正直、病院は好きじゃないのだ。
慣れてはいる。だけど、それと好きは別物。
自らの病を治療してくれる大切な場所なのに、それなのには病院が好きじゃなかった。
闘病が辛いのは当たり前。だから、理由はそんなのじゃなくて。
不安になるから。



この白い部屋からもう二度と出られないんじゃないかと、不安になって堪らないから。





白白の絶望





「・・・・・・・・・え・・・?」
声が震えて、受話器を握る手から力が抜けた。
体中の血が下がっていく。指先が冷たくなっていく。
それなのに汗が出てきて、口元が揺れる。
喉が渇く。嫌な、予感。
予感なんてものじゃない。
「・・・・・・・・・シゲ、おまえ何言って・・・・・・?」
『――――――せやから』
電波を越えて聞こえる。
それは、神様の愛なんてない。
存在さえも、憎んでしまえるほどの。
絶望をもたらす宣告。



『・・・カザが怪我した。・・・・・・しばらくはリハビリで、サッカー出来へんって・・・・・・・・・』



神様はどこまで俺たちを弄べば気が済むのだ



電話口に立っていた自分は、とんでもない顔色をしていたらしい。
近くを歩きかかった看護師に声をかけられ、電話を止められ、病室まで付き添われて戻った。
けれどはそれらすべてのことを覚えていない。
ただ、ベッドの上で抜け殻のように呆然としていた。
何も考えられない。
さっきシゲは、何て言った?



怪我?
誰が?
カザ?
風祭?
明るい笑顔
桜井さんの好きなヤツ
同じクラス
サッカー好き
FW
シゲと同じ
俺のパス出す相手
サッカーはもう出来ない
誰が?
俺が
風祭が?



唇が勝手に言葉をつづる。



「風祭が・・・・・・・・・」



・・・もう、サッカー出来ない・・・・・・



自身は気づいていなかったが、彼の目からは涙が溢れ出てきていた。
今回は特別検査入院ということで個室だったのだが、相部屋だったらきっと不審に思われただろう。
けれどここは病院だから、突然感情が崩れる人がいてもおかしくはない。
もきっとその一人。そう思われたことだろう。
だけど今は、この部屋に誰もいない。
、ただ一人。



この部屋から、俺は本当に外へ出られるの



ベッドの上に投げ出されていた手が、自身の意思でなく震える。
堪えるようにシーツを握ろうとして、けれどその手を止めた。
ここで握ったら、もうこの部屋から出られない気がする。
だけど、だけど今は生きていることを感じたくて。
自分にまだ力があることを実感したくて。
シーツを、握る。



縋りついてしまった。
この、色さえもない鎖された世界に。



「・・・・・・そんなこと・・・ない・・・・・・」
音を立てて涙が落ちる中、は呟く。
その目は何も見ていなかった。
まるで見ていたかったはずの未来を、その視界に描いているかのように。
「そんなことない。シゲは、そうはいってなかった。だからまだできる。おわりじゃない」
しばらくはリハビリ。
そう、電話口の彼は言った。
だから大丈夫。終わりじゃない。
風祭はまだ終わってない。
そう考えろと心は言うのに。



何故、頭は最悪の場合を想定してしまうのか。



軽い怪我、たとえば捻挫程度なら、あんな風に言ったりしない。
それはきっと骨折でもそう。シゲはあんな風に言ったりしない。
だからきっと重い怪我。リハビリを重ねて、ようやく復帰できるような。
そんな怪我。
そんな怪我で、あってほしい。



リハビリを重ねればフィールドに戻れるような。
そんな怪我で、あって。



俺とは違って



絶望は突然降ってくる。
悲哀は同時に訪れない。
抗えない現実。
それを運命と呼ぶのなら、そんなものいらない。
欲しいのはただ、生きるための糧。



傲慢に奪われた、笑顔の理由。



普通に生きたかった。
サッカーがしたかった。
笑って、走って、それだけのことで十分なのに。
間違ったことを望んでる?
多すぎることを、望んでる?
ねぇ、神様。



「・・・俺たちが何したって言うんだよ・・・・・・っ」



嗚咽を漏らし、はシーツをさらに強く握り締めた。
白いそれを、まるで命綱のように。
ひたすらに強く。



願う。



どうか風祭の怪我が治りますように。
彼が絶望に身を染めてしまいませんように。
また、笑ってサッカーが。
出来るようになるんだったら、いくらだって祈るから。



この何もない世界から、憎むべき神様へ。



どうか。



・・・・・・どうか。





2004年12月16日