欠けた、カケラ。
からり。
ころり。
I want to be your phantom!
今年のバレンタインは日曜日だったこともあり、本番は翌日の15日へと持ち越されていた。
女生徒たちは心持ち頬を赤く染めていて、男子生徒たちはソワソワと居心地悪そうに一日を過ごして。
けれどそんな喧騒とは無縁の保健室で、は今日も過ごしていた。
机の上に山盛りになっているカラフルなラッピングを半ば呆れながら指で弾く。
「全部でいくつ?」
「んー・・・せやな、50は超えとるやろ」
「うわぁ、シゲちゃんモッテモテ!」
「今頃気づいたんか?」
「でもって自惚れ屋さんー」
二人して声をあげて笑って。
たくさんのプレゼントを小石のように積み上げながら、バランスが悪いと文句を言って。
そして持参した紙袋へとそれを詰める。
「も貰ったんやろ?」
「モテモテシゲには敵いません」
「3個ってとこか」
「残念、5個」
いつもより少しだけ膨れ上がっている鞄を示しては笑う。
「同学年の子から2つ、三年生から1つ、一年生から2つ」
「やるやんか、自分」
「全部保健委員の子だけどな。ちなみに一年生からの2つのうち、1つは男子生徒からだった」
「・・・・・・・・・は?」
「『先輩を愛してるんです!』って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あはは、俺ってばモッテモテ」
明るくカラリと笑うに何をどう言えばよいのか判らずに、シゲは顔を歪めて沈黙する。
それにも関わらずには続けて。
「どうしよ、俺このまま危ない道とかに入ってしまったら・・・・・・・・・っ」
ちょうど桜井さんにフラレたばかりだし、優しく慰めてくれる人に心惹かれてしまうかも。
頬に両手を添えて、はそう言いながら戸惑う乙女のような仕草を見せる。
けれどその瞳がニヤリと笑ったことによって、固まっていたシゲはようやく意識を取り戻した。
「・・・・・・・・・・自分、性格悪いにも程があるで」
「うわ、失礼。一年男子からチョコをもらったのは本当だよ。手当ての仕方が判らなかったのを教えてあげてお礼にだけど」
「失恋で心だけやのうて頭にも傷がついてしもうたんやな」
「この前の中間テストで2位の俺にそんなことを言うんだ?」
「言われてもしゃあないやろ」
「まぁね、失恋したのは事実だし?」
本人からそう言われてしまえば、それ以上何も言うことは出来ない。
変わらずに笑うに、シゲは溜息を堪えて笑みを返すのだった。
迷惑と言われたのだと、は言った。
―――――笑って。
桜井さんにとって俺は迷惑なんだってと、は言った。
―――――哂って。
握る拳に力がこもる。爪の先が皮膚へと食い込む感触がした。
噛み締める奥歯が音を立てる。
「・・・・・・・・・何でや」
搾り出された声は低く、無理やりに押さえつけた苛立ちが滲んでいた。
を目の前にしてこの負の感情をぶつけることは出来ない。なぜなら、がそれを望んでいたのだから。
大切に想っている少女からの言葉なら、たとえそれが拒絶でも受け入れることを願っていたのだから。
そんなの、邪魔は出来ない。
だけど思わずにはいられない。
何故、ばかりがこんな目に遭うのかと。
思わずにはいられない。
がせめて、もう少しだけでも自分本位の人間であったなら。
自身は自分のことをこれ以上ないほどの非常識な人間だと言うけれど、そんなことは露ほどにもない。
―――――――――――そう、目の前の少女に比べれば。
憎しみが溢れる。
おさえろ。
押さえろ。
抑えろ。
いつものように、笑みを浮かべて。
そう、がいつもやっているように。
「何しとるん? みゆきちゃん」
振り向いた少女を見てシゲは悟る。
・・・・・・・・・あぁ、やはり無理かもしれない、と。
サッカー部の練習もすでに終わり、陽はとうに沈んであたりは暗くなっている。
校門のところで見かけた後ろ姿にシゲは口元を片方だけ吊り上げながら話しかけた。
どことなく肩を落としているのから判る。
この少女はきっと、想い人である風祭にチョコレートを渡すことが出来なかったのだろう。
いい気味だと思い唇を歪めて、そしてそんな自分を哂った。
「どうしたん? こんな時間まで」
「いえ・・・・・・」
濁される返答にそういえば、とシゲは考える。
今日の部活で目の前の少女はボールをぶつけられて保健室へと運ばれたのだ。
幸いというかなんというか、放課後になって割合とすぐに帰宅したとは出会わなかったようだけれど。
「カザやったら河川敷ででもボール蹴ってるとんとちゃう?」
「――――――あっ・・・」
何気なく言った自分の一言に、まるで花開くかのように喜びに顔を染める少女。
心の内で、鎌が擡げる。
凶暴な自分が目覚めるのが判る。
―――――――――シゲと出会えて、よかった。
「・・・・・・・・・カザにこれからあげるんやろ?」
おさえて。
おさえて。
「上手くいくとえぇな。せやけどカザは鈍感やし」
わらって。
わらって。
「大丈夫やって。きっとコーチも一緒やから気ぃ利かしてくれるやろ」
あとすこし。
あとすこし。
「ほな頑張ってや」
てをふって。
てをふって。
笑顔で去っていく後ろ姿に思う。
当然の顔で人を傷つけるオマエを好きになる人間がいるものか。
心の中に凶悪な獣がいる。
それに縄をつけて、鎖でつないで。
放さないように、放れないように。
この獣が少女を傷つけて切り刻んで、めぐりめぐってを病ませたりなんてしないように。
少女が憎いと思うのは自分がの側にいる人間だからだ。
だから言ってはいけない。
自分はが大切だけれど、愛しいけれど、だからといってそれは少女を傷つける理由にはならない。
何より、がそんなことを望んでいない。
この両手は少女を苦しめるためのものじゃない。
この両手はを慈しみ抱きしめるためのもの。
優しく、柔らかく、ときに強く。
そのための手。
そのための自分。
そのための温もり。
だから今は、この心に鍵をつけて。
願わくはこの獣が一生檻を破ることのないように。
シゲは握り締めていたままだった手の平をゆっくりと開く。
爪が食い込んだ皮膚は裂かれ、薄く血が滲んでいた。
舌で舐めれば錆び付いた鉄の味。
ピリッとしたかすかな痛み。
こんなもの、の受けた痛みに比べれば。
今頃は河川敷にて想い人を見つけたであろう少女を想像してシゲは小さく笑う。
まったく、さっさとくっついてしまえば良いものを。
それが少女の望みなのだから。
傷つくことなど考えもしない恋する愚かな少女の望みなのだから。
早く、早く。
少しでも早く、の心が穏やかな波を取り戻しますように。
そのためなら悪役となっても構わない。
シゲは裂けた傷をもう一度舐めて、自嘲気味に哂った。
2003年6月22日