アークエンジェルが名目上は秘密裏に、けれど明白にオーブに入港した。
それらの報告を受けて、ラウ・ル・クルーゼはゆるやかに笑みを浮かべる。
そろそろ頃合かもしれない。
軍事産業の理事であり、ブルーコスモスの盟主でもある男の姿を脳裏に思い浮かべる。
プラントではパトリック・ザラによる強硬派がますます議会に幅を利かせているだろう。
連合のアークエンジェルへの対応を把握しておく必要があるな、とクルーゼは考え、仮面の下で目を細めたまま命令を下した。
「オーブへ潜入し、アスランたちの目を掻い潜って情報を交換してきてくれ。現状を考えればアズラエル自身ではなく、例のパイロットたちが来る可能性が高いな。生態CPUがどれくらい使えるのかも見定めてきてほしい」
「はい」
「変装用の衣装は用意しておいた」
差し出された白い箱を開けて、はわずかに表情を歪めた。
少しだけ非難めいた視線を向ければ、クルーゼは楽しそうに口元を吊り上げている。
彼が戦場での数少ない娯楽を己に求めていることを知り、溜息を吐き出しつつは水色のワンピースを摘み上げた。





Perhaps, a god doesn't know us either.





目の前の美少女が男だと判明したときの反応は、第三者からしてみればとても面白いものだっただろう。
指摘した本人であるシャニは、サラダに入っているピーマンを素知らぬ顔でオルガの皿へと放り込んでいる。
知らず緑黄色野菜の摂取量が増えているオルガは大きく目を見開き、その手から音を立ててフォークを落とした。
クロトはあんぐりと大口を開け、人差し指で美少女を指差しては、ぱくぱくと声にならない言葉を発している。
三者三様の反応に、は内心で舌打ちした。男だとバレた上で尚続けて女を演じるのは滑稽だ。
必要に迫られればいくらでも継続してみせるが、今は別にバレても支障はないだろう。
どのみち情報の遣り取りで何度か顔をあわせているアズラエルは、が男だということを知っている。
そして男が女装していたとしても、それを楽しめるだけのイイ性格をアズラエルはしているのだ。
「マジ・・・・・・かよ・・・」
オルガの唖然とした声に、はわずかに眉間に皺を寄せて緑の髪をした少年を睨む。
確かシャニ・アンドラスという名前だったはず、と頭の中でデータを呼び出して。
無視することなくこちらを向いたシャニと視線が合い、は尚更不愉快になったが、表情にはおくびにも出さず微笑を浮かべた。
「だったら何だよ。女装した男がそんなに珍しいか? こんなの変装の常套手段だろうが。そんなことも判んねぇほどポンコツなのか? おまえらは」
珍しいくらいの満面の笑顔はやはり可愛らしく美しく、美少女以外の何者にも見えない。
たとえそれが自棄になった結果の産物だったとしても、だ。
「・・・・・・あんた、いつもそんなカッコしてんの?」
「冗談は使い物にならなくなってから言え。その時は容赦なく撃ち抜いてやる」
「なんだ、変態かと思ったのに」
おっさんと同じで、と続けたシャニに、は舌打ちした。
美少女の容姿のまま行われた仕種は酷くアンバランスで、けれどそのどこか艶めいた様子に、クロトはごくりと喉を鳴らす。
ちらりと寄越される鋭い眼差しでさえを男に見せることはなく、せいぜい美少女から美女へと変えるくらいだ。
粗雑になった雰囲気は、自分で自分の面倒を見て生きている、独立した気の強い女性を思わせる。
「・・・・・・マジで・・・・・・?」
ようやく声を発したクロトを、ビューラーでカールし、マスカラを塗った睫とアイラインを引いた眼では睨む。
乗り出していた身を椅子の背にもたれ、ずるずると沈んでいく。
丸くした目でを見据えたまま、クロトは呆然と。
「・・・・・・僕、女を信じられなくなりそう・・・」
「大袈裟なんだよ、バカ」
毒づくオルガも、痛む頭を押さえるかのように額に手を当てている。
彼とて認めたくはないのだ。美しいと思った女が、実は男だったなんて。
「それ、誰の趣味?」
「・・・・・・・・・」
は黙り込むが、シャニはデザートのシャーベットを少しずつ舌で溶かしながら問い続ける。
「おっさん? それともあんたの上司?」
「その質問には返答しかねる」
「別にあんたの上司の趣味を知ったところで、俺たちにも戦争にも支障はないと思うけど」
「別に俺の服装について言及したところで、おまえたちにも戦争にも支障はない」
「・・・・・・・・・性格悪い」
「おまえもな」
は冷ややかに言うが、逆にシャニはうっすらと笑みを浮かべた。
珍しいその表情にオルガとクロトは軽く驚く。
けれどすぐに、彼らも笑った。こうなってしまえば互いに身分を明かせない分、世間話をするのは気安い。
「なぁ、それって中はどうなってんの? まさか下着も女物?」
「・・・・・・えい」
「―――それ以上俺に触れてみろ。今すぐセクハラで泣き出してやる」
「おまえ、それは男としてどんな脅し文句だよ」
「髪と目は? 本物?」
「・・・・・・えい」
「――――――ひどい・・・・・・っ」
「なっ! 馬鹿野郎、シャニ! 引っ張んじゃねーよ!」
シャニに長い金髪を引かれ、はすっと水色の目を細めた後で、形の良い眉を顰め辛そうに顔を歪める。
少女の泣き出しそうな声に周囲の客が数人振り返り、オルガは慌ててシャニの手を叩き落とした。
痛みにシャニはムッとし、クロトはそんな彼に楽しそうに笑う。
は一瞬で泣き顔を消していつもの表情に戻ると、変わらずに容姿だけ美少女の仮面を被り続ける。
彼らの変な、けれどいつになく自然そうな様子に、オルガも肩の力を抜いて笑った。
中立地帯の平凡なレストランの中で、彼らは確かに穏やかな時を共にしていた。



ランチを食べ終え、他愛ない会話を交わし、四人がレストランを出たのはすでに午後三時を回った頃だった。
レジにて代金を支払おうとしたを、オルガが抑えて二人分支払う。
「ま、今は一応女だしな」
からかうように言われて、は複雑そうな顔をしたがおとなしく好意に甘えた。
シャニとクロトも自分の分を支払い、店を出る。
賑やかな街道は、右に行けばザフトの軍が、左に行けば連合の軍がある。
とても自然に、彼らはそれぞれの道に立った。
「次に会うのは戦場・・・・・・だな?」
念を押すように尋ねてきたオルガに、は首を縦にも横にも振らない。
けれどそれだけで十分な答えになる。
クロトは情けなく眉を下げた。
「僕さぁ・・・・・・戦いになったら、たぶんあんたを殺しちゃうよ。薬やってるとイッちゃってて相手分かんないし」
「それがおまえの仕事なら好きにしろ。俺はそう簡単にやられない」
「・・・・・・僕、あんた殺したくないなぁ・・・」
「戦場に甘さは不要だ。おまえが躊躇っている間に、俺がおまえを撃つ」
「・・・・・・やっぱ、殺したくない」
泣きそうな顔で、クロトが笑った。けれどどうすることも彼らには出来ない。
金色の髪を雑踏の風に遊ばせ、水色の瞳で三人をひたと捉え、静かには宣言する。
「俺はあの方の邪魔をするものは、全部消す。たとえそれが誰であろうとだ」
感情の乱れのない声は、彼が心の底からそう考えていることを知らせる。
別れの挨拶もなく、背を向けて歩き出した姿は、やはり少女にしか見えない。
姿勢の良い、美しすぎる後ろ姿に、シャニが声を張り上げる。
「ねぇ! あんた、名前は?」
反射的に問いかけたものの、おそらく返事が返されるとはないだろうと思っていた。
けれど予想とは違って、相手は振り向き。
「・・・・・・・・・
それだけ告げて、今度こそ彼は去っていった。

それはおそらく戦況に関係ない、小さな小さな出会いだった。





2005年1月20日