ラクス・クラインがユニウス・セブンの追悼慰霊団代表に決定した。
そのために彼女の護衛として、ザフトのトップパイロットたちを擁するクルーゼ隊から誰かを出して欲しいとの通達が評議会から寄せられた。
おそらくはアスラン・ザラを彼女の隣に並べたいのだろう。二人の婚約はプラント中に広く知られている。
だからこそ、クルーゼは笑った。

「はっ」
敬礼する部下に、口元だけで至極楽しそうに笑いながら。

「君を、ラクス・クライン嬢の護衛に任ずる。如何なるものからも彼女を守り通してくれたまえ」

並んで控えていたアスラン・ザラの表情が僅かに変化した。
それに気づかない振りをして、は命令を受領し、クルーゼは鷹揚に頷いた。





singing of Banshee





「クルーゼ隊所属、です。この度は代表護衛の任務を承りました。あなたの歌がユニウス・セブンの民に広く届くよう、精一杯力を尽くす所存です」
敬礼した黒髪の少年に、ラクスはゆっくりと微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。お久しぶりですわ、様」
「クライン嬢はお変わりなく」
「はい。様も怪我などされていらっしゃらないようで、本当に良かったです」
そう述べるラクスは、今回の護衛がだということを彼自身に紹介される以前から知っていた。
評議会議員である父から聞いていたのだ。
『追悼慰霊団の護衛にあたるのは、アスランではなくだ』―――と。
ラクスとアスランが婚約関係にあるのは承知の上だろうに、それなのに何故彼ではなくを出してきたのか。
そう呟いては眉を顰めていた父を、ラクスは「クルーゼ隊にも事情がおありなのでしょう」と宥めたけれども、彼女はその理由を知っていた。
護衛がアスランではなく、の理由。
それはラクスが彼を望んでいたから。だからこそクルーゼは彼を寄越したのだ。
パーティーで何度か顔を合わせたことのある相手。仮面の下の素顔をラクスは知らない。
けれどクルーゼが自分の密やかな想いを知っているのだということは、確信をもって言える。
アスランと話しているときに時折向けられた視線は笑みを含んだものだったし、振り返れば彼はひどく楽しそうに笑っていた。
そして自らの傍に控えていたを、ラクスの方へ挨拶に行くよう示すのである。
笑うクルーゼはまるで、子供の恋愛を見て楽しんでいるかのようにラクスには思えた。
だけどに会えて嬉しい気持ちは、どうあっても浮かんでくる。
肌が熱くなって、頭がくらくらして、心がうるさくなる。好きなのだと、魂が叫ぶ。
「私、様が護衛についてくださって本当に嬉しいですわ。だって他の方々は皆様年上の方ばかりで、お話の相手をして下さらないんですもの」
案内されたシャトルの一席に腰を下ろしながら、ラクスはふんわりと笑う。
その頬はかすかに赤らみ、アスランへ向ける表情とは完全に違った。
見る者が見れば気づく、完全に『恋焦がれる者』の顔だった。
はラクスの隣のシートに腰掛け、安全ベルトを装着する。
そしてもう一度緊急避難用の出口と酸素ボンベを確認した。
「自分の仕事もあなたの話し相手ではなく護衛です。クライン嬢、シートベルトを」
「・・・・・・はい」
少しだけ笑顔をくすませ、ラクスもベルトを装着する。
シャトルがエンジンを吹かして動き出し、高速でプラントを出発する。
窓から見える光景が人口の空ではなく真っ暗な宇宙に変わった頃、ぽつりとした呟きがラクスの耳に届いた。
「・・・・・・シャトルの中でのみなら、お相手しましょう」
一瞬意味が判らなくて、けれど理解した瞬間にラクスは弾かれるように振り返った。
いつもと変わらない無表情なの横顔が、とてもとても嬉しかった。



話す内容は、他愛もないもの。
先日開いたコンサートの話。父・シーゲルともに出かけた際の話。
友人たちとお茶会をしたこと。新しい曲を作り、練習していること。
話したいことはたくさんあるのに、何故か話題が見つからなくてラクスは困惑した。
どんな話をすればが喜んでくれるのか判らなくて、焦ってしまって、心臓がどんどん速くなる。
本当は家にたくさんあるハロの話でもすればいいのかもしれない。
だけどラクスは、その話はしたくなかった。
アスランに関する話はしたくなかった。

だって自分は、のことが好きなのだから。



逸早く気づいたのは、間違いなくシャトルのパイロットたちだっただろう。
けれども気がついていた。だからこそ話をしていたラクスを遮り、立ち上がる。
様?」
「―――そのまま、決して動かないで下さい」
首を傾げるラクスにそれだけ言い捨てて、通路を抜けブリッジへ向かう。
赤い隊服はこういったときにとても便利で、は咎められることもなく前方を見渡せる場所まで来れた。
ユニウス・セブンへ向かっているだけのシャトルにしては慌ただしいブリッジに、自分の推測は間違っていなかったと得心する。
慌てふためいている艦長に、は冷静に問いかけた。
「現状は?」
「え? あ―――・・・・・・」
「地球連合の艦に発見されたのでしょう? 現状は? 向こうからの打診はありましたか?」
まだ大人になりきっていない、低すぎない声は、不思議とブリッジに良く響いた。
オペレーターの一人がを仰ぎ見るようにして、上擦る声で答える。
「こ、こちらのシャトルはザフトではなく民間船だと伝えたのですが、信じてもらえず・・・」
「この艦に乗り込み、臨検したいとのことです―――・・・っ!」
得た情報を、は頭の中で巡らす。
このデブリ帯で地球連合が何をしていたのかなど、推測は無用だ。
問題はこちらが民間船で、相手は軍艦だということである。逃げるにはスピードで敵わず、戦うには装備がない。
臨検を受けるにしても、奴等がそれだけで本当に自分たちを見逃すかどうか。
ブルーコスモスでない限り、可能性は半々。
最悪の場合は軍人でありザフトのトップパイロットの一人でもある自分の身を上手く差し出せば、この艦は逃げられるだろう。
まぁもしものときは、ラクスだけでも救命ポットで脱出させればいい。
はそう考えて艦長を振り返った。
どのみち臨検を受けないと攻撃されることは目に見えているのだから。
「乗り込んでくる人数に制限を。無理かとは思いますが、武器を所持して来ないように言ってみて下さい」
「―――判った」
覚悟を決めたような顔で、艦長である年嵩の男は頷く。
はそれだけ見ると、踵を返してブリッジを出た。
席に戻ればラクスが不思議そうな顔で問いかけてくる。
様、どうかなさったのですか?」
その言葉を耳に入れながらも、は適当な袋に非常用の酸素ボンベとマスクを詰め、座席の下に入れる。
ますます目を瞬くラクスに、ただ一言。

「これから地球連合が臨検に来ます。いつでも走れるように準備をしておいて下さい」

手首の袖に、仕込みナイフが装着されていることを確認する。
腰のホルスターに収まっている銃も、すぐに使えるように。
それを取り上げられても戦えるよう、もう一丁を隊服の下、ふくらはぎに備え付けた。
ただ一人の声が、の行動を支配する。



『如何なるものからも彼女を守り通してくれたまえ』



――――――あなたがそう望むのなら。





2004年10月24日