オレンジ色の世界の中、ガラスを二枚隔てたところにいた存在。
君は俺のことを知らなかったようだけれど、俺はずっと君を知っていたよ。
同じ日に作られ、同じときを共にし、同じように成長し。
そして一人だけこの世界から抜け出られた君のことを。
ずっとずっと、知っていたよ。





you and me, all or nothing





生まれる前から目が見えていたし、耳も聞こえていた。
オレンジ色の液体の向こうで、幾人もの研究者たちが雁首揃えて自分を見ていたのを知っていた。
「なんて素晴らしい! この能力値! この遺伝子配列!」
「しかもそれを二体も作ってしまうんだなんて、さすがはヒビキ博士!」
「両方とも男というのが惜しいくらいですな。男女ならば掛け合わせて子供を作ることも可能だったのに」
さざめき、感嘆の声を上げる大人たち。
その中心にいる人物は誇らしさを顔中に浮かべて自分を見ていた。
「これこそが私の求めていた最高のコーディネーターなのです」
向けられる眼差しは、人ではなく物に対してのもの。

考えるだけの脳があったし、理解するだけの分別もあった。
なかったのは判断するだけの自己と感情。
自分が何なのか知らなかった。
何のために作り出されたのか、知りたかった。

「決めたよ、君の名前は。そしてこっちがキラだ」
オレンジの向こうで笑う大人。
その人が自分を創ったであろうことは判っていた。
次に浮かんでくる疑問は、『何で俺を作ったのか』だ。
「早く出ておいで。そして私の研究の成果を証明してくれ」
それが俺の作られた理由?
あなたを満足させることが俺の存在する意義?
「今までどれだけの研究体を失ってきたことか」
研究体って何? 俺や『キラ』のこと?
俺や『キラ』を失ってきたとはどういうこと?
「おまえたちは唯一の成功例なんだよ」

何の、なんて聞く気もなかった。
成功例だと言われても、失敗例を知らなかった。
だからその言葉に価値を見出せなかった。
『キラ』なら、知ってるのかな。
そう思って振り向いてみたけれど、隣の機械の中に入っている彼は、まだ目を閉じたままだった。



自分が何だか知らなかった。
知っていれば、何か変わったのかな。

俺は『キラ』と共にこの世界から出られたのかな。



「何てことだ!」
ある日、男が大声を上げてガラスを叩いた。
それでもヒビなどは入らず、ただくっついた皮膚だけがよく見える。
もう一度大人はガラスを叩いたけれど、割れるどころか振動さえが感じることはない。
「ここまで・・・っ! ここまで来て失敗だと!? 何故だ! 一体何が悪かったんだ!?」
何度もガラスが叩かれる。間近に寄せられた顔は頬がこけていて、けれど両の目だけはぎらぎらと輝いている。
その目が自分を捕らえ、食い入るように睨み付けてくるのをはただ見ていた。
何が起こっているのか分からなかった。隣の機械に入っている『キラ』を見てみるけれど、彼はまだ目を開いていない。
何故だろう。何が起こっているのだろう。どうして大人はそんなに自分だけを見ているのだろう。
何かが向けられている。気持ちが向けられている。何だろう。何の気持ちだろう。
が知識を探っていると、ふっと周囲の色がオレンジからグレーへと変わった。
目線を上にあげると、さっきまで目の前にいた大人が立ち上がっていて。
の入っている機械を一瞥し、背を向けた。



「これは破棄する。――――――失敗作だ」



何だろう、と思った。



一面オレンジだった世界が、グレーへと変わった。
心なしか息苦しくなったけれど、それ以外の変化は特になかった。
ただ、今まで毎日自分を覗いていた大人たちが、誰一人見向きもしなくなった。
彼らが見るのは、隣にいる『キラ』ばかり。
目を閉じ、丸くなっている彼は、まだオレンジの世界にいるのだろうか。
色をなくしたこちらから、は『キラ』を見ていた。

その夜には機械から出され、別の器に移し替えられた。
光に溢れていた部屋から、暗く静かな部屋へ。
扉が閉められると真っ暗になるそこは、あたかも闇の中のよう。
形を成した手を伸ばせば、ガラスに触れる。境界線はある。
けれど音さえもないそこは、にとって永遠だった。
取り残された、永遠。



人がいない。誰もいない。
光がない。輝きがない。
育っていく身体。形成されていく自己。
闇の中で、は少しずつ成長していった。
注がれる養分や施される措置はないけれど。
少しずつ、少しずつ、彼は成長していった。

そしてやがては気づいた。
自分が『失敗作』だと言われた、その後の示す意味と末路を。
自分は『破棄』されたのだ。
いくら待とうとも、もう光が自分を照らすことはない。
悲しくはない。悲しいという言葉の示す感情すら知らない。
だからただ待った。この身が本当に『破棄』される瞬間を。
作られたこの身体が鼓動を止める瞬間を待ちながら、は闇の中にいた。
ひそやかに彼は永遠の中にいた。意味のない生の終焉を待ちながら。



そういえば、『キラ』はどうなったのだろう。
時折そう、思い浮かべながら。





2005年5月28日