春休み。トレセンが始まった。
東北だからまだ少し肌寒い空の下、きっと彼らはボールを追いかけているんだろう。
上を目指す彼ら全員に、神様の加護があればいい。
そんなことを考えながら、は読んでいた本から顔を上げた。



君、検診の時間よ」



入ってくる看護師に笑顔を浮かべる。





薄紅の嵐





シゲには言わなかったし、言う気もなかったけれど。
はこの春の休みに入院することが以前から決まっていた。
冬休みはどうにか免れることが出来たけれど、今回は出来ない。
何故なら、が15歳になったからだ。



15歳になれば、臓器を提供し、また提供してもらえることが出来る。



日本の法律では、15歳未満の臓器提供を認めていない。
それはつまり、その心臓に見合わない小さな子供は、臓器提供が必要でも受けられないということだ。
は今までその法に引っかかっていた。けれど今は。
――――――今は。
「検査は明日だから、今日は早く寝るようにしてね。でないと疲れちゃうわよ?」
「はい、気をつけます」
君は返事だけは良い子なんだから」
顔馴染みの看護師の言葉に、自身も笑った。
確かに消灯時間後も枕元のライトで本を読んでいるし、時には院内をフラフラと出歩いていたりするから。
良い子ではないな、と我ながら苦笑する。
「今回は大丈夫です。この本も夕飯までに読み終わりそうですし」
手元の本を掲げて見せると、看護師も軽く笑った。
「そう、それじゃ安心ね」
こんな会話を交わすことが出来るくらい、親しくなってしまった。
親しくなって、しまった。



の心臓は、先天性のものだった。
幼い頃は症状も出なかったために気づかなかったが。
彼の心臓は、身体と成長を共にすることなく、小さなまま育たなかった。
大きくなっていく身体は、幼いままの心臓に多大な負担をかけていく。
年を重ねるにつれ、発作を起こす回数も、入院する日数も増えてきていて。
自身、判っていた。
病室の窓から、柔らかな春の日差しが入り込んでくる。
穏やかな優しさをもって。



もう二度と、サッカーは出来ない。



「・・・・・・スポーツ大会が最後になっちゃったなぁ」
昨年の秋にあった学校行事を思い出す。
あのとき、のクラスは優勝することが出来た。とても良い思い出。
発作を起こして以来、することのなかったスポーツ。
することの出来なかったサッカー。
大好きなフィールドに一瞬でも戻れたことが嬉しかった。
―――それに何より。
シゲとプレー出来たから。だから。
「・・・・・・あれが最後でもいいかな」
呟いては笑う。



不思議なくらい、心は穏やかだ。
病は刻一刻と身体を蝕んで、移植すら考慮の片隅に入ってきているのに。
それでもの心は、まるで風のない海のように静かだった。
何故だろうと考えて、けれどすぐに答えに行き着く。
こんなに落ち着いていられるのはきっと。



自分の代わりに走っていってくれる人がいるから。



桜が蕾を膨らませ、春の訪れを告げている。
緑の芝生で駆けている彼らが戻ってくるときには、自分も笑って出迎えたい。
ご苦労様、と言って。全国区の選手たちのことを話してもらって。
優勝トロフィーはついででいい。元気で帰ってきてさえくれれば。
――――――それで、いいよ。





青空の下、悲鳴が轟く。
「風祭・・・・・・っ!」
神様なんていない。





捨てられた子供たちの叫びは、届かない。





2004年9月11日