おそらくザフトには、すでにラクス・クラインが行方不明であることが知れているだろう。
彼女はユニウスセブンの追悼のために出てきていた。ならばその近辺にいる可能性が高い。
探すならユニウスセブン周辺。それは、つまり。

「・・・・・・もうそろそろですか? クルーゼ隊長」

は唇を歪めて笑った。





The trickster of a battlefield, Jr.





爆撃音、そして揺れる艦隊。
案の定、予想と大して違わない間を置いて起こった戦闘に、は楽しそうに笑った。
クルーゼならば絶対にアークエンジェルを見つける。そして攻撃を仕掛けるだろう。
たとえラクスの捜索が任務として与えられていたとしても、ザフトである限り敵を見つければ沈めるのが先だ。
だから必ずこうなると思っていた。
「さすがクルーゼ隊長」
の整った横顔には、どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
そのまま床を蹴り、扉へとたどり着く。ハロなどなくとも鍵は簡単に開けられる。
機械音が微かに起こり、あとは扉を開くだけというところで、はふいにその手を止めた。
爆音や振動、悲鳴に混ざって近づいてくる気配を感じる。
そしてそれはの隣――――――ラクスの囚われている部屋の前で、止まった。
少しの間、小さな罵声、複数の足音。
それらが遠ざかって聞こえなくなった頃、は扉を開ける。
軽い舌打ちが冷ややかに響いた。



「パパの船を撃ったら、この子を殺すって! あいつらに言って!」
ブリッジにフレイの叫び声が広がった。
金切り声にも近い、悲痛な訴え。目の前で繰り広げられる戦いへの悲鳴。
家族を失うかもしれない恐怖。そして起こした行動。
ラクスは自分の腕を痛いくらいの力で掴んでいるフレイを見やって、微かに顔を曇らせた。
人質として扱われることが嫌なのではない。
ただ、少女にこんな顔をさせてしまう戦争が悲しくて。

―――けれど、争いは終わらない。
願いは決して、届かない。

目の前でひときわ大きな閃光が走り、画面が白い輝きに埋め尽くされた。
徐々に晴れて浮かび上がってくる宙の中、一瞬前まで映っていた艦はなく。
声にならない悲鳴で、フレイが叫ぶ。
「ザフト軍に告ぐ! こちらは地球軍所属艦アークエンジェル!」
インカムを奪って、バジルールが宣言する。
「当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢ラクス・クライン、ならびにザフト軍クルーゼ隊所属を保護している!」
ブリッジの扉の影では笑った。
これから言われることなんて容易に想像できて、だからこそクダラナイと一笑できた。
そしてそれくらいのことでクルーゼは引かない。
・・・・・・・・・だけどそれも、ラクスがいなければの話だ。
クルーゼ自身、ラクスには大した価値がないと判断している。だから簡単に切り捨てることも出来る。
けれどそれは今ではない。今はまだ、そうするべきじゃない。
案の定バジルールはラクスとの身を盾にして、攻撃を止めるように脅迫した。
そしてクルーゼも言われたとおりに艦を停止する。
戦場がひとまず膠着して、は潜んでいた扉の影から姿を現した。
まだ困惑と動揺でゆれるブリッジに足を進めて、そして。
様・・・・・・」
気づいたラクスが止めるよりも早く。

伸ばした手で赤い髪を掴み引きずり倒す。
泣き喚いている表情が恐怖に変わったのを見越して笑う。
細い身体に馬乗りになって抵抗を抑え込み。
その細い首に、指先を衝きたてた。
フレイの顔が歪んだのを見て、更に強く――――――。

様っ!」
腕に絡みついてきた身体には動きを拘束された。
もちろんその制止を振り切ってフレイを殺すことは出来る。
だが、これは見せしめ。だからこそ、このラクスの行動は良いタイミングだった。
彼女は無意識で、けれど彼は意識的で。
「・・・・・・クライン嬢」
ゆっくりと横を見れば、自分の腕に抱きついているラクス。
その顔が今にも泣きそうで、瞳は涙に濡れていた。
「・・・いけません、様・・・・・・私なら大丈夫ですから」
「ですがクライン嬢。この者はあなたに危害を加えようとしました」
「でも、結果的に私は無事です。ですから、どうか」
突如起こった事態に、ブリッジにいた面々は対応することが出来なかった。
が一瞬にして現れたのも、フレイを押し倒してその首に指を衝きたてたのも。
ラクスが泣きそうな顔でそれを止めに入ったのも。
見ていることしか、出来なかった。

の指先が、ゆっくりとフレイの首筋から離れる。
鋭い爪の先が紅く染まっていて、刺されていた箇所から同じ色が零れた。
「ぐ・・・っ・・・」
フレイが噎せ返ると、それでようやく周囲の者たちもハッと我に返った。
ラクスはの身体にしがみついたまま身を引き、二人して壁際へ下がる。
「―――フレイ!」
サイが駆け寄って抱き起こす。首筋に血は溢れるが、致命的な怪我ではない。
それもそのはず。には彼女を殺すつもりはなかったのだから。
ラクスの護衛を任務として受けている限り、形だけは彼女を守らなくてはいけない。
そう。たとえクルーゼが、彼女に価値を置いていなくても。
形だけは、同じように。

あの方の意志に沿うように。

「・・・・・・・・・
ラミアスの呼びかけを受けて、は顔を上げた。
まだラクスは彼の右腕にしっかりとしがみ付いている。
放さないように、離れないように。相手がに何かしないように。
彼を守るのだという意志が、彼女の瞳には現れていた。
「何故あなたがここにいるの? 決して部屋を出ないように言った筈よ」
「俺も言った筈だ。『決してクライン嬢に危害は加えるな』―――と」
「・・・・・・だけど今は」
「『仕方がない』?」
台詞を奪って、は笑った。
「俺たちの命を盾にとったところで、いつまで生きていられるか見物だな。クルーゼ隊長はそんなに甘くない」
もう一度、今度は腕にしがみ付いていたラクスの拘束を離れ、逆に彼女の肩を引き寄せて。
楽しげに笑って、彼は言った。
「貴様らナチュラルを遊ばせておくほど、あの方は寛大じゃないんだよ」



準備はすべて整った。
後は“彼”が動き出すのを待つだけ。
まだ潤む瞳で見上げてくるラクスに安心させるように微笑んで、はその涙を拭った。
ピンク色の髪を丁寧に撫で付けて。

・・・・・・・・・時が満ちるのを、待つ。





2004年3月24日