シャッという小気味良い音を立ててカーテンが開かれた。
「ホラ、朝よ! 起きて、!」
瞼の裏に突然白い光が差し込んで、は思わず寝返りを打ってそれから逃れた。
けれど次いで背中から柔らかな重みを感じて、ようやくその目を薄く開ける。
視界に赤い髪が目に入って、逆様に覗き込んでくる少女の顔を間近に感じて。
朝日に負けないくらい輝いている笑顔に、も笑った。
「・・・・・・おはよう、フレイ」
「おはよう、!」
軽く頬にキスをして。
こうして一日が始まる。
Opening in the new world
ブルーのシャツに淡い黄色のネクタイ。黒に近いスーツのジャケットは、まだ羽織らずにハンガーへとかけたまま。
揃いのカフスとタイピンをつけたを眺め、フレイは満足そうに目を細める。
彼の装いをコーディネートするのは、フレイの楽しみにしている日課の一つだ。
黒い髪に白い肌。美しい横顔は、以前は憎しみしか抱けなかったコーディネーターなのに。
今はこうして共に過ごし、笑い合っている。
・・・・・・人は変わることが出来るんだと、心から、身をもって、思う。
「フレイ?」
「・・・・・・何でもないの」
表情のあまりでないの顔に、不思議そうな感情の色を見つけて。
こんな些細なことまで気づけるようになったのが、本当に嬉しい。
「朝ご飯の準備、もう出来てるのよ」
「・・・・・・・・・」
「何、その沈黙! ちゃんとパレナさんたちと作ったから大丈夫よ!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん」
この家の家事を一手に引き受ける年配のお手伝いさんの名前を挙げて、安全性を主張する。
それでも黙り続けるに耐えかねて自信なさ気に付け足したが、逆に小さく笑われてしまった。
はフレイにジャケットの上を渡し、自分は鞄を持って部屋を出る。
大きな屋敷の廊下は、どの窓からも眩しい光が差し込んでいて。
「父上は?」
「お父様はまだ。さっきパレナさんが起こしに行ってくれたけど」
「じゃあ食堂で会えるな」
この家ではいつも朝食は三人揃って取ることになっている。
と彼の父親は仕事柄、朝早いのも仕方ないけれど、家にいることの多いフレイはこんなに早く目覚めなくても良い。
「起きる必要はないのに」
何度も繰り返してきた台詞を言うと、フレイも同じように何度も言ってきた返事を返す。
「嫌よ。もお父様も仕事が大変なんだもの。朝くらいはちゃんと『おはよう』って言って、一緒にご飯を食べたいわ」
「・・・・・・今日は早く帰ってこられると思う。急ぎの仕事もないはずだから」
「じゃあ待ってるわね!」
「食べられる食事を用意しといて」
お嬢様育ちで、今までは家事など何一つ出来なかったフレイに対して意地悪く笑って。
そんなに頬を膨らませ、けれどフレイもすぐに笑った。
長いテーブルのうち、片側の端だけを使って食事をとる。
上座の席にはこの屋敷の主が、その角隣にはとフレイが向かい合うように座って。
「「「いただきます」」」
手を合わせてから食べ始めるのも、この家のルールだ。
「父上」
ナイフを入れればとろりと半熟のオムレツが静かに流れる。
仮面の下で、クルーゼは心地よく笑った。
「本日の予定は10時から評議会。13時からはクライン派およびオーブ、地球連合との会談。17時にはジュール家と会食の予定が入っています」
「ふむ。その会食に来るのはイザークか? それともエザリア議員?」
「エザリア議員とのことです」
書類を見ることもなく、はそう答えた。
今日の予定だけではなく、向こう一ヶ月のクルーゼの予定は、すべて彼の頭の中にインプットされているのである。
「分かった。ならば私が出向こう」
クルーゼはそう答えて、小さく切り分けたオムレツを口に運んだ。
ナチュラルとコーディネーターの争いは、一年前に停戦を迎えた。
加熱する争いはクライン派によって執り成され、今は不恰好ながらも共生の道を歩んでいる。
長い間憎しみ合ってきた両者の間に流れる溝は深く、今だ手探りながらでも。
少しずつ、けれど確かに前へ進んでいるのだ。
先の戦いで数多い軍功を挙げたクルーゼは、今はプラント代表の評議会議員の地位についていた。
そしてザフトの時代から彼の右腕を務めてきたは、その補佐についている。
軍にいる頃は公に出来なかったが、今はちゃんと・クルーゼの名を名乗っていて。
父親と息子。共に美麗な容姿を持ち、類稀なる才覚を有する彼らは、プラントの現在と未来を担う紛れもない柱。
そして父親を戦争で亡くし身寄りのなかったフレイを引き取って、彼ら三人はアプリリウス・ワンのクルーゼ邸で日々を過ごしている。
クルーゼとはナチュラルとコーディネーターの平和のために尽くしながら。
フレイはそんな彼らの帰りを待ち、自らもコーディネーターとナチュラルについて深く学びながら。
日々を、生きている。
「―――ねぇ、待って」
クルーゼとが仕事の話をしている間は口を挟まない。
自らそう決めているフレイは、聞いていた予定に疑問を抑えきれず、ついに問いかけてしまった。
けれど彼女の家族である二人は別に気分を害した様子もなく、揃って同じように首を傾げて。
「クライン派とオーブと地球連合って、ひょっとしてプラントに来てるの?」
「あぁ。今回の会合の場はここだから」
「・・・・・・ってことは」
フレイが可愛らしい顔を歪めた。
クルーゼはそんな娘―――血は繋がっていなくとも、彼はフレイのことを同様、実の子供のように思っている―――の様子に、楽しそうに含み笑いをして。
「そう。クライン派代表のラクス・クライン嬢、ならびにオーブ代表カガリ・ユラ・アスハも来ているということだ」
当然だがな、と言った父の言葉に、フレイはますます不愉快そうに顔を顰める。
は食べ終えた皿にナイフとフォークを綺麗に並べ置いた。
「アスランとキラも来ているそうです」
「彼らはそれぞれの補佐だからな。まぁそれも当然だろう」
「ニコルやディアッカ、イザークらと会う約束もしているそうですが」
「おや、。君は行かないのか?」
誘われただろうに、と言う父には頷いて、けれど否定する。
「断りました。そんなことに付き合ってる暇は―――・・・・・・」
元同僚たちに対して、が素で失礼な言葉を吐こうとしたそのとき。
「ダメダメダメダメダメダメダメダメ――――――っ!!」
朝から鼓膜によろしくない叫びが届く前に、優秀な反射神経を持つクルーゼ親子は揃って耳を押さえた。
エコーのかかっている余韻が消え去った頃に、その手を放して。
クルーゼ邸に来てからはヒステリックになることもなく落ち着いていたフレイを不思議そうに見やる。
・・・・・・・・・もちろん、その理由は分かっていたけれども。
「ダメ! ダメよ、絶対!」
バンバンっと白いクロスのかけられたテーブルを叩き、フレイが主張する。
「はその会合に行っちゃダメ! 絶対にダメなんだから!」
「・・・・・・フレイ」
「ラクス・クラインにカガリ・ユラ・アスハ!? そんな二人がいるところになんて行っちゃダメよ!」
「・・・・・・・・・」
「あの二人、いつも何だかんだ言ってに纏わりついて! もうすっごい邪魔なんだから!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
肩で息をしてそう言い切るフレイから、クルーゼは口元へ手を添えて顔を逸らした。
そんな父の姿を横目で見やっては思う。
今のこの人を一人にしたら、きっと腹を抱えながら涙を流して大爆笑するのだろう、と。
フレイは今の生活がとても大切で、クルーゼとのこともすごく大事に思っている。
に対しては家族愛か恋愛感情かハッキリしないところもあるけれど、要は同じ。
近づく女は、許さない。
は相変わらずの無表情で、正面の少女に話題の転換を図った。
「フレイ。キラが久しぶりに会いたがっているようだけれど」
「そんなのどうでもいいわよっ! とにかく、絶対にあの二人に会っちゃダメだからね!」
一時は肉体関係まで持った相手を『どうでもいい』と言い切るか。
その性格と思い切りの良さを見込んで引き取ったのだが、それは正解だった、とクルーゼは必死に笑いを堪えながら思った。
この娘と息子は、実に楽しい人間関係を築いてくれそうで。
クライン派代表とオーブ代表の、これまた一筋縄ではいかない少女たちを思い浮かべる。
さすが我が息子、大人気だ。
親馬鹿なことを考えつつ、クルーゼはそっと仮面をずらし、笑い涙を拭った。
何だかんだありつつも朝食は無事に終わり、クルーゼ親子は出勤するために玄関の扉を開けた。
「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」
パレナをはじめとするメイドたちに見送られ、回されてきたエレカに乗り込む。
フレイはその傍まで近づき、家族を見送った。
「いってらっしゃいませ、お父様」
「行ってくるよ、フレイ。今日も一日頑張りなさい」
「はい」
視界が狭かったために色々なものを失い、他者を傷つけ、そして自分も傷ついてきた。
それらを無駄にしないように、フレイは今必死で学んでいる。
今はまだ難しいことばかりだけれど、いつか大学でコーディネーターにナチュラルのことを、ナチュラルにコーディネーターのことを教えられるようになりたい。
それが、今のフレイの夢。
「いってらっしゃい、。会合に出るのは仕事だから仕方ないかもしれないけれど、絶対にお父様の傍を離れないようにね」
言われた内容には思わず顔を顰めて、けれど続いた言葉には頷いた。
「今日のお夕飯は一緒に食べましょう? 待ってるから」
「あぁ。いってきます」
「いってらっしゃい」
明るい笑顔に見送られて、エレカは出発した。
新しい未来は、こうして切り開かれていく。
2004年3月30日