地球連合第8艦隊とアークエンジェルが合流を果たしたというニュースは、すぐさまに伝えられた。
けれどそれはブリッジでのことではない。指揮官室にて、クルーゼから直接。
彼の副官であるの仕事は意外にもそう多くはない。
戦闘の指揮を下すのはクルーゼ、艦を動かすのは艦長であるアデス。その二人がいればヴェサリウスは成り立つのだ。
己の機体を持たないのやることといえば、Gシリーズのデータ解析やアークエンジェルの動向調査。
そしてプラントおよび地球連合の動きを探ることである。
表だけではなく裏の事情まで書き連ねられたデータに、クルーゼは満足そうに笑った。
、君に頼みたいことがある」
すべてを読み終えた後でデリートし、眼差しをただ一人の部下に向ける。
まっすぐに背を伸ばし直立した状態で、は命令を待った。
命じられれば、たとえ命でも投げ出す。にとってクルーゼはただの上司ではなかった。
死ぬならば彼のために。生きるならば彼のために。
すべての意味あるものを、ラウ・ル・クルーゼ一人のために。
「明日にでも、足つきは地球降下を試みるだろう。そこでだ」
仮面の下の目がを捕らえる。

「ストライクを、ザフトの勢力圏内に落として欲しい」

命令に、は敬礼で答えた。
彼にとってはクルーゼが全てであり、他は存在しない。





The mother earth is looking at all.





怪我をおしてイザークが出撃していった。
その幼すぎる勇気と無謀さに、指揮官席でクルーゼは口元を緩める。
愚かだな、と心中で漏らされた酷評を感じ取ったのは、彼の隣にいただけだろう。
滅多に感情を表さない唇で小さく笑み、一礼してからブリッジを出ていく。
「アデス」
クルーゼは下に立つヴェサリウス艦長に向け、口を開いた。
「これでは埒が明かない。シグーを出撃させろ」
「は? で、ですが―――」
「パイロットはだ」
付け足された一言にアデスは一瞬だけ息を呑んだが、すぐに顎を引いた。
オペレーターに向き直り、指示を出す。
「シグー、出撃準備!」
目の前の巨大モニターでは、いくつものMSが暗い宙を舞っている。
その向こうに見える青い星に、クルーゼは目を細めた。



突然現れた白い機体に、フラガは血の気が下がるのを感じた。
ザフトのシグー。指揮官のみが搭乗出来るそれに、今この場で乗ることが出来る人物を彼は一人しか知らない。
「おいおいおい・・・っ! 何で出てくるんだよ!」
被弾したメビウス・ゼロではシグーの相手は務まらない。万全の状態だって勝てるか判らないのだ。
今戦場に出ているのはアークエンジェルからはストライク、そして第8艦隊のMAが多数。
対するヴェサリウスはGシリーズ4体とジンが数機。
数の上で行くならば連合側が有利だった。だが性能の差かパイロットの差か、見る間にその戦況は覆されていく。
この上クルーゼにまで出てこられたら、アークエンジェルも第8艦隊も沈んでしまう。
フラガはそう判断し、せめてスカイグラスパーで出ようと駆け出した。
――――――けれど、すぐに気づく。
自分がクルーゼに対して必ず覚える感覚が、今は全くないことに。

白い機体がMAの間を優雅に舞い、鮮やかな花火を咲かせて次へ行く。
特攻を決めたガモフがアークエンジェルに向かって突き進んでいく。
その道筋を塞ぐかのように立ちはだかる第8艦隊。
けれどそのどちらもの目には入っていなかった。
映るのはただ、ストライクのみ。



『ストライクを、ザフト勢力圏内に落として欲しい』
その命令に敬礼で答えたに、クルーゼは浮かべていた笑みをより深いものにした。
手元の画面に映し出される地球の映像。その勢力圏の一つを指でさし示す。
『現在の位置から推測するに、足つきは大西洋連合圏内に降下するつもりだろう。だがストライクが他に落ちれば、必ずそれを追ってくる筈だ』
『リビア、ジブラルタル、パナディーヤ周辺になりますが、どちらに?』
『そうだな、たまには【砂漠の虎】の顔を見るのも良いだろう』
くすり、とクルーゼは笑う。
宇宙で自分の名が通っているように、地上で名の知れている指揮官を思い返した。
『アンドリュー・バルトフェルド。食えない男だが放っておけば痛い目に遭うのは確実だ。それならば舞台に上らせた方が扱いやすい』
『ストライクのパイロットを引き合わせるのですか?』
『そこまではしなくていい。変わった男だ、自ら進んで会いに行くだろう』
駒のように人を見透かすクルーゼをが忌避したことは一度とてない。
むしろ彼の駒になることを望んでいる。
だからこそこうして、傍にいることが出来る。
『シグーは好きに使うがいい。大気圏突入に耐えられるかは不明だが、OSも好きに書き換えたまえ』
『ありがとうございます』
『少しの間とはいえ、君を手元から離すとなると寂しくなるな』
立ち上がり、手を伸ばしてきたクルーゼを見上げ、は笑った。
それはただ一人にしか見せることのない、柔らかな微笑。
頬に添えられる手から与えられる体温に、ゆっくりと目を閉じる。
『・・・・・・地上でお待ちしております』
こうして密約は果たされた。



デュエルを半ば邪魔するような形でストライクとの戦闘に入り、そのまま地球の重力圏内に突入する。
片手でOSを変換させながら、サブモニターで落下地点の予測を弾き出す。
「リビアか・・・・・・予測範囲内だな」
ここならばレセップスの本拠地からも遠くない。足つき降下の報を聞けば、間違いなく『砂漠の虎』は出てくるだろう。
とりあえずの仕事は済んだ。はそう思い、正面モニターで共に落下していくストライクを眺める。
どんどんとコクピット内の温度が上がっていく。
とりあえずこれが最後だろうと判断し、ヴェサリウスに通信を入れた。
画面に映ったクルーゼが仮面の下でひどく満足そうに笑っているのを目にし、張っていた肩を降ろす。
「シグー、大気圏に突入します」
『ああ。おそらくディアッカとイザークはジブラルタル付近に降りるだろう。バルトフェルド隊で合流してくれ』
「はい。それでは武運を祈って」
コクピット内で敬礼すると、モニターの向こうでクルーゼが笑った。
唇だけが静かに動く。

き を つ け る よ う に

通信を切って、は送られた言葉を胸の中にしまう。
くすぐったくて自然と笑みが漏れる。温度の上昇していくコクピットは厳しいが、気分はとても良かった。
青い星がどんどんと迫ってくるのを感じ、は目を閉じる。

モニターでは、空と呼ばれる宇宙が広がっている。





2004年10月22日