朝の目覚めは早い。
定めたアラームはまだ鳴る前なので操作して解除する。
カーテンと窓を開けたら新聞を取りに行って、そしたら朝ご飯を作らなくちゃ・・・。
食パンがあるはずだからそれを焼いてオムレツとキャラメルポテトとほうれん草で・・・。
そこまで考えてやっと気づく。
自分は今、選抜合宿に来ているのだった、と。
「・・・葵・・・・・・朝ご飯食べれるのかな・・・」
そういえば具だくさんのスープを作ってきたけれど、ちゃんと温められるのか。
考え始めたら心配になってきて思わずメールを打ってしまった。
そしてウェアに着替えて部屋を出る。
precious symmetry
が戻ってくると椎名と黒川は起きてすでに着替えていた。
「おはよう、。走ってきたの?」
「ああ」
「どのくらい?」
「時間にして35分。距離で言うなら10km」
このという人物はこちらから聞かない限り会話を続けようとしない。
椎名は昨日一日でそう認識していた。
それでも話しかければ答えてはくれるから。
「・・・朝からよくそんなに走れるな」
いまだ寝ぼけ眼の黒川が呆れたように言うけれど、は気にせずにシャツを着替える。
下のベッドの畑はまだ眠ったまま。
今日も一日が始まっていく。
Aグループはやはりフォーメーションを中心とした実践的な練習に対し、Bは昨日と変わらずパス練からだった。
少しは芝に慣れてきたのか選手たちのボール運びも昨日よりはスムーズで。
しかしそれも監督の声によって止められる。
集められた少年たちの前には余裕の笑みを浮かべた長髪の少年が一人。
「家の都合で遅れてきた鳴海貴志君だ。彼にはAグループに入ってもらう」
紹介が終わるとA・B合同でミニゲームをすると言われ、選手たちがざわめいた。
「最終選考の前哨戦みたいなものだね」
杉原が笑顔で言った台詞にいっそう動揺が広がって。
そんな中でゲームが始められた。
最初の試合。
伊賀のフェイント、天城のシュート。
真田と郭の連携、椎名のブロックに渋沢のキーピング。
どれもこれも今ここに集まっている選手たちの中ではトップクラスのものだろう。
けれどこのくらいのプレーなら今の自分でも出来る。
そう思うとは軽い失望を禁じえなかった。
昔は、こうだっただろうか。
三年前のフィールドを自分はこんなに冷静な目で見つめていただろうか。
・・・・・・違う。
もっと・・・もっと熱かった。
熱くて、今にも叫びそうで、けれど一心にボールを追っていた。
がむしゃらに、それだけを求めて。
自分はまだフィールドに戻れていない。
鳴海の肘鉄が風祭に決まった。
ゲーム中の出来事とはいえ騒ぎ出さずにはいられない。
そして彼の言った台詞に皆がハッとされられて。
ようやく理解する。
自分たちは選抜される立場にいるのだと。
「昨日おまえが言ったのと同じ台詞だな」
が横に目をやればそこには憮然とした表情の真田が立っていた。
そのまま隣にいたかと思うと、何も言わないに業を煮やしたのか口ごもった後で自分から話しかけてくる。
「・・・・・・・・・・・・昨日、悪かったな」
突然の謝罪にがようやく真田を見た。
サングラスをかけているとはいえ、その顔を前にして真田はさらに動揺する。
「おまえはあの場面で自分がシュートすれば必ず入るって分かってたんだよな。だから打ったんだ」
呟く言葉はだんだんと小さなものになって。
「・・・俺が、・・・俺がたぶんあそこでパスをもらっても、たぶんシュートは止められてた。だからおまえはパスしなかったんだ」
俯いた顔を覗き込むようなことなしないけれど。
「・・・・・・・・・ゴメン・・・」
自分に出来ないことをいとも容易くやってのけた彼に嫉妬したのだ。
その慧眼と実力に裏付けられたプレーに、自分にはないものを見つけてしまって。
羨むことしか出来なかった。
「君が気にすることはない」
冷静なの声が真田の耳をくすぐった。
「確かに俺はあの時そう判断した。けれどそれは俺の考えで君が気にするようなことではない」
いつもと変わらない無表情な横顔がなぜか少し嬉しかった。
「君はまだまだ伸びる。これからだ」
あらかじめ決定されている事実を述べるかのように凛然と言い放たれ、真田は目を丸くした。
そして小さく破顔する。
「・・・・・・サンキュ」
はかぶりを振って否定したけれど。
「君。人数が足りないの。キーパーで入ってもらえるかしら」
「はい、分かりました」
試合が行われていく中で最後の試合というときに西園寺がを呼び寄せて言った。
平然と頷くに周囲の方がどよめいて。
「何!? ってばキーパーだったわけ!?」
「えーマジで!? が敵チームかぁ。よっしゃ負けないからな!」
椎名が詰め寄れば藤代はフィールドで飛び跳ねる。
けれどそれにおざなりの返事を返してはグローブを受け取って位置へとついた。
フィールドすべてを見渡せる、孤独な場所。
思えばこのポジションも久し振りだな、と目を細めて。
ホイッスルが鳴り響く。
相手チームには藤代・設楽・三上・谷口・友安・そしてキーパーの永山。
対するこちらは天城・杉原・桜庭・畑(五助)・内藤・そして。
Aグループの人数で見るなら相手のほうが有利。
けれど戦況はそうでもなかった。
「杉原!」
のフィードが敵のディフェンスをすり抜けて難なく杉原の足元に着地する。
「げ! ってば今のも止めるわけ!?」
舌を出す藤代の放ったシュートはこの10分で5本、設楽は2本、三上が1本だ。
それをすべてが一人で抑えている。
日頃部活で組んでいる三上と藤代の前線がなすすべもなくの前に無得点。
「今のこの間の練習でキャプテンだって止められなかったのに! ねー、どうして? 何で俺のシュート止められるの?」
遠くで「バカ代戻りやがれ!」との声が聞こえないでもないが、当の藤代はゴール前のにくっついたまま。
サングラスをかけていないは俯きがちに顎で反対のゴールを示す。
「呼んでるみたいだけど」
「いいってそんなの! それよりさ、教えてよ! 何でそんなにシュート止められるわけ!?」
しつこく食い下がってくる藤代の相手に疲れたのかは面倒くさげに口を開く。
「藤代はシュートを打つ前に目線が動く。狙う位置を見るわけではないけれど、それで大体のタイミングは分かるから」
「え―――――! マジでェ!?」
今まで知らなかった事実を告げられて藤代が愕然とする。
そんな彼の横をすり抜けて。
転がってくるボールを足で受け止めた。
「!」
誰が叫んだのか分からない。
敵かもしれないし味方かもしれない。それとも見ていたギャラリーかもしれない。
けれど、たとえこの場にいる誰が名を呼んだとしてもが振り返ることはなかっただろう。
まっすぐにゴールへと向かって駆けていく。
ディフェンダーに当たる瞬間にスピードを上げて抜き去って、次の相手はフェイントで交わした。
見ている者からは想像できないくらいのスピードで動作を行う。
左にフェイントをかけられても、次の瞬間には右側を抜けている。
体が追いつかない。
まさに疾風。
そんなの姿を見ながら西園寺は身震いした。
ずっと捜し求めていたプレイヤーが今、自分の目の前にいる。
自分が指導者を目指すきっかけとなったプレイヤー。
彼の天衣無縫な強さに憧れて、いつか彼と共にサッカーを出来たらとずっと思っていた。
見つめる瞳に涙が浮かぶ。
最後のディフェンダーを前に横へ蹴りだした。
突然の、けれどものすごく正確で取りやすいパスに、受け取った杉原は目を見開いて。
そしてすぐに蹴り返した。
そうしてくれと、彼が言ってるような気がしたから。
息の合ったリターンでディフェンダーを抜き去り、後はキーパー一人を残すのみ。
シュートコースは空いている。
蹴れば入る。
は足を振り上げてピタッと一瞬動きを止めると、ちょんっと軽く蹴りだして。
タイミングを外されたキーパー。
丁度良すぎるような位置にいた天城は反射的にボールを思い切り蹴りこんで。
ネットだけでなくポストまでが揺れた。
そしてそれが決勝点。
彼の手の平で踊るおもちゃたち。
2002年8月22日