リビアに降下し、『砂漠の虎』の本拠地に駐屯すること四日目。
初日に命令されたまま、はアイシャの副官を務めていた。
とはいっても正規軍人でない彼女が作戦会議や機体整備、訓練に混ざることはない。
なのですることと言えば、アイシャに付き合って暇を潰すことばかりである。
おなか減ったと言われればレストランへ向かい、手作りが食べたいと言われればキッチンを借り、買い物に行きたいと言われれば荷物持ちを務め、お風呂に入りたいと言われれば浴槽を洗い湯を沸かす。
これでさらに女嫌いが度を増すだろう。そうしたら間違いなくバルトフェルドの所為だ。
引き攣る口元で毒つきながらも、は朝食の皿を洗い続ける。

「・・・・・・・・・宇宙に帰りたい・・・」





I and you are satellites mutually.





その日、言い渡された任務は買い物だった。
アイシャは本人は気が乗らないらしく、一日ホテルにいるという。
渡されたメモには洋服から化粧品、果ては下着までもが羅列してあり、眉を顰めたに、アイシャは至極楽しそうに唇を吊り上げて言ったのだ。
『クルーゼの部下は、これくらいのことも出来ないの?』
それはにとって侮辱以外の何物でもなかった。
自分だけなら何を言われても構わない。だが、クルーゼの名を挙げられれば話は別だ。
自らが彼の腹心だと自負しているからこそ、殊更に許すことは出来ない。
リストを頭の中に叩き込み、必要のなくなったメモを握りつぶす。
バルトフェルドとアイシャの手の内で踊らされていることは承知していたが、それでもは買い物に出かけざるを得なかった。



バナディーヤは『砂漠の虎』の本拠地だが、軍に統治されているとは思えないほど活気がある。
立ち並ぶ店はどこも景気が良さそうだし、屋台の店主も明るく客に声をかけている。
戦場とは全く違う、プラントとも違う雰囲気に、は最初戸惑った。
けれど四日目ともなれば慣れてもくる。おそらく『砂漠の虎』であるバルトフェルドの性格が街に現れているのだろう、と判断しながら服屋を出た。
化粧品は重くなるから後回しにして、次はランジェリーショップへと向かう。
ここ数日で学んだことは、女性物を前に悩んでいたら怪しまれるということだ。
店先でうろうろと迷っていれば人目につくし、そうすれば中に入ることは一層恥ずかしくなる。
その経験を活かし、は目に入った店に狙いを定めると、躊躇することなくドアを開けて中に踏み込んだ。
女性店員は一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐに「いらっしゃいませ」と頭を下げる。
プロ根性に救われる気持ちで、さっさと品定めに入った。
アイシャのサイズはすでに教えられている。それに照れることもなく、ましてや疚しい気持ちを抱くこともなく、はただコーナーを回る。
サイズは決まっているが、品そのものの柄や形は指定されていない。
彼女曰く『その女性に何が似合うのかを選ぶのも勉強よ』ということらしい。
思い返せば返すだけこめかみが引き攣るのを感じ、はさっさと買って帰ろうと決めて選ぶ。
アイシャは基本的に薄着を好むから、下着の線は出ないものがいいだろう。
色は彼女の外見に合わせて黒。それと逆に白もいいかもしれない。
どうせ脱がすのはバルトフェルドに決まっているのだから、彼の好みも考慮して可愛らしいものも一つ買っていこう。
黒のシンプルでラインの綺麗なブラジャー&ショーツセットを左手に取り、次は違うものを物色する。
店内を見回して目に入ったのは、白にピンクのレースをあしらったもの。
清楚なそれはハーフカップに薄いレースいうこともあり、どこか色艶も感じさせる。
外見と中身に差のあるアイシャにはピッタリだな、と思いながらは手を伸ばした。

けれどその手は、目当てのブラジャーに届く前に誰かの手と重なった。

反射的に横を振り向けば、右隣に立つ人物がと同じ品に手を伸ばしていた。
目線は少し下。短い金色の髪の下で、大きな瞳がを見上げる。
同じ品を取り合うのが男ということで驚いたのだろう。何度も目を瞬く相手に、は眉を顰めた。
だが、この品を譲ってこれ以上店内を回覧するのは避けたい。
瞬時にそう判断したは、相手を蹴り落とすことにした。
金髪の少女を上から下まで見下ろして、ポツリと一言。



「・・・・・・おまえは、もっと小さなサイズだろ」



バルトフェルドから命じられた女性の勉強は、嫌な方面で進んでいるらしい。
予期せぬ言葉に固まったらしい相手の隙をつき、先ほどの白にピンクレースのブラジャー&ショーツセットを手にする。
そしてそのままレジに向かい、黒のセットと一緒に会計を済ませた。
「プレゼント用ですか?」
「はい」
女性は自分のための買い物でもラッピングしてもらい、リボンや紙袋を手に入れるらしい。
アイシャによって実施で教えられたことを忠実に守り、綺麗に包まれた品を受け取る。
そしてそのまま足早に店を出た。
三歩進んだは、すでに金髪の少女のことなど頭から忘れ去っていた。



その後、近くにあった化粧品店に入り『エリザリオ』の乳液と化粧水を所望する。
「お客様、運がよろしいですね。このメーカーの商品はこれで品切れなんですよ」
「プレゼント用にラッピングして頂けますか?」
「畏まりました。二つご一緒に? それとも別々に致しますか?」
「別々にお願いします」
すでに両手に荷物を持ち、さらに化粧品をプレゼントに買う自分は一体どう見られているのだろう。
は一瞬そんなことを考えたが、すぐに脳裏からシャットアウトした。
考えれば考えるだけ袋小路に嵌り自滅する。はっきり仕事だと割り切ればそれで良いのだ。
そう、クルーゼの名誉を損ねないためならば何だってやってみせる。
「ありがとうございましたー」
どこか間違ったことを考えながら店を出るは知らない。
このすぐ後に、先ほど出会った金髪の少女が同じ『エリザリオ』の乳液と化粧水を求めてこの店を訪れるのを。

彼女との再会がまたすぐに来ることを。
それが少なからず彼に変化をもたらすことを。
互いに何かを感じ取り、影響しあうのを。
はまだ、知らない。





2004年12月24日