「ヘリオポリスで連合のMSが製造されている・・・・・・?」
クルーゼが呟いた言葉に、通信機の向こうにいる男は敬礼をしたまま頷いた。
手袋を嵌めた指がトン、とテーブルを叩くのを、は後ろで控えたまま見つめる。
肘掛に肘をつき、手の平を口元にやって考え込むようなポーズを示し、クルーゼは続けた。
「それは本当かね? 君は知らないかもしれないが、潜入捜査官の先走りで、今日我々はL3へ無駄足を踏みに行ったのだよ」
『で、ですがこちらの情報は本物です! 映りは悪いですが、映像を送りますのでどうかご確認下さい!』
男の言葉に、は通信機の傍らで画面を立ち上げる。
コードを繋げ送られてきた映像を映し、キーボードを操って粗い画像をクリアにしていく。
そして向けられたディスプレイに、クルーゼは仮面の下で目を細めた。
「・・・・・・なるほど。これは確かに由々しき自体だ」
薄い唇をゆっくりと吊り上げ、通信画面に向き直る。
「この件は早急に上に報告しよう。こちらから連絡するまで、君たちは今しばらくこのMSを監視していてくれたまえ」
『はっ!』
「君たちの見事な任務遂行にプラントは救われるだろう。ご苦労だった」
クルーゼの言葉に男は感激を露にし、敬礼する。
その様子が映っている通信画面を切り、クルーゼは口元を指で覆った。
それでも堪えきれずに漏れてくる笑い声が、彼の肩を揺らす。
「―――
振り向いて名を呼ぶクルーゼに近づくと、伸びてきた手がの頬を撫でた。
ひどく楽しそうに、感激を抑えられないように、クルーゼは笑う。

「ようやく始まるらしい。・・・・・・・・・我々の、戦争が」





Pull the fate trigger by own hand.





クルーゼは潜入捜査官に「上に報告する」と言ったけれども、実際にそうはしなかった。
元よりL3で連合軍が新型極秘軍事衛星を開発しているとの情報を得、その壊滅に向かっていたのだ。
隠密行動の目的地をヘリオポリスに変えるのは容易く、クルーゼの判断も迅速に行われ、ヴェサリウスは静かに進路を変える。
パイロットたちにその任務が言い渡されたのが、MS発見の報が入った当日内だったということも、評議会に先手を打たせないためだったのだろう。
上に考える時間を与えては、MS完成の時間を連合に与えてしまう。それでは駄目なのだ。今仕掛けなければ、戦争は始まらない。
クルーゼは目の前に立つ五人のパイロットを見回し、鷹揚に命令を下す。
「君たちには明日、ヘリオポリスで極秘開発されている新型MSを奪取してもらう」
突如与えられた任務の重大さに、アスランが息を呑んだ。
イザークでさえ目を見開き、ディアッカも表情を変える。
「MSは全部で五機。それぞれに搭乗し、そのままヴェサリウスに帰還してくれたまえ。パイロットはイージスにアスラン・ザラ」
「は、はいっ!」
動揺しながらもアスランが敬礼する。その間にバックのスクリーンでは、の手によってイージスの映像が映し出された。
「デュエルにはイザーク・ジュール」
敬礼するイザークは、高揚した面持ちでグレーと青の機体を見つめる。
「バスターにディアッカ・エルスマン」
ディアッカも敬礼し、エネルギーライフルを装備した機体を見据える。
「ブリッツにニコル・アマルフィー」
敬礼したニコルは、どこか悲しげに濃いグレーの機体を眺めた。
「そして、ストライクにはラスティ・マッケンジー」
「―――え?」
画面に映し出される白と青の機体。
けれど呆けたような声を出したラスティに、クルーゼは薄く笑う。
「どうした、ラスティ? ストライクは君の機体だぞ?」
「え・・・・・・ですが」
チラリ、と戸惑った視線がキーボードを操っているに向けられる。
その意味を悟り、クルーゼは付け足すように説明した。
「奪取したMSは君たちそれぞれの専属機体となる。そうなるとパイロットは余程のことがない限り艦を離れることは出来なくなるのだよ。先日伝えたようにには追悼慰霊団護衛の任務が入っているし、私の秘書ということも含め艦を留守にすることも多いだろう。それ故にストライクは君に任せようと思う」
「は、はい!」
ラスティが背を伸ばし敬礼する。
その様子を見やってクルーゼが視線を巡らすと、他のパイロットたちもそれぞれに緊張の色を浮かべていた。
いくらトップパイロットとはいえ、まだ十代の少年。ましてやこれほどの大きな任務を前にして、緊張しない者はいないだろう。
少なくともクルーゼはそんな人物を一人しか知らない。
涼やかな表情でキーボードに向かっているを視界の隅の収め、アスランたちを上司らしく励ます。
「君たちのサポートにはミゲルやオロールなど優秀なパイロットをつけよう。新型MSを開発したはいえ、相手はナチュラルだ。奴らにMSの操縦などという高度なことが出来る訳がない」
そう言ってやるとあからさまに表情を緩ませたパイロットたちに、まだまだだ、とクルーゼは思う。
彼らではまだまだ、戦場に立つには甘すぎる。
だけど手を差し伸べてやる気はない。使えるものは、ただ使い捨てればいいのだ。
己の抱く野望のために。
「さぁ、明日は早い。今日はもうゆっくりと休みたまえ」
穏やかな雰囲気と唇の角度だけで力を与え、クルーゼは彼らを下がらせた。
最後に揃って敬礼をするパイロットたちに、扉のこちらから笑みを送る。
一転して冷ややかな、酷薄の笑みを。
彼らの運命すら嘲笑っているかのように情のない表情だけれども、は嫌悪も何も感じなかった。
「それでは、俺はミゲルたちに連絡してきます」
「あぁ、頼む」
「失礼します」
礼儀正しく一礼して、は指揮官室から出て行く。
その後ろ姿を見送るクルーゼの顔は、今度は柔らかな笑みを浮かべたものだった。



「ミゲル」
廊下で見つけた後ろ姿に呼びかけると、背の高い男が振り返る。
身長差の関係から見上げなくてはならない相手に、は小さなロムを差し出した。
「明日の作戦概要だ。全員に回しておけ」
ヒュウッと口笛を吹いて受け取り、ミゲルは楽しそうにロムをじろじろと眺める。
「アスランたちがやるっていうMS奪取か?」
「あぁ。おまえたちにはサポートに回ってもらう。パイロットたちの護衛、ならびに敵戦力の打破だ」
「判った。とりあえず新型MSをザフトに持ち帰ればいいんだろう?」
「そうだ」
用件だけ述べると、は踵を返す。
姿勢の良い背と、艶やかな黒髪。赤い隊服を見つめていたミゲルは、無意識のうちに問いかけていた。
「―――このMSを奪取すれば、ザフトの勝ちはほぼ決まるよな?」
が振り返る。
艦内の蛍光灯の下、白い肌がより透明に見える。
闇のように深い色の瞳から視線を逸らさず、まるでうわ言のように尋ね続けた。
「相手はナチュラルだ。俺たちは勝てるよな?」
「・・・・・・その可能性は高い」
「もしやられそうになったら、どうすればいい?」
「神にでも祈ってろ」
「信じてもいないのにか?」
長く続きそうな問答にが眉を顰めた。
ミゲルとて自分らしくないことは分かっている。『黄昏の魔弾』として知られている自分らしくない。
だけど問わずにはいられないのだ。
心のどこかが焦っている。何かに押し潰されそうな自分がいる。
ロムを握る手に力が篭り、かすかに鈍い音がした。
そんなミゲルの様子には片眉をあげ、けれど変わらぬ冷静な声音で言う。
「ならばジョージ・グレンにでも祈っておけ」
「・・・・・・・・・それはまぁ、ご利益はありそうだけどな」
外れた答えにミゲルの気が抜ける。
苦笑するような笑みが口元にのぼり、ミゲル自身情けなく困ったような気持ちになった。
もしかしたら、縋りたかったのかもしれない。
目の前にいるは初めて会ったときからずっと、弱いところなんて欠片さえも見せなかったから。
「ミゲル」
己の考えに沈んでいたミゲルは、慌てて顔を上げた。
何かしらの用があるときにしか、は話しかけてこない。
任務や伝令以外で彼から名を呼ばれたのは初めてかもしれない、とミゲルは思う。

「戦場に立つのは、おまえ自身の意思だ。願いがあるのなら、それを叶える為に戦え。そうすれば嫌でも生き抜こうと思うからな」

言い捨てて、今度こそは背を向けて歩き去った。
角を曲がって消えていった背を、ミゲルは呆然と見送る。
手の中にはロムがあり、少し歪になったケースが現実を伝える。
「願いを叶える為に戦え・・・・・・か」
脳裏を過ぎった家族や仲間たちの顔に深く頷く。
――――――負けるわけにはいかない。
「守らなけりゃならないんだ・・・・・・」
呟いてミゲルも歩き出した。手の中にある任務を遂行するために。
それぞれの抱く願いを叶える為に、彼らは一歩を踏み出す。

その行き着く先が何処なのか。
戦争だけが、知っている。





2005年9月4日