士官学校を卒業したばかりの彼らが配属されたのは、最前線であるクルーゼ隊だった。
まだ戦場経験もない子供を送るのに、おそらく上層部では躊躇いの声を上げるものもあっただろう。
けれど最終的には、彼らがとても優秀な成績を修めていることと、MSのパイロットとしての素質を具えていることで判断は下された。
アスラン・ザラ
イザーク・ジュール
ディアッカ・エルスマン
ニコル・アマルフィ
彼らは赤い制服に袖を通し、宇宙に出る。
まもなく始まる、ナチュラルとの戦争のために。
encounter for the future
「ようこそ、クルーゼ隊へ」
そう挨拶したのは仮面をした男ではなく、黒髪に白い肌の彼らと対して年の変わらない少年だった。
案内されたブリッジにも指揮官の証である白い隊服の姿は見えず、座席に座り、それぞれ画面に向き仕事をこなしている兵士たちしかいない。
全体を見渡せる中央の席も空いていて、その隣に立つ少年。
彼はアスランたちと同じ赤い制服を着ていた。
「君たちのようにプラントの未来を代表する若者たちを、我が隊に迎えられたことは至極喜ぶべきことである。だが、これから向かう先は戦場であることを理解し、そして正確に受け止めてもらいたい。戦場では一瞬の迷いが自らの命を危機に陥れ、ひいてはプラントの未来を絶望に晒す。大切なもののために起つのだということを胸に留め、忘れないように」
淀みなく述べられる口上は、声変わりを完全に経てはいないアルトのもの。
耳に心地良く響くそれは少年の口から発され、けれどその瞳は何も見てはいなかった。
前に並んでいる四人の新入隊員を見据えているようで、どこか遠くを見ている。
そんな目だった。
「ミゲル・アイマン」
「はっ」
名を呼ばれ、アスランたちの後ろ、扉の隣で待機していた金髪の男が敬礼する。
「彼らの指導を頼む。三日ですべて叩き込め」
「三日・・・・・・ですか」
「出来ないとは言わせない。おまえにはそれだけの指導力があるし、それに何より」
黒い瞳が、初めて四人を捕らえる。
感情の欠片さえ浮かんでいない顔は、ひどく彼を冷たく見せた。
圧されて一歩足を下げそうになり、それを堪える。
細められた目が、事もなげに告げた。
「彼らは赤服を着るのだから、そのくらい出来て当然だろう」
「〜〜〜何だあいつは! 馬鹿にするにも程がある!」
ダンッと壁を殴りつけたイザークに、ミゲルは苦笑を浮かべた。
ヴェザリウスの構造からシミュレーションルームの使い方、データの閲覧方法、ドッグに格納庫や私室・食堂等の案内。
与えられた三日以内にそれらすべてを教え込まなくてはいかず、今はトレーニングルームにて模擬戦の方法を教えていた。
爆発したイザークに、コントロールパネルを見ていた他の三人も顔を上げる。
「『そのくらい出来て当然だろう』だと!? クルーゼ隊長ならまだしも、何故同じような年のあいつにそんなことを言われなきゃならん!」
白い頬を染めて怒りを露にする様は、見ている分には眼福である。
だがその勢いは放っておくと自分にまで及びそうだと思い、ミゲルは肩を竦めて宥めようと口を開いた。
「まぁ落ち着け、イザーク」
「これが落ち着いていられるかっ!」
「何言っても無駄だぞー。クルーゼ隊長がいない今、この艦の全権を握ってるのはあいつだからな」
「な―――・・・・・・っ!?」
驚愕してイザークが振り返る。アスランとニコルは目を丸くし、ディアッカは少しの間の後でピュウッと口笛を鳴らした。
ミゲルは壁に背を預け、彼らの視線を受け止めながら続ける。
「確かにあいつは俺たちと同じような年だ。だけどパイロットと兼任でクルーゼ隊長の秘書官でもあり、隊長のいないときはあいつが代理を務めてるんだよ」
「でも、それなら艦長は―――・・・?」
「アデス艦長との並立だな。でも実際に戦闘になれば、指揮を執るのはあいつだ」
「・・・・・・そんなこと・・・」
呆然としているアスランにミゲルは苦笑を向ける。
彼らよりは長く同じ隊に属している者として、忠告と諫言を。
「同じ赤だからって同等だと思うなよ。あいつは・・・・・・・・・・は、別格だからな」
黒髪と黒い瞳、それに映える白い肌。
無機質な眼差しが頭の中に浮かんでは消えた。
カードを通すと、扉はシュッと軽い音を立てて横に動いた。
中に入るとは隊服の襟を緩め、ジャケットを脱いでベッドに放る。
手にしたバインダーを宙に遊ばせ、その間に飲み物を用意しようとしていると、視界の隅で赤いランプが光りだした。
次いで聞こえる機械音に、身体を通信機の前へ向かわせる。
映像回線のボタンを押すと、すぐに通信官の顔が映し出された。
「こちら、・」
『外部から通信が入っております。発信コードB01-77XX、ラウ・ル・クルーゼ』
「繋いで下さい」
一度回線が切られるその間に、はパタパタと手で髪を撫で付けた。
その際に先ほど宙に放ったバインダーが手に当たり、慌ててそれを回収する。
見れば先ほどベッドに置いたはずの隊服も、無重力でふわふわと部屋を漂っていて、立ち上がって手を伸ばした。
袖を掴んで引っ張る。まるで網を引くような仕種に、クスクスという笑い声が重なった。
『元気そうだな、』
「――――――クルーゼ隊長」
くしゃくしゃに丸めた隊服を抱きかかえ、通信機に向き直る。
画面の向こうでは昨日の報告以来に会う上司。
金色の髪もいつもの仮面も何も変わった様子はなく、そのことには安堵して肩を降ろした。
けれど子供のような行動を見られたことが恥ずかしくて、少しだけ視線を逸らす。
そんな様子を微笑ましく思いながら、クルーゼは唇に笑みを湛えた。
『今日は新隊員との顔見せだっただろう? どうかね、彼らは』
「・・・・・・士官学校での成績は赤服を着るに足るものではあります」
『実際に会ってみた感想は?』
「生意気そうな子供かと」
率直過ぎる意見に、クルーゼは楽しそうに笑う。
『それはそれは・・・・・・楽しみになったよ、ヴェザリウスに戻るのが』
「三日後、お戻りになるまでには使えるようにしておきますので」
『あぁ、その件は任せる』
クルーゼが軽く告げたことによって、新入隊員たちの地獄の訓練は決まったと言ってもいい。
だがそれを与える当のは危惧する様子もなく、頷いて命令を受け入れた。
コーディネーターにしても整った顔を画面越しに眺め、クルーゼは目元を和らげる。
それは仮面によって遮られてはいたけれど、にはちゃんと伝わった。
感情を映すことのない顔が、嬉しそうに綻んで。
「・・・・・・お帰りをお待ちしております」
16という年齢に見合った笑顔で笑うに、クルーゼも一つ頷いた。
それはまだ、Gシリーズが発見される前のこと。
2005年1月4日