フレイの監視を命じられ、彼女と同じ部屋で過ごすようになってからもうすでに二週間近くが経過している。
部屋の外に出ることはほとんどなく、時折フレイがかけてくる会話に応じる程度。
戦場とは思えない日々だが、これも仕事だとは割り切っていた。
本当は、肩書きどおりの任務がしたいのだけれど。
部屋で女の相手をしているよりかは、MSを駆ったりクルーゼの補佐をしている方が望ましい。
そんな思いが通じたのか、ブザーに施錠を外すと扉の外に立っていた同僚が端的に述べた。
「パナマを落とすぞ。クルーゼ隊長の命令だ。貴様も来い」
「あぁ、判った」
手にしていた本を置いて立ち上がる。
けれど後ろから軽く引かれて、は足を止めて振り返った。
見れば赤い隊服の袖を、フレイが泣きそうな顔で掴んでいる。
は内心で眉をしかめ、イザークは顔に出して表情を歪めた。
lip of death and palm of love
パンッという音が響き渡り、白く細い手はの隊服から叩き落された。
それは明確なる拒絶だった。イザークはその秀麗な顔を嫌悪に歪めて吐きつける。
「貴様ごときナチュラルが触るな!」
「―――っ!」
種族を否定する言葉は、アークエンジェルにいたときにフレイもよく口にした。
キラに向けて、歌姫の少女に向けて、捕虜になったパイロットに向けて、いくつも何度も口にした。
だからこそ反論できない。銀髪の少年が、自分からを遠ざけることに。
当然のことなのに、自分もしていたことなのに、フレイはひどく胸が痛んだ。苦しくて俯いた瞳に涙が浮かぶ。
雫が溢れかけたとき、冷ややかな声が響いた。
「フレイ・アルスター」
突き放すようなそれは、常のものなのだと知っている。
ここ数日で知った、の声。の姿。大切だと思い始めた人。
消えてしまうなんて考えたくない。傍にいて欲しい。私の傍に、ずっと。
フレイは縋るようにを見上げた。堪え切れなかった涙が一筋頬を伝う。
青褪めた唇を必死で動かす。願うように、祈るように。
「・・・・・・必ず・・・生きて帰ってきて・・・」
次々と溢れてくる涙にもは表情を変えない。
その代わりとでも言うように、イザークが怪訝そうに眉を顰めた。
「絶対に死なないで。必ず帰ってきて」
「・・・・・・・・・馬鹿か、貴様は。俺たちは貴様ら地球連合と戦うんだぞ」
「わ、分かんないけど! でも、あなたに死んでほしくないの!」
もう一度、今度は強い力での隊服を掴む。
返された言葉にイザークは軽く目を見開き、次いで嫌悪を顕にした。
ずっと黙っていたはようやく片手をあげ、フレイの手を隊服から引き剥がす。
悲しみに暮れる顔を見ずに、背を返して。
「すぐに戻る。大人しくしていろ」
それだけ告げて、部屋を出た。
パイロットスーツに着替え、とイザークはドッグに向かう。
最初は人数が多すぎて通路を並んで歩けなかった。けれど今は二人のみ。
それに心を動かされながらも、イザークは苛立った声で話しかける。
「おい! 貴様、まさかあのナチュラルに惚れたわけではないだろうな!?」
「フレイ・アルスターは捕虜だ。それより今回の作戦概要は? グングニール降下までの足止めか?」
「そうだ! 大体クルーゼ隊長は何を考えていらっしゃるんだ! 捕虜なら捕虜らしく閉じ込めておけばいいものを・・・っ!」
「あの方の考えることに間違いなどない」
の発する言葉は常に端的で、イザークにとってそれは判りやすいが、故に難解なものでもあった。
特に彼がクルーゼに寄せる盲目的な信頼は、見せ付けられる度に戸惑わずにはいられない。
自分とてクルーゼのことは隊長として尊敬しているが、のそれは次元が違うように感じられるのだ。
見つめる横顔は常と変わらない冷静なもの。余裕を感じさせる雰囲気は、クルーゼとどこか似ている。
「・・・・・・シグーは万が一隊長が出撃されるときのために待機だ。おまえはジンを使え」
「パナマは破壊していいんだな?」
「当然だ。アラスカの仇を討ってやる」
硬く拳を握り、イザークはデュエルに乗り込む。
も自身のジンのコクピットに入りながら、小さく呟いた。
それはまるでこれからの戦闘を楽しみにしているかのように。
「殲滅か・・・・・・得意範囲だ」
潜入、破壊、奪取、撃破。
パイロットとして副官として様々な仕事をこなしてきたけれど、中でもが好きなのは、見渡す限りの敵をすべて消しつくす行為だった。
ただ一人の人であるクルーゼが願う、すべての廃絶。
その一端を担えている証拠を、確かな形として与えてくれる。
トリガーを引く。敵に向かって。
本当は撃ちたい。仲間さえもすべて。
衝動を堪えながらはジンを駆った。
彼の通った後に、動くものは何一つ残らない。
「・・・・・・さすがですな、彼は」
感嘆を漏らすアデスに、クルーゼは緩く笑みを浮かべた。
ブリッジにて中継されている戦場では、地球軍のMS部隊であるストライクダガーが投入され、戦況はザフトが押され始めている。
けれどその中でも敵を蹴散らかしていくジンが一機。
言わずと知れたパイロットは、見事な操縦でまた一機MSを落とした。
「今となってはもう遅いことですが、やはりGシリーズはに与えておくべきでしたな」
「ふっ・・・・・・あれは欲が無いからな。戦場以外では目立つことを嫌う」
「そういえば、白服を与えてもいいんじゃないかという話も過去に何度かありましたか」
「本人が頑なに拒否したことで流れたがな。あれはどうしても私の副官でいたいらしい。まったく、指揮官冥利に尽きる」
口ではそう言いながらも、クルーゼは満足そうに笑っている。
モニターではがまた、優雅に舞ってMSを貫いた。
グングニールが発動し、抵抗できなくなった地球連合の兵士たちを、アラスカの仇と言ってひたすらに殺していく。
「動けない敵を撃って何が面白い・・・・・・」
イザークが一人睥睨している間も、は殺し続けた。
人も、建物も、何もかもすべて破壊しつくす彼の唇には、堪えきれない喜びが浮かんでいた。
クルーゼは殲滅されていくパナマ基地を眺めながら、ゆるやかに笑う。
「さて・・・新たな舞台の幕開けとなるか」
2005年4月17日