冬休み。
京都へ行けて。
親友がいて。
『母親』を知って。
泣くことが出来て。
発作がなかった。



がお土産の八つ橋を渡したとき、唯一の家族である父親は本当に嬉しそうに息子を抱きしめた。





幸福の王子





新学期が始まって、やっぱり授業が始まって、そして当然のように委員会も始まる。
相変わらずの保健室で、は目の前の少女に話しかけていた。
「ねえ桜井さん、この冬休みにどっか行った?」
やはり相変わらず、少女からの返事はなかったけれども。
それでもは楽しそうに笑んで話を続ける。
「俺は旅行に行ってきたよ。お土産も買ってこようかと思ったんだけど、腐ったりしたら困るから買わなかったんだ。ゴメンね?」
「別にいりませんから」
「そうそう、桜井さんはそうでなくっちゃ」
ようやく返された言葉は優しさの欠片もない冷たいものだったけれど、はそれさえも嬉しそうに笑う。
いや、嬉しそうにではなく──────────楽しそうに。
少女は顔もあげずに手元にある書類に統計をとり続けて、はそんな少女を眺めながら懲りずに話続ける。
一学期・二学期と変わらない光景が繰り広げられる中で、カラッと控え目な音を立てて扉が開かれた。
が視線を移し、ついで少女が顔を上げる。
机に向かって作業をしていた保険医が振り返った。



瞬間、エアポケットに陥ったかのような錯覚があって。



目を細めて、は笑う。
「シゲならここにいないよ。・・・・・・今日は、マジでな?」
ウィンクつきで言われた言葉に、風祭将は苦笑しながら頷いた。



血のにじむ膝に消毒液を染み込ませたガーゼを当てる。
その作業をしているのは保健委員の少女で。
真っ赤な顔と震えている手が可愛らしいなぁ、とは思う。
手当てをされている風祭は、言葉に困って複雑そうな顔をしていたけれど。
そんな風に思う必要はないのに、とは笑った。
「冬なのにサッカー部はよく練習してるよなぁ。寒くないの?」
「うーん、最初はやっぱり寒いけど、体を動かしてると温かくなるから」
「子供は風の子?」
「あはは、君だって子供だよ?」
「俺は猫だから保健室にて丸くなる方がいいなぁ」
気安く言葉を交す二人に、少女は目を丸くした。
想い人とが、目の前で笑う。
・・・・・・・・・この、男に。
ザワリと胸が騒ぐ。



この男に自分が言い寄られているということを、風祭先輩には知って欲しくない。



それは、きっと、最悪のエゴ。
相手の気持ちを踏み躙って自己を保守する最低な思考。
──────────だけど。



もしここで「あ、そうなんだ」と笑って言われてしまうくらいなら。
大好きな笑顔で、そう言われてしまうくらいなら──────・・・・・・。



「あぁ、そういえば桜井さんもサッカー部だったっけ」



困惑した誰かの声に、は穏やかに微笑んだ。



少女と、風祭と、保険医の三人の視線を受けては笑う。
口元を軽く横に引いて、ゆるやかに、静かに。
グレーのセーターがやけに目についた。
「俺さ、保健室に入り浸りじゃん? だから桜井さんとか、他の保健委員とは結構話したりするんだよ」
「・・・・・・・・・君?」
「風祭と桜井さん、確か同じ部活だろ?」
優しい瞳に、意図を悟った。
心を震わせて、なるだけ自然な動作で首を縦に振る。
「うん、みゆきちゃんはマネージャー兼女子部の選手なんだよ」
「へー、じゃあ桜井さんもサッカー出来るんだ?」
「すごく上達してるよ。リフティングも今じゃ結構続くし」
ね? と風祭は笑って振り向いた。



首がやけに重い。
彼の前で名前を呼ぶのが辛い。
知ってるはずの内容を伝える自分。



とても嬉しそうな顔で笑う少女。



・・・・・・・・・全部、痛い。
痛い、けれど。



こうしないと、悲しむから。



普段はテキパキと済ませるのに、今回に限ってやけに時間のかかった手当てを終えて。
風祭は立ち上がり、委員の仕事を終えた少女も一緒に立ち上がる。
はそんな二人を椅子に座ったまま楽しそうに眺めていた。
そういえば、と保険医がロッカーの引き出しを開けて、出て行こうとしていた二人のうち少女を呼び止めた。
「桜井さん、これ」
渡されたのは白い小さな紙袋。
わけも判らずに開いてみれば、中から朱色に金色で文字入れされたお守りが出てきて。
少女は嬉しそうに笑い、風祭は目を見開いた。
保険医はにこやかに笑いながら告げる。
「いつも一生懸命やってくれてるからご褒美に」
「いいんですか? 頂いても」
「うん。冬休みにちょっと京都まで旅行に行ったからそのお土産」
『下鴨神社』と刺繍されたお守り。
―――――少女の手の中にあるそれは。
―――――京都へ行ったのは本当は。
「ありがとうございますっ」
嬉しそうに『良縁』のお守りを抱きしめた少女。



待って、それは、本当は――――――・・・・・・。



風祭は唇を震わせながら振り向いて。
ピッと人差し指を立ててウィンクするを見た。
どうして、君はそんな。



嬉しそうに笑う少女。
隠された贈り主。
『良い縁に出会う』お守り。
どんな気持ちでこれを買ったのか。



・・・・・・・・・・どんな気持ちで、これを託したのか。



考えると胸が痛い。
どうして、どうして君がこんなことを。
どうして君ばかりがこんな目に。



穏やかに笑う彼が悲しくて。
隣で笑う少女がやるせなかった。



風祭のスポーツバッグにも、お守りが一つ下げられている。





2004年3月20日