プラント最高評議会国防委員会委員長が、新たに選出された。
先のパトリック・ザラ以来空席となっていたその席に、今一人の傑物が座る。
ヤキン・ドゥーエ攻防戦を素晴らしい指揮で乗り越え、現状の平和に大きく貢献した彼の就任を否定する者は評議会に誰一人とていなかった。
「おめでとうございます・・・・・・父上」
漆黒の目に喜びと誇らしさを讃えている息子に、クルーゼも柔らかく笑い、告げた。
「というわけで、。ミネルバに乗艦してくれたまえ」
それが、ラウ・ル・クルーゼが国防委員会委員長となって初めて下した命令だった。
Goddess, please turn here!
「・・・・・・というわけで、今回の任務に同行させて頂くことになりました。ラウ・ル・クルーゼ国防委員長第一秘書官、・クルーゼです」
「・・・・・・同じく、エザリア・ジュール最高評議会議員第一秘書官、イザーク・ジュールです」
「不慣れな場所ゆえに皆様に迷惑をかけるかと思いますが、何卒よろしくお願致します」
はそう述べ、軽く頭を下げた。その隣でイザークも同じようにする。
ツッコミどころ満載の挨拶に、ミネルバの艦長であるタリア・グラディスは小さく苦笑した。
足手まといになることなど、この二人に限ってありえないだろう。なんたって彼らは先の大戦の最前線にいたのだ。
すでに退役していることもあり、ザフトの中では伝説にさえなりつつある人物たちの登場に、ブリッジに集められたクルーたちも動揺を隠せないでいる。
その中でもルナマリアとメイリン、レイが顔色を青褪めさせているのに首を傾げながらも、タリアは補足した。
「クルーゼ国防委員長の指示により、今回の第二航路巡回にお二方も同行されます。客人としてではなくクルーとしての搭乗なので、みんなもそのつもりで」
見回すがクルーたちは呆然としていて、タリアは僅かに眉を顰めた。
「総員、敬礼は?」
「あ・・・・・・はいっ!」
最前列にいたシンが慌てたように腕を持ち上げると、他のクルーたちも急いで敬礼する。
全員の期待に満ちた眼差しを受け、イザークはちらりと隣に立つに目を走らせ、彼がゆっくりと腕を持ち上げたのに合わせ自身も手を上げた。
「・・・・・・よろしくお願い致します」
二年ぶりの敬礼は、こんな形で。
「ふざけるなぁ! なんで俺がこのようなことをしなくてはならないんだっ!」
与えられた部屋に戻るなり、ドアが閉まりきらないうちにイザークが叫んだ。
これでは近くにいたクルーたちに聞こえてしまうだろう。まだ詰めの甘い彼には静かに返す。
「父上からの命令だから仕方ないだろう。最新艦ミネルバの活動を検分し報告することが任務だ」
「だから何故それを俺がしなくてはならない!?」
「元クルーゼ隊の隊員を誰かしら一人連れて行ってもいいと言われたからだ」
「ならばニコルを連れて行け! 奴なら貴様に懐いているから喜んで来るだろうが!」
「ニコルは定期演奏会を控えている」
「ディアッカは!?」
「ボルテールは現在第十二航路を巡回中。よってラスティやミゲル、シホも無理だ」
「〜〜〜ならばクライン派からアスランを借り出せっ!」
「嫌だ」
何故かこれだけきっぱりと否定され、イザークは思わず言葉に詰まる。
その瞬間を逃さず、は畳み掛けるように続けた。
「今回の件に関してはすでにジュール議員の許可も頂いている。それでも尚疑うと言うのなら通信で問い合わせればいい」
「・・・・・・貴様のいやらしい手回しの良さを今更疑うか・・・っ!」
拳を震わせてイザークは悔し紛れに言うが、その程度の嫌味ではの表情は眉一つ動かせない。
ビーッという来訪者を知らせるチャイムに立ち上がり、内側からドアを開ける。
見れば黒髪に色黒の少年と、茶髪で前髪の一部を赤く染めている少年が立っていた。
緑色の隊服から技術スタッフ、事前に頭に入れていた資料を瞬時に洗い、は目の前にいるのがヨウラン・ケントとヴィーノ・デュプレであると判断する。
彼らは緊張しているのか口籠っていて、埒の明かない様子には口を開いた。
「・・・・・・何か?」
「あっ・・・! あの、えっと・・・!」
「か、艦長の指示により、お二方に隊服をお持ちいたしました!」
「隊服?」
奥で不貞腐れてベッドに腰掛けていたイザークも、ヨウランの言葉に立ち上がる。
不機嫌そうなその様子に二人は竦み上がるが、はまったく気にしない。
差し出された袋に、イザークは目を細めた。
「・・・・・・着るのか?」
「今更だと思うだろうが、父上の娯楽だ。付き合って差し上げろ」
身も蓋もない言い方をされたが、これでもイザークはとの付き合いが元クルーゼ隊の中で一番長い。
特に停戦してからの関係は蜜で、同じ議員秘書という立場からも会うことは多いし、互いに情報交換は欠かさない。
戦時中の刺々しさがなくなり穏やかになった二人は、言い換えれば同類とも言い、特にそれは仕事面において顕著だった。
自らの意思でザフトを退役した過去と今の現状を思い出し、イザークは表情を真剣なものに変える。
そういえば議員秘書になってゆくゆくはプラントの和平の継続を担おうと思っていたのに、何故今またこうしてミネルバに乗っているんだろうなぁ、などと考えながら。
けれどそれを熟考したら負けだと思い、思考を切り替えて尋ねた。
「一応聞くが・・・・・・何色だ?」
「「白です」」
「「断る」」
ヨウランとヴィーノ、イザークとの声が互いに綺麗に重なった。
「えーっ! 何でですか!? 着て下さいよっ!」
「断るっ! 大体また軍艦に乗るだけで気分が悪いのにこれ以上クルーゼ隊長に遊ばれて堪るか!」
「俺はおまえたちと同じ技術スタッフのもので十分だ。脱げ」
「ええっ!?」
「抜け駆けするな、! おいっ貴様も脱げ! そして代わりに白を着ろ!?」
「なっなななななな何言ってんすかぁ!? そんなの無理に決まってますって!」
「今回の乗艦はあくまでクルーとしてであって、指揮官としてではない。ゆえに白服を着る理由はない。配置はまだ決まっていないが、俺は技術スタッフを希望する。だから脱げ」
「に、睨まないで下さいっ! クルーゼ秘書官!」
「俺も技術スタッフを希望するっ! MS知識なら貴様らにも引けをとらん! 文句はないな!?」
「うわーっ! まままま待って下さい! ジュール秘書官!」
「さっさとしろ」
「「・・・・・・ぎゃーっ!!」」
「・・・・・・・・・何・・・やってるんですか・・・?」
しばらくの後案内のため二人を迎えにきたシンは、無言の圧力をかけると滝汗を流しているヨウラン、無理やり隊服を剥ぎ取ろうとしているイザークと半泣きのヴィーノを前に、ただ一言呟いたのだった。
2005年2月19日