自分の息子であるは勿体無いことをしている。
クルーゼは往々にしてそう考えていた。
は見目がよく将来性に溢れ、性格に難がなくもないがそれは許容範囲内だろうし、補って余りあるほどの有能さに溢れている。
優秀な副官で羨ましいという言葉は、戦時中から今に至るまでそれこそ数え切れないくらい受け取ってきた。
その八割近くが本気だということをクルーゼは知っているし、彼に尽くされている立場としてもの頼もしさは身に沁みている。
だからこそ勿体無いと思うのだ。

ならばその魅力で周囲を虜にし、ハーレムを築けるに違いないのに。





How about the taste of honey?





クルーゼがその光景に気づいたのは偶然だった。
「停めてくれ」
近場への買い物だったので専任の運転手ではなく、運転席に座っていたはブレーキをかけエレカを路傍に停めた。
「どうかしましたか? 父上」
「いや、あそこに珍しいものが見えたのでね」
白い手袋に包まれた指先が、フロントガラスの左斜め前方を指差す。
大きなショッピングモールの正面になる通りでは数人の人々が行き交っていた。
その中に一際目立つ色を見つけて、は軽く目を細める。
「・・・・・・赤服ですね」
「そのようだな」
目を引く鮮やかな赤は、ザフトのトップパイロットである証。
それと同じものを着ていた、先日議会所で見た人物を思い出し、は小さく顔を歪めた。
けれど今通りに立っているのは赤服は赤服でも短いスカートを履いた少女である。
そしてその隣には緑色の一般軍服に身を包んだ少女もいた。
「本日アプリリウス・ワンに帰港している艦は?」
「ミネルバのみですが、1600にL2コロニーへ向けて発進の予定です」
頭の隅からデータを引っ張り出して述べ、ちらりと手元の時計に目を走らせる。
「現時刻は1530。ここから港までは30分かかります」
「遅刻だな」
きっぱりと告げる割に、クルーゼの声は笑みを含んでいる。
「おそらく久方ぶりの本国ということで浮かれて買い物をしていたら間に合わなくなってしまったのだろう。停戦の余波がこんなところで出るとは、平和というものはこれだから面白い」
「軍の空気が弛んでいるということでしょう。再び戦争しろとは言いませんが、これでは示しもつきません」
「ザフトが舐められては困る。それに軍人というものは時間に正しく行動すべきだ」
言葉では厳しいことを言いつつも、クルーゼは助手席のドアを開けて外に出る。
父親の突然の行動にはぎょっとし、やはり表情には出さないが声を荒げた。
「父上?」
歩き出したクルーゼはバス停に立っていた少女たちに声をかける。
二言三言話している様子を車内から見つめていると、なにやらクルーゼがこちらを向き指をさす。
それに合わせて少女たちの目線もこちらを向いたので、は途端に嫌な予感を覚えた。
そしてそれは的中し、車に向かってくるのはクルーゼではなく何故か少女たちで。
こんこんと窓を叩かれて仕方なく開ければ、赤い髪を短く切りそろえた少女が快活そうに笑う。
「あちらの方に港まで送って頂けるって聞きました。ありがとうございます!」
思い切り睨めば、クルーゼはひらひらと手を振り、そのまま向かいのショッピングモールへと歩いていく。
「それじゃ失礼しまーす」
窓から手を入れて後部座席の鍵を開け、少女たちは荷物を両手に抱えて乗り込んでくる。
一気に騒がしくなった車内に、は引き攣るこめかみを必死で抑えた。



クルーゼは往々にして楽しんでいるのだ。
女性嫌いな息子は何故か女性に気に入られることが多く、その度に困りきっていることを。



後部座席に乗った少女は、赤服の方がルナマリア・ホーク。
ツインテールに髪を結った緑の隊服の方がメイリン・ホーク。姉妹だと名乗った。
「でも本当に助かりました! 買い物終わって走ってきたのに、港行きのバスが丁度目の前で行っちゃって」
次は30分後だったんですよ、とルナマリアが声高に話す。
「お姉ちゃんが迷ってたからだよ」
「メイリンがたくさん買い込んでたからでしょ? あ、私たち、最新防衛艦ミネルバのクルーなんです。私はザクのパイロットで、妹はCIC担当」
制限速度をわずかにオーバーしているのは、の心中がアクセルに現れているからかもしれない。
「戦争が終わったから出撃することはないですけど、アカデミーでは結構優秀だったんですよ。レイとシンに続いて三席だったし」
カーブを描く車体がわずかにぶれたのは、おそらく動揺だったのだろう。
「今日はこれからL2コロニーまで定期巡回なんです。また一ヶ月近く艦の中に閉じ込められるなんてうんざり」
「・・・・・・お姉ちゃん」
短い髪をぱさりと払った姉の袖口を、メイリンが小さく引く。
その仕種にルナマリアは眉を顰めたが、妹がちらっと視線を運転席へやったので、ようやく気づいた。
無言でハンドルを握っている後ろ姿に恐る恐ると声をかける。
「あの・・・・・・うるさかったですか?」
「あぁ」
「・・・・・・すみません」
端的な返事に、ルナマリアは不貞腐れたように口を閉じる。
けれどミラーを見ていたメイリンは、一瞬だけこちらを向いたと鏡越しに目が合い、息を呑んだ。
とても深い色をした黒い瞳はまるで宇宙のようで、思わず見惚れる。
「クルー、それもパイロットやCICが一人でも欠けていれば艦は発進しない。軍人を名乗るのなら時間に余裕を持って行動しろ」
冷静で冷ややかな声は正論なだけに感情を感じられず、ルナマリアはつい言い返す。
「お言葉ですけれど、私たちはプラントの安全を守っているんです。そういう言い方はないんじゃないですか?」
「お、お姉ちゃん!」
「最近のザフトは軍人の質も落ちてきているらしいな。任務の内容が公然のものであろうと平気で口にするとは」
「あのねぇ! さっきから一体何なわけ!? 私も悪いとは思うけど言い方ってものがあるでしょ! あんたの口調は高圧的すぎるのよ!」
「だからどうした。もし俺が上官だった場合、高圧的な上司の命令には従えないとでも言うのか?」
「上官だったら従うわよ、軍人だし! だけどあんたは違うでしょ! 従う義理なんてない!」
「お、お姉ちゃんってば!」
メイリンが必死で止めるが、一度火がついてしまったルナマリアは留まるところを知らない。
まるで火炎放射のように反論し続け、も珍しく皮肉気な言葉を並べてそれに受けてたった。
こうしてエレカが港に着くまでの時間は喧々囂々と過ぎていった。



バタンと思い切りドアを乱暴に閉め、ルナマリアは降り立った。
目の前にあるミネルバの乗艦口から同僚であるシンが降りてきて、慌てたように彼女たちを急かす。
「遅かったね、二人とも。間に合わないんじゃないかと思った」
ほっとしたように言うが、それに返されたのはルナマリアの鋭すぎる睨みで、シンは思わず一歩引く。
「間に合ったわよ! あの口の悪い最低男のおかげでね!」
「・・・・・・最低男?」
「そうよ! あーもうムカつくっ!」
掠れた声で悪態をつく彼女に続いて、メイリンも両手に紙袋を抱えてエレカから降りてきた。
シンと同じように乗艦口で待っていたレイが静かに三人を急かす。
「早く乗れ、三人とも」
「今の私に命令しないで!」
「ルナ?」
ずいぶんと荒れている様子にシンは首を傾げてメイリンを振り向く。
レイも同じように振り向き、固まった。
ちょうどミネルバに横付けされるようにして停められていたエレカから出てきた人物が目に入ったのだ。
聞こえてくる声は怜悧で、まるで切りつけられるかのように鋭い。

「ルナマリア・ホーク」

漆黒の瞳は彼を初めて見るシンでさえ黙らせる。
けれど激昂しているルナマリアは忌々しそうに振り返って声を荒げた。
「何よ!?」
「忘れ物だ。任務中の注意力散漫は事故に繋がるから気をつけろ」
投げられた化粧品の小さな紙袋を受け止め、ルナマリアは噛み付くように言い返す。
「あぁそれはどうも! だけど言ったでしょ! あんたは関係ないんだから私に命令しないで―――・・・・・・」
「ルナマリア!」
珍しいレイの怒鳴り声にルナマリアは思わず口を噤んだ。
戸惑っていたメイリンと現状が分かっていないシンもびくりと肩を揺らす。
「何よ、レイ・・・・・・」
不服そうに問いかけるが、それも常より強張った横顔に遮られる。
レイは踵を揃え、片腕をまっすぐに持ち上げ敬礼した。
――――――エレカから出てきた黒髪の青年に向かって。
「同僚が大変な無礼をし申し訳ありません。どうかお許し下さい」
「レイ!? ちょっとなんで―――・・・・・・」
「口を慎め、ルナマリア」
寄越された一瞥は非難の色を含んでいて、ルナマリアは眉を顰める。
けれど次の言葉にはぽかんと口を開けてしまった。

「この方は最高評議会議員ラウ・ル・クルーゼ様の秘書であり、戦時中はクルーゼ隊の副官として高い功績を上げられた様だ」

一瞬呆け、けれどシンはばっと背筋を伸ばし、レイと同じく敬礼の構えを取った。
の名は前大戦を最後まで戦い抜いたトップガンとして、そして何より指揮官ならば誰もが望む屈指の副官として知られている。
立場ゆえに戦闘に出ることは少なかったが、出れば冷静な立ち回りで誰より多くMAを落としたという話は、アカデミーを出たばかりの彼らとて耳にしたことがあった。
驚きの余りまだ姿勢の正すことの出来ないルナマリアとメイリンに、レイはもう一度口を開こうとするが、それよりも先に低い声が遮る。
「挨拶はいい、さっさと乗れ。これ以上出発時間を遅らせる気か」
「―――はっ! 申し訳ありません。それでは失礼致します」
「貴艦の任務が無事に果たされることを願っている」
シンがメイリンの背を押し、乗艦口へと押しやる。
すでに出発を告げるブザーも鳴り響いていて、レイはルナマリアの腕を取って無理やりミネルバに乗せた。
閉じられた扉の窓から再度敬礼すると、鋭い眼差しが寄越され、少しの後に同じように敬礼が返される。
自分たちとは違い慣れたその仕種にレイはじっと見入った。
港が遠ざかり、エレカが見えなくなっていく。
プラントを出たところで上げていた腕を下ろすと、隣でルナマリアが小さく呟いた。

「・・・・・・・・・どうしよ」
「自業自得だろう」

真っ青な顔をしているホーク姉妹に、レイも溜息を吐き出した。
最後に頂戴した睨みといい、先日の議会所での態度といい、自分はおそらくに嫌われているのだろう。
彼は自分の目標とする軍人なので、その事実にレイは密かに傷ついていた。
三者三様に項垂れる横では、未だ現状の分かっていないシンが不思議そうに首を傾げていた。





余談。
、先程の二人はどうだったかね?」
「非常にうるさかったです」
クルーゼの『ハーレムを見て楽しもう企画』、とりあえず失敗。





2005年1月28日