プラントに戻ってきたヴェサリウスは補給を受けることになり、クルーたちは束の間の休暇を与えられた。
けれど家族に会いにいくイザークたちとは違い、フレイは艦に残される。
いつ捕虜として尋問されるのか怯えていたが、そんな彼女にクルーゼは穏やかに笑った。
「怖がることはない。君が連合の機密を知らないことは確認済みだし、議会も今は荒れているから出頭命令は出ないだろう」
クルーゼの声が、彼を父親とだぶらせる。
「私がついている。心配しなくていい」
父と同じ声にフレイは力を抜いて頷いた。
そしてもう一つ気になっていたことを口にする。
「あの・・・・・・は・・・?」
おそらく本国について以来ずっと気になっていたが、聞くに聞けなかったのだろう。
今はここにいない腹心の姿を思い、クルーゼは唇を吊り上げた。
あの子は本当に人を惹きつける。
もしかしたらそれは遺伝子ゆえかもしれない。
そう、思いながら。
It is … of the name called love.
街頭の巨大スクリーンでは、最高評議会議員であるエザリア・ジュールが熱弁を振るっている。
それが表向きとしては自分を弁護しているけれども、裏では反逆者として手配されていることをラクスは知っていた。
父であるシーゲルが殺され、アスランの婚約者としての地位も失い、今やもう後ろ盾はない。
あるのはこの身一つ。そして平和を願う心のみ。
ともすれば震えそうになる手をぎゅっと握り、ラクスは祈るように胸に押し当てる。
「・・・・・・ダコスタ様。・様に会うことは出来ないでしょうか」
「ラクス様!?」
驚きを露にしてダコスタは立ち上がる。
けれどラクスはに会いたかった。きっとまもなくエターナルは発進する。そうなったらもう会えない。
その前に会っておきたかった。――――――会っておかなくては、と思っていた。
「何を言っていらっしゃるのですか! あなたは議会から追われているんですよ!? ・は・・・っ・・・彼は軍人で、しかもラウ・ル・クルーゼの副官です! 会えばどうなるかくらいお分かりでしょう!?」
ダコスタは、以前に任官されていたパナディーヤにて・と会ったことがある。
先だっての世界樹攻防戦にて高い功績を上げ、ザフト内で知る人ぞ知る存在である彼は、屈指の名指揮官と呼ばれているクルーゼの副官を務めている。
常に冷静な態度を崩すことのない能吏な軍人。それがダコスタのに対する印象だった。
彼を少しの間手元に置いておいたバルドフェルドは随分と可愛がっていた様子だったし、アイシャもとても構っていたようだけれど、それでも。
ダコスタはが苦手だった。それは得体の知れないものを前にした危惧にも似ている。
「もちろん分かっています。ですが私は様に会わなくてはならないのです」
ラクスの声ははっきりとしていて、その顔にも決意の色が浮かんでいる。
こうなった彼女が梃子でも動かないのはダコスタとて知っていたが、それでも止めないわけにはいかない。
「ラクス様・・・・・・!」
「我侭だということは分かっています。ですがどうかお願いします」
立ち上がり、ラクスは頭を下げた。
ピンク色の髪がふわりと流れ、ダコスタだけでなくその場にいた協力者たちも戸惑ったように顔を見合わせる。
ラクスは両手を強固に握り締める。
会わなければ。焦る気持ちだけがラクスを動かしていた。
に会わなければ。
今会わなければ、きっと取り返しのつかないことになる。
初めて出会ったパーティ。
クルーゼの後ろに控えていた彼。
漆黒の髪、闇色の瞳。白い肌と対照的な赤い隊服。
計算的に浮かべられた微笑。
その後に俯いて隠されたはにかみ。
義務的に差し出された手。
問いかけに肯定も否定もしなかった。
だけどそのときから分かっていたのだ。
は闇の中にいる。
その闇はいつか世界を呑み込む。
間に合わなくなる前に、手を。
今引き上げなければ、彼はきっと沈んでいく。
血と力と憎悪が蠢く慟哭の中へ。
ラウ・ル・クルーゼの魂の中へ。
「・・・・・・・・・分かりました」
正直返ってくるとは思っていなかった言葉に、ラクスは驚いたように顔を上げた。
許諾したダコスタは渋い顔をしながらも、矢継ぎ早に続ける。
「ですがそれは、彼が一人で応じてくれた場合だけです。そのときも私たちは近くで護衛させて頂きますし、もし彼が怪しい行動を取ったら強硬手段も厭いません」
それでもいいですか、と念を押され、ラクスは頷く。
と会うことが第一だ。会って言葉を交わせれば誰に聞かれていようと構わない。
「ありがとうございます」
もう一度深く頭を下げれば小さな苦笑が返され、ラクスも淡く微笑んだ。
これが最後のチャンスだと分かっている。だからこそ。
「・・・・・・様・・・」
愛しさを唇に乗せて、その名を囁く。
出来ればこの逢瀬が決別にならないように。
2005年5月1日