イザーク・ジュールと・クルーゼ・・・・・・正確に言えばの話は、シンも聞いていた。
先の大戦で、傷を負い戦線離脱する者や第三勢力に移る者が多かったクルーゼ隊の中で、最後まで残った二人のパイロット。
デュエルを駆り隊も任されたイザークと、クルーゼの副官として多彩な才能を見せた
戦後は議員としての道を行くために退役した彼らは、ザフトの兵士たちにとってラクス・クラインやアスラン・ザラ以上の伝説だった。
最強の、パイロット。
――――――だったはずなのに。
「こんな姿・・・っ! ディアッカたちが見たら笑うに決まってる!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とてもよく似合っているザフト内でも地位の高い白服を、青筋と無言で扱き下ろす。
これは本当にイザーク・ジュールとなのだろうかと、シンは心の底から疑問に思った。





Goddess, please turn here!





「えーっと・・・・・・じゃあブリッジはさっき行ったし、ドッグから案内します」
先導するシンは別にじゃんけんに負けてこの任務を仰せつかったわけではない。彼も現役パイロットとして興味があったから、自ら進んで案内の役目を引き受けたのだ。
だが、今はそれ後悔していた。とイザークから発されている不機嫌オーラはひどく痛くて、これじゃ罰ゲームの方がまだマシだと心中で泣きそうになりながらも床を蹴る。
「・・・・・・久しぶりの無重力だな」
イザークが感慨深げに呟くが、慣れた様子でバランスを取り前に進む姿にシンは感心する。
到着したドッグは広く、並べられている機器やここ独特の雰囲気が酷く懐かしくて、思わずイザークは目を細めた。
デュエルがあってもおかしくはない。二年前のヴェサリウスを思い出し、小さく笑う。
「現在、ミネルバはザクファントムを二機、ザクウォーリアを三機、ガナーザクウォーリアを一機搭載しています」
「そんなにパイロットがいるのか?」
「いいえ、俺を含めて三人です。後はもしものときのために、ということで」
「もしものとき・・・?」
イザークは訝しげに眉根を寄せるが、は要領を得た。
「スペース・パイレーツか」
「―――はい」
真紅の瞳に険しさを覗かせて、シンは頷く。
「戦争が終わったから連合と戦うことはないですけど、宇宙海賊【スペース・パイレーツ】は両者の軍事力が回復していないうちに襲おうと思っているらしくて、かなり被害を受けています。ミネルバはそんなパイレーツと戦うための艦でもあるから・・・・・・」
「クルーゼ国防委員長もパイレーツによる強襲と略奪は深刻に受け止めている。最初に行われる国防委員会でもその件を取り上げる予定だ」
「そうですか」
目元を和らげて、シンが笑う。
戦争が終結しても、山積みとなっている課題の多さは変わらない。
連合と共同で問題に当たれるようになっただけいいとイザークやは考えているが、互いの交流もまだ充分ではなく、その点で悩まされているのもまた事実である。
「白いザクファントムがレイ―――レイ・ザ・バレルので、赤いザクウォーリアがルナマリア・ホーク、青いザクウォーリアが俺のです」
カラーリングされている機体を示され、そういえばミゲルはジンをオレンジに染めていたな、とイザークは思い返す。
シンはちらりとを振り返った。
以前に一度だけ会ったときも硬質で綺麗だと思った顔が、今はすぐ近くにある。
「クルーゼ秘書官は・・・・・・レイたちと知り合いなんですよね?」
イザークが振り返ったが、は無感動に答えた。
「デュランダル議長を介して紹介された」
「ルナやメイリンとは」
「ミネルバの発進時間に間に合わなかったところを送っただけだ」
「そうなんですか」
シンは納得したように頷き、イザークは片眉を上げる。
「何の話だ?」
「この艦の専任パイロットであるレイ・ザ・バレルとルナマリア・ホーク、CIC担当のメイリン・ホークの話だ」
「議長の養い子であるレイはいいとして、何故CICと貴様が知り合いなんだ?」
「遅刻しそうだった姉妹に、父上が面白がって手を貸した」
説明になっていない説明だが、クルーゼの名が挙がっただけで流せてしまうのが元クルーゼ隊の強みであり内情だ。
心なしかイザークの視線が穏やかになり、は眉を顰めてそれを振り払った。
無言のアイコンタクトは、通訳すれば『苦労してるな・・・・・・』と『余計なお世話だ』である。
「あ、あの、それでっ」
一種不可侵の空気が二人の間に流れ、シンは慌てて声を上げる。
揃って視線を寄越されて一瞬焦るが、を見つめて控えめに口を開いた。
「レイたちが、クルーゼ秘書官に少々お時間を頂きたいって言ってるんですけど・・・・・・」
その言葉にイザークはやはり『頑張れ』という生温かい視線をに送った。



「ただいま」
休憩室に入ってきたシンに、中にいたレイたちは勢いよく振り向いた。
ソファーから立ち上がり、慣性からぶつかるようにしてルナマリアが問いかける。
「どうだった!?」
「え? どうって・・・・・・最初はどうなるかと思ったけど、結構スムーズにいったな。伝説のMSパイロットだって言うからどんな人たちかと思ったけど、話しかければ答えてくれるし。あぁ、でもやっぱり『出来る男』って感じだった」
「だけど俺、脱がされそうになった・・・・・・」
「いいだろ。結局は白を着てくれたんだし」
ヴィーノは疲れたように項垂れるが、ヨウランは笑って「後で写真を撮らせてもらおう」などと言う。
けれど聞きたいのはそんなことではなくて、ルナマリアはシンの隊服の胸倉を掴んで乱暴に揺さぶった。
「そんなことどうでもいいわよっ! それで!? あの人は来てくれるって!?」
「う、わっ! やめろよルナ!」
「だったらさっさと話しなさいよ!」
「わ、判ったから!」
どうにか返事をすれば、これまた乱暴に手を放される。
乱れた襟を押さえて息を整えれば、じっと視線を送っていたレイが一歩前に出てきた。
その後ろには不安そうに顔色を染めたメイリンもいて、シンは大きく息を吐き出して口を開く。
「・・・・・・クルーゼ秘書官はこう言ってたよ」
つい先程の、問いかけに答えてくれた無表情な顔を思い出しながら。

「『俺がおまえらに会う理由はない』」

あの人、男にしてはすごく綺麗な顔をしてるよな。レイより綺麗な男なんていないと思ってた。俺と同じ黒い髪なのに全然違うや。恋人とか婚約者とかいるのかな。いるんだろうな、女が放っておかなそうだし。あの人ならハーレムも作れそうだよな。
一刀両断したを思い返しながら、シンはそんなことを考える。
「なっ・・・・・・」
だから反応が遅れた。
「なにそれぇ!?」
怒りに満ち満ちたルナマリアの叫びがシンの鼓膜を震わす。
けれど次に響いたのは、館内放送のアラートだった。
『前方距離3000より入電! 地球連合所属艦ガーティ・ルーがスペース・パイレーツに襲われている模様! 本艦は直ちに救援へ向かう!』
懐かしい指示を、とイザークは部屋で聞いた。

『コンディションレッド発令! 総員、第一種戦闘配備につけ!』





2005年3月2日