もう、何日この部屋に拘束されているだろうか。
フレイは思い返そうとして、けれど止めた。数えたところで意味がない。
ただ、自分が逃げたあの日を境にも対応は変わらず、フレイは室内を自由に闊歩することが出来る。
そしてこれも変わらずに、ドア近くに座っている少年。
フレイはに悪感情を抱いていない自分を感じていた。
以前には殺されかけたこともあって、先だっては計算づくで逃げろと言われて結果的に他のコーディネーターに暴力を振るわれもしたけれど。
それはすべて、自分が愚かだったからだ。
冷たいけれど、憎いコーディネーターではあるけれど、それでも彼は。

・・・・・・嫌いじゃない。
いつしかフレイはそう想うようになっていた。





Mad and Sweet Love to Ruin





数日に一度、この部屋をクルーゼは訪れる。
態度や振る舞いからしては彼の副官だろうに、四六時中自分と共にいて良いのだろうか。
そんなことを考えながら、フレイは二人のやり取りを見守る。
「オーブが連合に屈しましたか・・・」
「フリーダムとジャスティスについてはどう見る?」
「かなりの確率でキラ・ヤマトとアスラン・ザラでしょう。機体の扱い方と戦闘パターを見る限り彼らの他に考えられません」
冷静な分析にクルーゼは仮面の下で笑った。
は今、アスランを『アスラン・ザラ』とフルネームで呼んだ。
それはつまり、彼にとってアスランがすでに味方ではないことを示している。
味方でないのなら、邪魔。今までの関係など消えた。後は殺すだけ。
「ニコルがいなくて良かった。あれは優しいからアスランやディアッカのことをひどく心配しただろう」
「イザークにおいても同じかと思われます。ただ、顔に出さないだけで」
「それでも戦えるだけマシだ。この部屋には来たかね?」
「いいえ。ナチュラルなど見たくもないということでしょう」
がそう言ったとき、フレイの肩が小さく反応した。
クルーゼはそれを視界の隅に収め、微かに笑う。
それは楽しそうでもあり、嘲笑でもあったけれども。
「フレイ・アルスター」
今度は身体ごとそちらを向いて、いつも通り余裕ある表情を浮かべて。
「長期に渡って拘置し、申し訳ない。何か足りないものがあったらいつでもに言ってくれたまえ」
その言葉にフレイは眉をひそめ、ソファーの上で膝を抱える。
破られてしまった地球軍の軍服ではなく、今はザフトの女性兵服を着ていた。
もしもアークエンジェルの服が無事だったとしても、きっと今はこの服を着ただろう。
「・・・・・・別にないわ。それより、私ならもう逃げないから、彼を仕事に戻しても大丈夫よ」
「おやおや、いつぞや銃を向けていた君の台詞とは思えないな。まるで魔法にかかったかのようだ」
視線を流され、は変わらずに冷静に答える。
「現実と現状を理解しただけかと」
「愚か者も学習出来る、ということか」
容赦のない言葉にフレイは唇を噛んだ。
けれどクルーゼの言うことは間違っていない。この艦にフレイの味方はいないのだ。
だったら少しでも大人しく、与えられたこの待遇を維持するための努力をしなくては。
のことなら心配はいらない。彼の任務は君のお守りだ」
「・・・・・・だけど、やることもなくて暇そうよ」
「それなら君が話し相手になってやればいい」
「「―――え?」」
フレイとの声が重なって、クルーゼを凝視する。
そんな中で小さなディスクをに渡すと、軽い笑みを残して背を向けた。
「次の戦闘までは間がある。羽を伸ばしていたまえ」
ドアが機械的に閉まるのを、二人は何となく見送っていた。



という少年が、フレイは嫌いじゃない。
サイのように温かな感情ではないし、キラに向けるものとも違うけれど。
フレイは彼が嫌いではなかった。

だけどきっと、は自分のことが嫌いだ。

コーディネーターと敵対するナチュラル。しかも軍人。
直接ザフト兵を殺したことはないとはいえ、フレイとて自ら志願して軍服を着ている。
この艦に連れてこられたときは銃を向け、脅しもした。
甘くて、愚かで、救いようのない捕虜。きっとはそう思っているだろう。
微かな痛みがフレイの胸に突き刺さった。



コーディネーターは嫌い。
だけど、のことは嫌いじゃない。
嫌われると胸が痛い。
・・・・・・こんなことは、馬鹿だと承知しているけれど。



好きになってもらえたらいいのに。



室内についている通信機のスイッチを入れる後ろ姿を、フレイは静かに見つめた。
コーディネーターは容姿の整っているのが一般的だが、はまた格別だと思う。
スラリとした背に、細いけれど鍛えられている腕。
透けるような白い肌は女としても見惚れてしまうし、漆黒の髪も綺麗だと素直に認める。
冷たい眼差しと態度も彼らしいと思ってしまうくらいに、フレイはのことを好意的に思っていた。
それは、言葉にしてはいけないのだろうけれど。

・・・・・・・・・好き

話しかけてもいいのかな、話しかけたいな、と後ろ姿にフレイは思う。
だけど通信機で何かしてるみたいだから、やっぱり話しかけない方がいいかもしれない。
仮面の人はああ言っていたけれど、が自分の会話に応じてくれるとは思えないし。
それに、何を話せばいいのかも分からないから。
サイとは何を話していた?
キラとは何を話していた?
思い返すが思い出せない。それにきっと、同じように話せない。
鼓動が少しずつ早くなってきて、フレイは膝を抱えている腕に力を込める。
何だか頬も熱を持ってきている気がする。どうしてなんだろう、と考えて気づく。

緊張しているのだ。彼と話すことに。
恐怖や不安じゃなくて、もっと違う。
きっと、もっと。

甘さを帯びた―――・・・。

「クルーゼ隊長の仰られたことは気にするな。あの方は他人で遊ぶのがお好きなんだ」
二人きりの時には滅多に発されない声が聞こえて、フレイはパッと顔を上げた。
いまだ通信機に向かったままのは、カタカタとキーボードを操作している。
こちらを向いてくれないのは相変わらずだけれど、それでもフレイは嬉しかった。
この部屋に入ったときからは想像も出来ないことだけれど。
「・・・・・・あなたは、あの人の副官なんでしょう?」
言葉を綴るだけなのに胸が高鳴っているのを、きっと彼は知らない。
「あぁ」
「だったらやっぱり傍にいた方がいいんじゃないの? 私ならもう逃げないから」
「その台詞を俺が信用すると思うか?」
淡々と返されてフレイは唇を噛んだ。
自ら起こした行動の代償とはいえ、今の彼に言われるのは辛い。
・・・・・・・・・本当に、何時の間にこんな風に思うようになってしまったのか。
判らない、だけど。
「――――――ねぇ。あなたが、私のことを嫌いでも憎くても構わないから、だから」
見えない横顔に、恋うて願う。

「・・・・・・話をしてほしいの・・・」

あなたのことを、少しでも知りたいから。



ギシ、と小さな音を立てて椅子が回転する。
耳から頬、ゆっくりとこちらを向く顔は変わらずに冷たい美貌で。
けれどその目が自分を映しているだけで、フレイは胸が熱くなっていくのを感じる。
思わず笑みを浮かべると、も形の良い唇の端を静かに持ち上がって。
それに見惚れながら、フレイはの唇が開いていくのを待った。

敵艦で落ちる恋は、とても甘い味をしている。





2004年8月12日