いくつの夜を送り、いくつの朝を迎えただろうか。
時を数えるのを忘れ始めた頃、視界が急に開けた。
闇に染められていた世界に注ぐ、白に似た輝き。
それは確かに光だった。

それは互いに光だった。





Gleam of you





「不思議な気持ちだったよ」
まるで子供に教えを説くかのように、穏やかにクルーゼは話し続ける。
銃を手にキラとの出生を、嘲り己の誕生を。
緩やかに語り続け、闇の中で手招きする。
こちらへおいで。おまえたちも堕ちてこい、と。
優しく撫でるような声を、は肩で息しながら聞いていた。
「クローンとして作られた私と、対極にいる最高のコーディネーター。と出逢った日のことを私は今でも夢に見る。なりたいと願った自分がそこにいたのだ。手を伸ばさないわけがないだろう?」
俺も今でも夢に見ます。あなたと出逢えた日を。
あなたが闇の中から救い上げてくれた瞬間を。
「本当ならば嫉むべき相手だが、そんな気は毛頭起こらなかった。何故だか分かるか?」
差し込んできた光。蛍光灯なんかじゃない、本物の光。
その中をまっすぐに歩いてきたあなた。
「それはが私と同じ、愛すべき『失敗作』だったからさ」
機械のスイッチを切り、ガラスの境界線を取り去ってくれた。
カラフルな世界を与えてくれた。手を伸ばし、俺の手を取ってくれた。連れ出してくれた、ガラスの中から。
液体と共に溢れた自己。その瞬間に決めたのだ。

は子孫を残すことが出来ない。それが君と違って破棄された理由だよ―――キラ君」

身体と心が朽ちるまで、朽ちても尚、この人のために生きよう。
俺に感情を吹き込み、命のスタートを切ってくれたあなたのために。



ラウ・ル・クルーゼただ一人のために、俺のすべてを捧げよう。





あなたが幸せなら、俺も幸せです





「間もなく最後の扉が開く!」
銃を両手に握り、照準を定めながらも、の視界はゆらゆらと歪んでいた。
体中から汗が沸いて出てくる。これもきっと、クルーゼの動揺。
声高に語り続けるクルーゼの横顔がいつになく感情的で、それがさらにの不安を募らせた。
「私が開く! そしてこの世界は終わる! この果てしなき欲望の世界は! そこであがく思い上がった者達、その望みのままにな!」
「そんなこと・・・!」
キラが叫び、弾かれて床に転がっていた銃へ駆け出す。
も同時に地を蹴った。潜在的な恐怖で縮こまっていた身体を動かして肉薄し、銃を握ったキラの手を後ろから掴み、床へと押し倒す。
背中に馬乗りになり、茶の髪に銃を突きつけた。
「キラっ!」
駆け寄ろうとしたフラガは、クルーゼに笑いながら銃を突きつけられ動きを止める。
後頭部に押し付けられている金属の感覚に、キラの額から汗が伝った。
銃を撃とうにも、手首をきつく床に押し付けられているために動かせない。
横になった視界には埃まみれの床だけが映る。
こんな場所で自分は生まれたのか。
こんな場所では育ったのか。一人、機械の中で。
「・・・・・・丁度いい機会だから言っておくが」
出口のない思考を遮ったのは、本人の声。
アークエンジェルで初めて会ったときから変わらない、冷静な声音。
あのとき彼はすでに知っていたのだろうか。自分が、『キラ』だと。
「俺は別におまえを恨んでなどいない。おまえが成功例で俺が失敗作だということもどうでもいい。むしろ今ではその差異に喜びさえ感じている」
「・・・・・・よろこ、び・・・?」
「そうだ。『失敗作』だからこそ俺は破棄され、そして出逢うことが出来た。ラウ・ル・クルーゼ隊長・・・・・・・・・俺の父に」
冷ややかな声音の中に、確かな喜びをキラは感じた。
感情を表に出さない、怜悧なの心のうちを。彼の抱く『幸せ』を。
「この世界の中で父上だけが人だ。父上が望むなら俺は何でもする。ナチュラルもコーディネーターも関係ない。地球やプラントも、何が相手だったとしても。父上が望むのなら何だって―――誰だって滅ぼしてやる」
「―――そんなこと・・・っ!」
キラの脳裏にフレイの顔が、ラクスが、カガリが、アスランやサイ、仲間たちの顔が浮かぶ。
彼らの笑う顔が。幸せそうな、笑顔が。
「そんなことさせるもんか・・・・・・!」
怒りにも似た強い感情を込めて、キラは手首の拘束を振り切って銃を投げつけた。
――――――クルーゼへと向かって。



鋼色の塊がスローモーションのように宙を泳ぐ。
他愛ない攻撃にクルーゼが唇を歪めて身を返した。
その、瞬間。

フラガの撃った弾が空中を漂う銃に当たり、その軌道を変えさせた。
避ける間もない。



―――カシャン―――・・・・・・



白銀の仮面が床に転がり、フラガとキラは息を呑んだ。
ラウ・ル・クルーゼの暴かれた素顔に。



覆うもののなくなった顔をクルーゼは己の手で隠す。
その仕草を見た瞬間、はかっと頭に血が上り、組み伏せていたキラの頭を思い切り銃鉄で殴りつけた。
呻き声に再度手を振り上げるが、それと同時にクルーゼが叫び、踵を返す。
「貴様等だけで何が出来る! もう誰にも止められはしないさ、この宇宙を覆う憎しみの渦はな!」
「待て・・・っ!」
走り去る後ろ姿にフラガは追いかけようとしたが、負っている傷が深く、それも出来ない。
彼が膝をついたのを横目で見やり、はもう一撃キラの後頭部を打ちつけた。
そして立ち上がって横腹に蹴りを入れ、転がっている銃を拾い上げる。
闇色の瞳が自分を見下ろすのをキラは感じた。
押し潰されそうな殺意と、切り裂くような憎悪。
死すら覚悟したけれど、それは来なかった。すぐに背を向けては走り出す。
「・・・・・・父上・・・」
途中、仮面を拾い上げて呟いた声は、哀しみと愛に溢れていた。
小さくなっていく背中を、キラは伏したまま見送る。
流れてきた血が目に入り、視界を薄い赤色に染め上げた。

何故かそれを、懐かしい景色に感じた。





2005年5月29日