもあるクルーゼに迷惑はかけられない。それがの決断を留めていた。
そして、もう一つの疑問。
「艦長っ! ガーティ・ルーと通信が繋がりました!」
アーサーの声には顔を上げる。
「映像回線、開きます!」
モニターの一つが電磁嵐を走らせ、カラーを浮かび上がらせる。
左右に二・三度ぶれた後、画面の向こうに現れた人物を見て、ミネルバのブリッジにいたクルーたちは息を呑んだ。
それは良くも悪くも広い意味で知られている顔だったから。
『―――あぁ、久しぶりですねぇ』
にこやかな彼の笑顔を見た瞬間、はすべてを理解した。
2005年3月8日