部屋のソファーに膝を抱えて座ったまま、フレイは入り口にいるを見る。
特に何をしているわけでもなく、ただ椅子に座っている少年。
暇じゃないのかしら、と場面にそぐわないことさえ考えずにはいられない。
時計の針は一刻を刻み続け、すでにフレイがの監視下に置かれてから24時間が経過していた。





a criminal end way, and





食事は朝・昼・夜の三回。
トイレとバス、ベッドはこの部屋に備え付けられているものを。
服はザフトの軍服を着替えとして支給されたけれど、フレイはそれに袖を通すことを拒否した。
いまだ地球軍の軍服を着たまま、銃を腰に帯びている。
最初は恐怖と憎悪に駆られていたが、この部屋で沈黙とともに過ごしている間に、それらも少しずつ削られてきている。
居心地は悪い。早く地球軍に帰りたい。けれど、この部屋の待遇は悪くない。
そう考えてしまう自分に愕然とし、フレイはホルスターに納めている銃を手にした。
トリガーに指をかけ、逃げ出すのだ、と再度自分に言い聞かせる。
――――――そう、逃げ出すのだ。
銃身を握り、腕を持ち上げる。標的はもちろん決まっている。
「ドアを開けて、そこをどいて」
震えていないしっかりとした声音に、はどこを見ていたのか分からない視線を上げた。
ソファーの近くで立ち上がり、まっすぐに自分へ銃口を向けているフレイを見て、微かに目を細める。
そんな彼の変化に気づかず、フレイはもう一度口を開いた。
「私をこの部屋から逃がしてくれるなら撃たないわ。だから早く」
は溜息をつきたかった。すでに心の中では何度となくついていたが。
椅子から立ち上がり、フレイと視線を合わせる。
「一応聞いておく。おまえはこの部屋から出たいんだな?」
「そうよ。当たり前じゃない」
「ならば行け。勝手にしろ」
後ろ手にセキュリティを操作して、ドアを開ける。
見えた廊下にフレイは目を見開いて、眉をひそめてを見た。
けれどそんな彼女の疑問には答えずに、はただ顎で示して。
「いきたいのならいけ」
熱のない瞳でフレイを見下ろし、それだけを告げる。

「屈辱と憎悪に耐えられるだけの力を持っているのなら―――な」



「何よ、あいつ・・・・・・」
艦内を先へ進みながら、フレイは呟く。
自分を監視するはずのが、簡単にドアを開けて逃亡しても良いと言った。
だから逃げてきた。彼がいいと言ったのだ。だから自分は悪くない。
自らの意思で逃げ出したというのにそんなことを考えながら、フレイは足を進める。
小型のシャトルでもあれば十分だ。出口はどこかと周囲を見回したとき。
廊下の向こうから、複数の人間の声がする。
フレイは慌てて曲がり角に身を隠した。
「・・・・・・聞いたか? 何でもクルーゼ隊長がナチュラルを拉致してきたらしいぜ」
聞こえてきた言葉に、フレイの肩が跳ねる。
「ナチュラル!? さっさと殺せばいいのに、一体何を考えてんだ?」
「さぁな。少しでも多く情報を引き出したいんじゃねーか? 今頃拷問でもかけてんだろ」
「ははは! 是非ともご一緒してぇぜ」
「アラスカの恨み、まだ晴らしたりねぇしな」
・・・・・・震える。奥歯が噛み合わなくて、カタカタと音を立て始める。
膝が笑って立っていられない。頭が真っ白になっていくのを感じて。
もしもこの場にアークエンジェルの仲間がいたなら、きっと優しく声をかけてくれただろう。
『大丈夫? フレイ』―――と。

けれど今は。

恐怖に青褪めたフレイの手から、まだ一発も撃っていない銃が零れ落ちた。
止めることも出来ずに、それは小さな音を立てて。
「誰だ?」
気配が、近づいてくる。

二人の男の顔が見えて、フレイは引き攣った声を上げた。
こんなことならちゃんと渡されたザフトの軍服を着れば良かった、などと頭のどこかが考えて。
「・・・・・・ぃや・・・っ」
逃げようと後ずさった片足を掴まれる。



人の顔が怨みに染まるのを、フレイは見た。



あぁ、自分もこうだったのか―――・・・・・・。



叫び声はただ響くだけ。
謝罪なんて受け入れられない。
殴られて、引きずられて、赤い髪を荒々しく掴まれて。
服を破られて肌が露になる。
やめて、と請うても届かない。
そう、怨みとはそういうものだ。

怨みとは自分以外の誰かをひたすらに傷つけること。

泣き叫ぶ声を塞ぐように、口に何かを押し込められて。
スカートをたくし上げられ、アンダーウェアを切り裂かれる。
腕と足を拘束する力。
与えられる暴力。



フレイの脳裏にキラの顔が浮かんだ。
それは決して、笑顔などではなかった。



「これでもまだおまえは、部屋の外に出たいと思うか?」
備品庫の入り口に立ったまま、は見下ろして言う。
フレイは天井を見上げながら、それを聞いていた。
視界には何も写っていない。今は体中の感覚さえもなくて。
ただ、声だけが聞こえてくる。
「捕虜を閉じ込めておくのは、逃亡を防ぐためだけじゃない。逆に怨恨を持つ相手から捕虜を守るためでもある」
破られた地球軍の軍服の袖を拾い上げて、一瞥しただけで再び床に落とす。
赤い髪が数本ばらまかれているのにも、は反応などせずに。
「捕虜が自力で逃げ出す場合、戦闘能力だけでなく臨機応変な才能が必要になる。仮に出口まで辿り着けたとしても、おまえはシャトルを操縦出来るのか? 宇宙に出て足つきを探すことが出来るのか? 追ってくる俺たちから逃げきることが出来るのか?」
返答はない。だけど返事はたった一つだ。
フレイにそんなことは出来ない。
彼女はただ軍服を着ているだけの少女なのだから。

怨みで人を殺すことが出来る。
それは、怨みで殺されるということなのだ。

涙が浮かぶ。キラの顔が浮かぶ。
死んでしまった父親の顔が、さっき自分を殴った男たちの顔が。
苦しくて息が出来ない。
助けてなんて、もう、言えない。

そんな資格――――――ない。



薄暗い天井が赤い何かに覆われ、フレイの視界から消える。
降ってきた柔らかな布に涙が吸い取られていく。
無機質なはずのそれが、やけに温かく感じられて。
「分かったなら部屋に戻るぞ」
の声が聞こえる。
冷たいはずのそれが優しく届いて、さらに涙を加速させた。

自分は愚かだと、思った。





※ 主人公はフレイが強姦される前に止めに入りました。
2004年6月18日