大きなテレビ画面には、ピンク色の髪を持つ少女が映っている。
穏やかな表情の中で、異彩と言えるほどに光を放っている瞳。
それは意志の強さと決意を湛えている。
少女の変わりようにクルーゼは小さく笑った。
・・・・・・いや、ラクス・クラインは変わっていない。
そう考え、ソファーから立ち上がる。

あの歌姫は以前から、ああいう愚かな子供だった。





How do you do, Miss finale?





「私には信じられません! 彼女が反逆者などと・・・・・・っ」
告げられたプラントの現状に、イザークは秀麗な眉を顰め声を荒げた。
それを背で聞いたクルーゼは仮面の下で目を細める。
子供らしい言い分。容易く信じるからこそ裏切られる。
戦場に立ち続けている割に甘さを残しているイザークに、諭すように声を抑えて。
「そう思う者がいるからこそ彼女を使うのだよ、クライン派は。君たちまでがそんなことでどうするね」
「・・・・・・っ」
イザークが唇を噛み、同僚の少女も項垂れる。
彼らから少し離れた位置に立っていたフレイは、何が起きているのか把握できずうろたえ、隣に立つの顔を見上げた。
けれどそこにあるのはいつもと変わらない無表情な横顔で、何も読み取ることは出来ない。
「さまざまな人間の思惑が絡み合うのが戦争だ」
クルーゼの言葉は正しく、だからこそ冷たく響く。
まだ割り切ることの出来ない彼らにとって。
「何と戦わねばならぬのか・・・・・・見誤るなよ」
言い捨てて足を進める。
擦れ違いざまに己を見つめていたと目が合い、クルーゼは小さく表情を緩めた。
も同じように目元を和らげる。

そう、信じるのならば命ごと懸けろ。



パタン、と小さな音を立てて扉を閉めクルーゼが退室すると、部屋には重い沈黙が流れた。
フレイはどうするべきか判断がつかず、不安そうな面持ちでドアとの横顔を見比べている。
手元のバインダーを一瞥し、は室内に残っているクルーゼ隊の面々に告げた。
「本国への帰艦は明日1100。復唱ののち解散」
「本国への帰艦は明日1100! 失礼致します!」
ソファーに座っていた少女が立ち上がり、敬礼して復唱する。
表情は硬く、擦れ違う際にフレイはきつく睨まれたが、その理由は判らなかった。
同じように緑の隊服を着ていたメンバーも退室し、部屋にはとフレイ、そしてイザークだけが残る。
表情を険しくし、イザークは鋭い眼差しでフレイを見据えた。
けれどすぐにその視線を外し、リモコンに手を伸ばして先程切られたばかりのスイッチを入れる。
流れるのは変わらない少女の声。
停戦を、協和を求める訴えが、強い響きを持ってその場を占める。
「・・・・・・・・・クルーゼ隊長は一体何を考えていらっしゃるんだ」
小さく吐き出された呟きは、苛立ちを帯びていた。
「議会も何故ラクス様を反逆者などと決め付ける! ラクス様もラクス様だ! 何故ナチュラルの弁護など・・・・・・っ!」
「ラクス・クラインは外部の人間を手引きし、フリーダムを引き渡した。それを反逆行為と言わず何と言う」
「―――貴様は・・・・・・っ何故そう簡単に割り切れる!?」
振り返ったイザークの表情は今にも崩れだしそうで、フレイは思わずの隊服を掴んだ。
その小さな動作にさえ唇を噛み締め、まるで泣きそうな激しい声でイザークは叫ぶ。
「ガンダムを奪取して―――ラスティが死んだ! ガモフが落ちた! ニコルだって・・・・・・ディアッカだって死んだ! なのに何故まだ戦争は終わらないっ!?」
は出入り口の壁に設置されている内線ボタンを押した。
『はい、こちら管制室』
だ。シホをここへ」
『了解しました』
「一体何人殺せばいい! どうして俺たちは戦い続けなきゃいけないんだ!」
機械的な遣り取りが交わされるのを耳にしながらも、フレイはイザークから目が離せなかった。
銀色の髪を乱し、白皙の頬を高潮させ、思いの丈を曝け出す彼は紛れもない人間だった。
仲間の死に心を悼め、戦争に傷つき、激しく感情を乱す。
その様は自分と何も変わらない。
ひとりの、人。
「どこまでいけばこの争いは終わる!? ナチュラルを滅ぼせばいいのか!? それとも俺たちコーディネーターが消えればいいのか!? 本当にそれで戦争は終わるのか!?」
コンコンとノックがされ、ドアが開いた。
現れたのはやイザークと同じ赤い隊服を着た少女で、彼女はに向かって姿勢よく敬礼する。
「シホ・ハーネンフース、命令により出頭いたしました」
声は凛としていたけれど、シホの表情には微かな戸惑いが浮かんでいた。
それはおそらく、常以上に感情を露にしているイザークの様子が原因だったのだろうけれど、フレイはそれに気づけない。
ただ、目の前の『人間』から目が離せなかった。
「フレイ・アルスターをクルーゼ隊長の部屋まで連れて行け」
「はっ!」
「え・・・っ」
突然名指しされ、フレイはの顔を振り返る。
けれど強い力で腕を引かれ、掴んでいた隊服の裾も半ば無理やり剥ぎ取られた。
「待って・・・・・・っ・・・!」
シホに拘束され、引きずられながらもどうにか名を呼ぶ。
けれど彼が振り向くことはなかった。
グリーフィングルームの扉が閉まる際に声だけが聞こえる。
「イザーク、戦争は終わる」
どこか温かみのあるそれは、いつものからは考えられないほどに優しくて。

「ナチュラルを滅ぼせば、この戦争は終結するんだ」

穏やかな響きの向こうに、パトリック・ザラの演説が流れていた。



強引に歩かされる。掴まれた腕には指が食い込んでいて痛い。
フレイは顔を歪めて自分を捕らえている少女を睨んだ。
「ちょっとっ・・・・・・放して! 私はに―――・・・・・・っ」
「黙りなさい」
シホは感情を出来る限り押さえ込んだ声音で一喝する。
その低さにフレイはびくりと肩を震わせた。
彼女の力と声に含まれていたのは、と共にいるようになってからは遠ざけられていた『ナチュラルへの憎悪』だった。
「あの方は私たちクルーゼ隊の副官です。捕虜が気安く名を呼んでいい方ではない」
「――――――っ」
「何か思い違いをしているようだけれど、副官もクルーゼ隊長もあなたが大切で手元に置かれているわけじゃない。捕虜としての使い道があるからこそ、常よりも厚遇しているだけです」
再認識させるように言われ、フレイはぐっと言葉を呑んで俯いた。
言ったシホもまるで自分にそう言い聞かせるように、眉間に深く皺を刻む。
イザークだけではない。彼女ら一般兵とて不安なのだ。
ザフトのトップパイロットであった者たちが次々と亡くなり、それなのに戦争はまだ続いている。
どこまでいけば終わるのか。本当に自分たちは、勝てるのか。
判らないからこそ・・・・・・・・・怖い。
シホはきつく唇を噛む。
拘束する力が強まったけれど、フレイは何も言えず俯いていた。



本国へ向けてヴェサリウスが発進する。
それが『彼ら』にとって決別の第一歩だということは、まだ誰も知らなかった。





2005年4月24日