例え何度機会を与えられようとも、俺は必ずあなたを選ぶ。
正義も味方も神もいらない。
Only you
全身の血が下がり、次いで沸騰するかのように燃え上がった。
心臓の音が耳の奥で聞こえる。速い。これ以上ない程のスピードで訴えている。
モニターに映るゲイツ。被弾して剥き出しのコード、パーツ。
コクピットは無事? あの人は、無事?
噛み締めた奥歯が震える。
何の所為でか湧き上がってくる涙を拭いもせず、は重突撃機銃のトリガーを引き続けた。
「邪魔なんだよっ! てめぇは!」
胸に巣食う不安。感じるのは初めて。今までこんなこと、一度たりともなかったのに。
全世界を滅すと聞いたときも、それに付き従おうと決めたときも、独りでアズラエルに会ったときも、情報交換にどんな手を使ったときも。
不安になんて、決してなったりしなかったのに。
パイロットスーツのヘルメットの中で、溢れた水滴が玉になって漂う。
――――――分かっている。
「待ちやがれ!」
フリーダムを着地させ、コクピットから飛び降りたキラがフラガを追ってメンデルの内部へと走り出す。
もジンを乱暴に停止させ、シートの右下に常備されている銃を手にし、駆け出した。
心臓が悲鳴を上げている。身体も行きたくないと叫んでいる。だけど、それでも、きつく奥歯を噛み締めて走った。
自分は行かなくてはならない。
だって、この不安は間違いなくあの人のものだから。
何よりもあなたのそばに
薄暗い屋内はすでに何年も人気がなかったことを証明しているかのように、至る所が綻んでいる。
薄っすらと積もっている埃の上を、三つの足跡が重なるようにして道を教える。
そうでなくとも前を行く足音が聞こえてきて、は必死でそれを追った。
視界の隅にオレンジ色の何かが目に入る。
「―――ぐ・・・っ・・・」
ほんの少し視界を掠めただけなのに吐き気がせり上がってきて、は思わず壁に片手をついた。
隊服越しに感じるざらついた埃にますます気分が悪くなり、ついには両膝をつく。
堪えきれずに胃の中のものを吐き出すと、喉が痛みで引き攣った。
足に力が入らない。何も見たくない。目を閉じて楽になりたい。
おぼろげにはそう思ったとき、静かな回廊に反響する声が聞こえた。
「――――――さん!」
「・・・・・・!」
「―――ぁ、遠慮せず来たまえ、始まりの場所へ!」
その声は。強く俺を引き上げてくれる唯一の声は。
「・・・・・・クルーゼ・・・隊長・・・・・・」
呟いた声は擦れていて、痛みを訴える喉に思わず咳ごむ。
肩を揺らした拍子に涙が床に散り、は口元と目元を拭った。
そして立ち上がると、壁伝いにまた歩き出す。崩れそうな歩みだけれど、それでも前へ。
「・・・・・・クルーゼ隊長・・・」
あの人の許へ。
誰よりもあなたのそばに
奥へ進むにつれ動かなくなっていく足を引きずるようにして進む。
何重にもエコーを効かせた声が届く。
「懐かしいかね、キラ君。君はここを知っているはずだ」
クルーゼ隊長、今行きます。
「殺しはしないさ。せっかくここまでお出で願ったんだ」
泣かないで。そんな声で語らないで。
「―――君も知りたいだろう?」
あなたさえいれば、俺はいいから。
「人のあくなき欲望の果て、進歩の名の下に狂気の夢を追った愚か者たちの話を」
あなたのためなら、何だってするから。
「君もまた、その息子なのだからな」
辿り着いた暗い部屋の中で、クルーゼがソファーに向け銃を構えて立っていた。
無事なその様子に、はほっと唇を綻ばせる。
仮面越しに視線を一瞬寄越し、クルーゼも同じように笑った。
強く、明朗な声が響く。
「そしてそこにいるは、君のために犠牲となった失敗作なのだよ」
息を呑んだのは、果たして誰だったのか。
すべての根源が今、語られようとしている。
・・・・・・何があろうとあなたのそばに
2005年5月21日