三機のMSが地球に降下したことを、アンドリュー・バルトフェルドは知っていた。
クルーゼ隊が足つきを追っていることは周知の事実だし、仕留められずに逃げられていることも知られている。
だが三機の降下地点を見たときに、彼は眉を顰めた。
二機はジブラルタル付近なのに対し、一機だけがリビアに落ちている。
それも足つきと敵MSストライクの傍に。
「これは戦闘の結果かい? それとも奴の指示?」
コーヒーを注いだカップを差し出しながら尋ねるが、返答は返されない。

黒髪に整った美貌を持つ少年は、独特のコーヒーを口にして眉を顰めた。





Fate which revolves around the sun





MSが地球に降下したという報を聞き、バルトフェルド隊はバクゥを駆って彼らのサルベージに向かった。
二機はジブラルタルで発見され、残りの一機はリビアに広がる砂漠のど真ん中に落ちていた。
シグーの美しい白は大気圏突入の際に融けて崩れ、装備のバルカンシステム防盾も辛うじて形が残っている程度。
こりゃ駄目かな、とバルトフェルドは呟いたが、意外にもパイロットは生きていた。
自力で融解したコクピットのハッチを開き、気丈にも自分の足で立ち、崩れることなく砂の大地へ降り立った。
まっすぐに向けられた黒い目は力を失っておらず、知らずバルトフェルドは笑みを浮かべ、両手を開いて歓迎する。
「地球へようこそ、ラウ・ル・クルーゼの副官さん」
挨拶にも無表情のまま反応しないに、小さく肩を竦めたけれども。



バルトフェルドの本拠地であるバナディーヤで、は手厚く持て成されていた。
大気圏突破を果たしても彼は熱を出すことなく、体調不良を訴えることもない。
シグーはレセップスの整備班に任せ、他にすべきことも特にない。
バルトフェルド隊はアークエンジェルの追撃を試みたようだが、はそれに参加しなかった。
他隊の勢力圏内でむやみに問題を起こせば、その皺寄せはクルーゼに向かうと知っているからである。
ただでさえ、バルトフェルドはクライン派なのだから。
「ジブラルタルのパイロット二名は、10日後に本隊に合流するらしいよ」
もたらされた情報に、はコーヒーカップをテーブルに戻して口を開く。
「では、その日までこちらに駐屯させて頂けないでしょうか」
「どうぞどうぞ。戦闘にも参加してくれていいよ。まぁ、ここではもっぱらレジスタンス相手だけれどねぇ」
「いえ、地上戦に慣れていない自分では足手まといになるでしょうから」
ニッコリとが浮かべるのは、完全に外交用の笑顔である。
この年齢でいやはやお見事、とバルトフェルドは心中で褒め称える。
「・・・・・・さすがはラウ・ル・クルーゼの副官だ」
目を見せない彼を信用できないように、素顔を見せないを信用することは出来ない。
そんな内心の声が聞こえたのか、黒い瞳がゆっくりと伏せられて。
そして再び、バルトフェルドを捉える。
「お褒めに預かり光栄です」
笑ったの顔に、バルトフェルドは何かが背筋を走るのを感じた。
これは以前にも感じたことがある。
そう、それは。

ラウ・ル・クルーゼと初めて相対したとき。



底のない闇を見た。何を考えているのか判らない男。
仮面の下にも顔はない。ただ嫌悪感だけを覚えた。
狂気を感じた。プラントを、地球を、すべて巻き込むほどの業火を。
ラウ・ル・クルーゼという男に感じた。

それを今再び。
―――戦慄、する。



冷や汗が流れそうになるのを感じながらも、バルトフェルドは肩を竦めた。
「やっぱり君を自由にさせておくのは危険そうだ。僕の傍についてもらおう」
「副官でしたらダコスタ大尉がいらっしゃるでしょう?」
「じゃあアイシャにしよう」
「・・・・・・彼女は正規軍人ではないでしょう」
「いやいや、僕の最高のパートナーだよ」
公私においてね、と笑うと、はあからさまに眉を顰めた。
その様子におや、とバルトフェルドは首をかしげる。
この年頃の子供、ましてや13歳で成人を迎えるコーディネーターならば、男女の色艶には多少なりとも理解があるだろう。
けれどは明確に拒否を示した。はっきりと言えば、嫌悪を。
「女性は嫌いかい?」
問えば、少年から青年になり始めている美貌が歪む。
「嫌いです。命令でもなければ近づきたくもない」
「おや。女性はすべての生命の母だよ。偉大なる存在じゃないか」
「俺に母なんていない」
その言葉はあまりにも張り詰めた、吐き捨てるような声音で言われた。
すべてを拒絶するように、頑なに張られた背。そして闇と同じ色の瞳。
クルーゼととてもよく似た、それでいて不安定な子供。
息子がいたらこんな感じかもしれない。
自分の歳にしては大きな子供だ、とバルトフェルドは内心とは裏腹に笑い、手元の通信機のボタンを押す。
まもなくして部屋の扉がノックされ、戦場にはそぐわない華やかな存在であるアイシャが現れた。
「呼んだ? アンディ」
明るく笑う彼女にバルトフェルドも笑みを向け、の方を振り返る。
やはり眉を顰めたままの彼の黒髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて。
文句を言われる前に笑って命じた。
。君にはクルーゼ隊と合流するまで、アイシャの副官についてもらう」
「・・・・・・だから彼女は」
「命令だぞ?」
念を押されて、の白い頬が心なしかムッと膨れた。
アイシャがクスクスと笑うことによって、それはさらに大きくなって。
ソファーに座っていたの腕を、アイシャは力一杯引き上げる。
女にしては強い力には一瞬戸惑い無理やり絡められた腕を解こうとするが、間近で向けられた艶のある笑みに強制的に止めさせられた。
「それじゃアンディ、可愛い副官とデートしてくるわね」
「可愛がってやってくれ。でも浮気は駄目だよ?」
「分かってるわ」
勝手に進んでいる話に、再度は口を開いたが、それも唇に触れる指に塞がれて。
その指の主であるアイシャは隣で、バルトフェルドは正面で笑う。
「命令だよ、。地球にいる間に女性について良く学び理解したまえ」
「―――謹んでお断りさせて頂きます」
「まぁまぁ、そう言わず」
怒りを露に断りはするものの、アイシャの腕を解かないところはさすが命令に従う軍人だと、的外れなことをバルトフェルドは思う。
ずるずると引きずられていく姿に思わず笑みを漏らすと、射すような視線を向けられた。
「女性は良いものだよ。柔らかく温かく、傷ついた心と身体を包んでくれる」
苦笑しながら、手を振って見送る。
最後まで威力を失わなかった文句を訴える目も扉の向こうに消え、楽しげなアイシャの声も遠くなっていく。
何だか面白いことになりそうだ、と思いながらバルトフェルドは肩を竦めた。
まだ信用することは出来ないけれど。
それでも。

「君を包んでくれる女性が現れることを願うよ・・・・・・

出来ればクルーゼのようにならないよう。
今ならまだ、戻ることが出来るだろうから。



落ちてきた足つきと敵MS、そしてクルーゼ秘蔵の腹心。
何かが動き始めたのをバルトフェルドは感じていた。

人はそれを、運命と呼ぶのかもしれない。





2004年10月26日