指先が冷たい。凍る。
混み合っているスーパーの自動ドアを抜けては首を竦めた。
見上げれば鉛色の低い空。
雪が降るかもしれない。
祈り
東京で雪が降ったら、きっとソウルでも降るのかもしれない。
いや、やっぱりそれはないかも。遠く離れているのだし。
雪が降ったらフィールドはめちゃめちゃ。滑るし転ぶし体力削るし。
出来ればソウルは雪じゃありませんように。
そう考えながらはもう一度空を見上げ、そして何かに気付いて周囲を見回した。
ボールを蹴る、音がする。
大きな公園の一角に設置されたコート。
冬の曇り空に負けないように明るいライトがいくつか灯されていて。
その中で回されるボール。
歓声が上がって、手を叩く音がして。
ゲーム終了の笛の音とともに少女たちが手を取り合って喜ぶ。
その光景が微笑ましくては目を細めた。
手の中のビニール袋が音を立てたので帰ろうかと思って足を動かしたけれど、それも三歩目を前にして徒労に終わる。
フェンス越しに向けられている視線は、お世辞にも友好的なものとは言えなかった。
今が冬で良かった、とは思う。
でなければきっと袋の中の豆腐や魚がダメになってしまっただろうから。
夕飯の時間は、少し遅れてしまいそうだけれども。
「アンタ、何でこんなとこにいるの?」
真正面に立つ黒髪の少女に、は笑いながらビニール袋を揺らして見せた。
「スーパーで買い物の帰り」
「家、この近く?」
「まぁね。ここから歩いて5分のマンション」
「何でフットサル場なんかに寄り道したの?」
その質問に、思わず唇を歪めて。
あぁ本当に可愛らしい、とは内心で笑う。
「ボールを蹴る音がしたからだけど」
顔を上げて、黒髪の少女を見て。
さらにその後ろにいる茶色の髪をした可愛らしい少女を見て。
──────────哂う。
「ストーカーでもされたかったんだ? 桜井さんは」
カッと顔を真っ赤に染め上げた少女と、怒りを露にした彼女の先輩を見て、は今度こそ楽しそうに笑った。
家から5分の距離にある公園。
その中のフットサル場。
そこが自分の通っている中学のサッカー部の御用達であることは知っていた。
だからあまり通らないようにしていたのだけれども。
水野と風祭が韓国に行ってるから油断してた。
思わず舌打ちをする。
それを耳聡く聞き付けた黒髪の少女に、再度内心で舌打ちしてしまって。
「。アンタみゆきちゃんのことからかってるんなら止めてくれない? 人の迷惑とか考えなさいよ」
言われた言葉に、薄く笑う。
「『人の迷惑』ってたとえば?」
「何度も断ってるのにしつこく言い寄られるのが迷惑以外の何だって言うの?」
「俺としては『一途』だと言ってもらいたいけど」
軽口紛れに言ったらますます相手は怒りを滲ませて。
本当に、この道を通らなければ良かった、と今更ながらに思う。
「第一からかってるって勝手に決めないで欲しいな。本気も本気、一生に一度の大恋愛かもしれないじゃん」
「そう言ってる時点ですでに違うわよ」
「言い方によりけり? じゃあこう言おうか」
茶髪の少女を見つめて、穏やかに微笑んで。
唇を震わせて言葉を紡ぐ。
「─────本当にスキなんだよ・・・・・・君が」
冬の空は低い。
何故か空気が篭っているような気がしてしまう。
押し潰されそうな圧迫感。
この季節、好きではない。
こんな自分、好きではない。
思わず目を見開いて固まった黒髪の少女。
その後ろの彼女の反応を見る気はない。
唇を吊り上げてゆっくりと笑う。
手の中のビニール袋が音を立てて、そういえば買い物帰りだったと思い出した。
早く帰らないと父さんが帰ってきてしまう。
一つ、深く息を吸って。
「・・・・・・第一、桜井さんならともなく、小島にそういうこと言われる筋合いはないな。後輩思いなのはいいけれど、エールの送り方が間違ってるんじゃない?」
肩を竦めて。
マフラーをまき直して。
「桜井さんもさ、俺に言いたいことがあるなら自分で直接言えば? それを聞かないほど性格の悪い人間じゃないと思ってるんだけど」
本当は、心底性格の悪い自分だと思っているけれど。
だけど、言わせてもらえるのならば。
「桜井さんがどうしてもって言うならば、俺は、きかないわけにいかないから」
俺の自己満足が君の幸せの邪魔をしてしまっているのなら。
君が自ら悲しい結末の恋へと身を投じたいというのなら。
涙の海から自分の足で立ち上がって歩けるというのなら。
そのために、俺は必要ないと言うのなら。
君が言うのなら、俺は。
目を閉じて、断罪を待つ。
さぁ、その声で言って。
一人で立てる、と。
俺なんか必要ない、と。
ねぇ、言って。
戸惑わないで、奨められてじゃなくて、あるがままに君の言葉を。
「・・・・・・・・・・迷惑です」
は苦笑しながら顔を上げた。
目の前の少女二人に向かってニコリと笑って。
「オッケ。今までゴメンな」
手の中のビニールを握り締めて背を向けた。
ついてくる視線に唇を噛んで。
歩きながら空を見上げる。
「ソウルでも雪が降ってるんだろうなー・・・・・・」
舞い始めた白い結晶に手をかざして。
手袋の上に落ちたそれは少しだけ溶けずにいてくれた。
冷たくて、優しい。
視線がまだ、ついてくる。
これが最後の願い。
もう、出来ることはなくなってしまったから。
最後に祈るよ。
君が幸せに、なるように。
――――――心から祈る。
2004年5月27日