同じ第三勢力に属し、共に平和を願う者として、ラクス・クラインとカガリ・ユラ・アスハは出会った。
互いに違うタイプとはいえ姫君な二人は、性格が似ていないことが幸いしたのか、すぐに親しくなった。
そして同じ人物を危惧していることを知り、抱えている想いも同じであることを知り。
戸惑いはしたけれど、二人はすぐに納得した。
自分以外の誰かが惹かれるのも無理はないなのだ。なんせ、彼は魅力的な人なのだから。
まぁ、とにかく同じ人物を好きなことを知り、二人は更に親しくなったのだ。
これはそんなラクスとカガリの、戦場での一コマである。
For whom does space turn?
「ふぅ・・・・・・」
悩ましげに頬に手を添え、ラクスは呟く。
「様はちゃんとお食事を召し上がってるでしょうか・・・・・・」
ちょうど用事がありクサナギからエターナルに来ていたカガリは、向かいの席で顔を上げる。
二人の手にはフォークが握られ、テーブルの上には当然のように食事がある。
「ザフトで最も著名なヴェサリウス艦に乗っていらっしゃるのですから、供給はちゃんとしているでしょうけれども・・・様は召し上がっていらっしゃるでしょうか・・・・・・」
「何だ、それ。ザフトのことは知らないけど、供給がちゃんとしてるなら食事だって摂ってるだろ?」
「ですが様のことですから、何かお仕事がおありならそちらを優先して、お食事は後回しなんてこともなさりそうですし」
ラクスの言葉に、カガリも想い人の顔と言動を思い返す。
そういえばはレセップスで女性物の下着と化粧品を買っていた。恥ずかしかっただろうに、上司の命令だからと表情を変えず。
そんな彼が仕事を与えられれば、完璧に仕上げるまでかかりきりなのは想像に容易い。
「・・・・・・・・・そうだな、食べてるといいけれど」
「様のことですし、睡眠不足も心配ですわ。あの綺麗なお肌が荒れてしまうだなんて考えたくもありませんもの」
「化粧水も乳液も使ってないみたいだしな」
確かレセップスで購入していたエリザリオの商品も、暫時の上司に頼まれたものだと言っていた。
カガリはそのときに言われた失礼な言葉も思い出し、思わず眉間に皺を寄せる。
けれど目の前のラクスが自分をまっすぐ見ているのに気づき、首を傾げた。
その視線はどことなく批難の色を含んでいて。
「・・・・・・カガリ君は、どうして様が化粧品を使用されてないことをご存知なのですか?」
「え」
「・・・どうしてですか?」
「あ、いや、それは」
「どうしてですか?」
食堂の空気が、何だかわずかに下がったと、後にその場にいた下士官は証言する。
頬を膨らませて睨むラクスは、どこか拗ねているようで可愛らしい。
けれどそれを向けられているカガリは困った。天然なお姫様にあるまじき迫力をラクスから感じながらも、どうにか無難な答えを返す。
「バ、バナディーヤであいつが上司に頼まれて買ってるのを見たんだ」
「そうでしたの」
にこり、とラクスが笑う。それは明らかに安心した笑顔で、逆にカガリは何故かムッとした。
手にしていたフォークを置き、にこにこと嬉しそうなラクスを肘を突いて眺める。
唇を尖らせて、我ながら意地が悪いと判っていながらも、カガリは告げた。
「そのときに私はあいつにドレスを見繕ってもらったんだ。キラも砂漠の虎も良く似合うって褒めてくれてさ」
ラクスの顔が強張り、反対にカガリはにやりと笑う。
カーンとゴングの鳴る音が食堂に響いた。
同じ人が好き=ライバル
二人は今更ながらにその図式に気づいたのだ。
「私は様とパーティーで知り合いました。その際に様は私の手を取り、エスコートして下さったのです。あのときの様は素敵でしたわ」
ラクス、微笑を浮かべながらジャブ。
「エスコートなら私もされたことがあるぞ。の選んでくれたドレスを身につけた私の手を引き、転ばないように気をつけてくれた」
カガリ、珍しく姫らしい微笑みでフック。
「オーケストラの奏でる音楽に沿って、私と様はワルツを踊りましたの。様のお踏みになったステップはとてもお上手でした」
ラクス、歌姫らしく透明な声でアッパー。
「あいつは汚れてしまった私のために風呂を用意してくれたんだ。砂漠だったから肌が乾燥しないように、保湿成分の優れた入浴剤を入れてくれた」
カガリ、王族の誇りを思わせるボディブロー。
「アークエンジェルに拾われたとき、様は私を守って下さいました。そのときに『どうしようもなくなったときは、俺と一緒に死んでもらえますね?』と言って下さりましたの。様が最後の瞬間を私と共にしてくれると言って下さったのですわ」
もはや完全に目は笑っていない。
「ドレスを選んでくれた後で、あいつは私の髪をといて、化粧までしてくれたんだ。あいつの綺麗な指が私の頬に触れて、その手で化粧水と乳液を塗ってくれた。そっと目を開ければあいつの瞳がすぐ目の前にあって、今にも吸い込まれそうだった」
なのに表情だけは笑顔なのだから、空恐ろしい。
気がつけば食堂にいたクルーたちはすでに姿がなく、いるのはラクスとカガリだけ。
互いに目が鋭くなり、口元から笑みが消える。
真剣な眼差しで互いを見やる姿は、あたかも真の好敵手を見つけたかのようで。
――――――潰さなきゃいけない相手を見つけたようで。
カーンと二回目のゴングが鳴る。
「私は様とキスを交わしましたわ! 羨ましいでしょう!?」
「っ! わ、私のバストサイズをあいつは知ってるぞ! でもって『小さい』って言われた! 私より胸のないおまえじゃ見向きもされないだろうな!」
「!! じょ、女性は胸の大きさですべてが決まるわけではありませんわ! 様だって貧乳萌えかもしれませんもの!」
「男は誰だって小さいより大きい方がいいに決まってるだろ! その点で私はラクスに勝ってる!」
「ですがキスして下さったということは、様はそういう対象として私を見て下さっているということですわ!」
「キスなんてそんなの挨拶と同じだ! それにあいつは男だから目の前の女に欲情することだってきっとある!」
「まぁ! 私が花売りの女性だと仰られるのですか!? それはいくらカガリ君とて許せません!」
「私だってあいつとキスしたおまえが許せないっ!」
「何ですって!?」
「何だと!?」
ぎゃあぎゃあと今ならMSなしでもヴェサリウスとドミニオンを落とせそうな恋する乙女二人。
恐ろしすぎるオーラに全身を震わせつつ、食堂の入り口で、様子を見に来させられていたキラがさめざめと呟いた。
「・・・アスラン・・・・・・僕、月にいた頃に戻りたい・・・・・・」
「耐えるんだ、キラ・・・。戦争が終われば俺たちも解放されるさ・・・・・・」
こうして第三勢力のクルーたちは肩を叩きあい、終戦へ向けてより一層の努力を誓う。
「・・・・・・?」
夜時間になりベッドにもぐり込んでいたフレイは、自分の監視をしているが身を震わせたのに気づいた。
肩を小さく跳ね、整った眉間に皺を刻み、ドアしかない己の後ろを振り返る。
「・・・・・・どうしたの?」
いつものとは違った様子に声をかけるが、返される返事は変わらない。
「何でもない」
「寒いの? 風邪?」
「空調はオートコンディションだ。風邪を引くわけがない」
「じゃあ、」
自然と続きを口にしかけて、フレイは我に返った。
椅子に座っているが静かな瞳でこちらを見ている。
その表情がいつもどおり冷静なものだったから、返って恥ずかしくなり、布団をかぶって紅くなる顔を隠した。
自分は今、何を言おうとしていた?
それを自覚すればするだけ顔が熱を持つ。恥ずかしくて、そんなことを考えた自分が信じられなくて。
だけど・・・・・・・・・言わなくちゃ伝わらないのも、事実。
特に目の前にいる相手は、サイやキラのように自分の機微を悟ってくれるわけじゃない。
興味を抱かれていないのだから、気にして欲しいのならフレイ自ら言わなくては。
言葉にしなくては伝わらない。想いはすべて、言葉にしなくちゃ。
そろそろと布団から顔を出すと、すでには手元の書類に視線を落としている。
その横顔に胸が大きくときめいたから。
「・・・ねぇ・・・よかったら・・・」
勇気を出して声をかければ、視線をこちらに向けてくれる。
フレイはベッドの中の身体をずらしてスペースを作り、羞恥の余り震える手で、布団をめくって。
「・・・・・・は・・・入る・・・?」
髪と同じ真っ赤な顔で、精一杯のお誘いを。
こうして宇宙の夜は更けていく。
2005年1月6日