夏は暑いけれど冬は寒い。
歴史ある街。
佐藤成樹の生まれた所。
京都
君さえいなければ、もっと早く自分を見失えたのに
雑多な人ごみの中で時折り見かける外国人。
煌びやかな着物に季節物のかんざしをさして歩く舞妓。
観光地というのは、普通の街とはどこか違った空間であって。
気分を、高める。
「うちに着くのは夕飯前でえぇし、それまでは何処に行こか?」
着替えや何やらの入った旅行鞄を二人分コインロッカーに詰め込んで。
半ば無理やりに押し込めながら、笑いあった。
「案内してくれんじゃなかったっけ? ガイドさん」
ニヤッとが笑うと、シゲも同じように笑い返す。
「お客様、どんなトコをご所望どす?」
「とりあえず美味しい昼ご飯が食べたいデス」
「承りましたわ」
やっぱり二人して声を出して笑い合って。
たぶんこれは旅行の魔法。
自分たちを知るものがいない―――ほとんどいない―――街に来ている開放感。
それと、高揚感。
知らず当然のようにテンションが高くなって、本当に笑ってばかりになって。
けれどそれが幸せ。
はシゲの肩を叩きながら笑う。
「それとガイドさん。ご飯の後で連れてって欲しい場所があるんだけど?」
「どこどす、お客はん? 遠慮せんと言うておくれやす」
「それじゃお言葉に甘えて」
シゲには見えないように小さく口元を歪めて、は伝える。
「―――――下鴨神社」
京都生まれのガイドさんには容易く見破られてしまっただろうけれども。
昼は美味しいおばんざいの店で食べて、そのままのんびりと歩き出す。
烏丸線に乗って北大路で下車。並ぶお土産屋さんの店先を冷やかしながら二人して歩いて。
紅く大きな境内の入り口を見上げて、その歴史の重みには思わず感嘆の溜息をついた。
シゲは隣に立って同じように見上げて、を促して先へと進む。
チラホラと参拝客が見える中で、二人も同じように手を合わせて目を閉じた。
何を祈るかなんて、判らないけれど。
手を離して、目を開けて、ゴメンね神様と思わず謝る。
こんな信仰心のない参拝客でゴメンナサイ。
「、こっちや」
呼ばれた声に振り返って歩き出す。
でも、神様は信じてないけれど、あなたの行う奇跡を信じてみたいから。
・・・・・・・・・・信じさせて、ほしいから。
吐く息が白く濁って鉛空に消えた。
けれどそんなのは気にしないで目の前にあるものだけをじっと見つめる。
「・・・・・・これが?」
零れた呟きにシゲが頷いた。
「せや。これが『相生社』や」
「・・・・・・ふーん」
が頷いて目の前に生えている二本の木を見つめる。
少し離れた場所から芽を出している二つの木。
それを目で追って、自然と上を向く。
―――――――――別個の木として生まれてきたそれは、宙にて互いに融合していた。
一つの木と、なっていた。
「・・・・・・『連理の賢木』言うてな、二つの木が途中から一つになっとるちゅう京の七不思議の一つや。この格好から縁結びの神様ってことになったんやろ」
説明する声が耳を通る。
二つの木。一つとなる木。互いに結ばれた木。縁あってのもの?
これがそうと言われたら、そうなんだろうと言うしかない。
どうしてなんて理屈はこの世に存在しないことも多々あるのだ。
そしてそれは、大概知らなくても良いことが多い。
「・・・・・・・・・お守りは、あっちで売ってるで」
「うん、ありがと」
木から目を離して店へと向かう。
この木が本当に縁結びの神様なら、どうかお守りにもその効力がありますように。
そう願って、赤いお守りを一つ買った。
近くにあった団子屋さんで一服し、次の目的地を考える。
「俺としては、白峯神宮? に行ってみたい」
「・・・・・・白峯神宮?」
みたらし団子を食べながらは頷いて。
抹茶の苦さに眉をひそめながら少しだけ笑う。
「そこでお守りを買って、絵馬を書きたい」
飲み干した器を置いて、目の前のシゲに笑って。
「白峯神社って、サッカーの神様として有名なんだろ? ・・・・・・だったら」
言われた願いを断ることなんて出来なかった。
蹴鞠を行う境内で、はとても丁寧に絵馬を書きあげて。
買ったお守りは、二つ。
そのうち一つを受け取って、シゲは泣きそうに唇を噛んだ。
ちょっとだけ足を伸ばして鈴虫寺へと行った。
わらじを履いて、願いを叶えに来てくれるという地蔵様。
二人して、真剣に祈った。
祈りなんてありすぎて困るけど、本当に祈った。
お地蔵様、お願いします。
この人に、幸せを。
冬だから日が暮れるのも早くて、六時を回る頃には完全にあたりは暗くなっていた。
ロッカーから荷物を取り出して、それを互いに肩に担いで歩き出す。
何気ない会話をしつつ、京都の印象について語ったり、明日は何を食べに行こうか話したり。
けれどの頭を占めているのはうっすらとした恐怖だった。
一歩踏み出すたびに重なり合って色濃くなる怯え。
・・・・・・・・・逃げ出してしまいたい。
このまま新幹線に乗って、東京へ帰って、なかったことにしてしまいたい。
日帰りだけの京都ツアー。
シゲが一緒で本当に楽しかった。
明日もきっと楽しいのだろうけれど、でも、それは。
今日を乗り越えてから初めて、言えることで。
足が竦む。心が冷える。
迷惑がられたらどうしよう。厭われたらどうしよう。
もしも。
もしもシゲの傍にいられなくなったら、どうしよう。
諦めることには慣れているけれど、本当はこんなもの慣れたくなんてなかった。
サッカーだって辞めたくなかった。
病院にだって入院したくなかった。
健康祈願のお守りだって欲しくなかったし。
良縁のお守りだって自分のために買いたかった。
母さんに生きてて欲しかった。
父さんに心配そうな顔なんてさせたくなかった。
友達に。
申し訳ないなんて、思ったりしたくなかった・・・・・・。
「――――――――――」
いつの間にか足が止まっていたのか、少し前のほうから声がかかった。
けれど顔が上げられない。・・・・・・上げたく、ない。
上げたらきっと、軽蔑される。
こんな自分を彼は嫌う。厭う。それこそ―――――――――・・・・・・・・・。
「俺を甘く見んな」
低い声にビクッと肩を揺らした。
金色の髪が街の明かりに負けずと浮かび上がって。
それは意外なほど京都という場所に似合う、なんて場違いなことを考えてしまって。
頭が、動かない。
目の前の強烈な存在にすべて飲み込まれてしまって。
――――――――――動け、ない。
眩しすぎるよ。
「俺は何があってもの味方や。――――――――親友やと、思っとる」
近づく相手に足が震える
こんなの、今までなかったのに。
「そう思ってるんは俺だけなん? は俺のこと、親友やと思うてくれとるんやないんか?」
首を振りたくて、でも振れなくて。
その瞳に吸い込まれてしまう。
見抜かれて、しまう。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・っ・・・・て」
痛い、痛い、痛い。
苦しい。
見つめられることが
己を晒すことが
諦めたくないと思うことが
受け入れて欲しいと願うことが
こんなにも、苦しいだなんて
「・・・・・・・・・俺を、信じてくれへん・・・?」
そっと抱きしめられて、小さな声で言われて。
でもその声は硬くって、その体は震えていて。
冬の京都は寒くて、シゲの抱擁は温かくて。
判ってくれたことが嬉しくて、そこまで言わせた自分が情けなくて。
愛しいと思った。
幸せだと思った。
シゲと知り合えて良かったと、心の底から思った。
ありがとう、神様。
「・・・・・・・・・めいわくがられたら、どうしよ」
「そんときは俺がおかんをシバいたる」
「おれのこと、あわれんだりしないかな」
「そこまで根性腐ってないやろ」
「しげとともだちやめろっていわれたくない」
「俺かて辞める気はサラサラないわ」
「・・・・・・・・・おれのこと」
「・・・・・・・・・」
すきになって、くれるかな・・・・・・・・・?
手を引かれて京都の夜道を歩く。
うつむいていたには見えなかったけれど、空には綺麗な月が浮かんでいた。
目の前を歩く親友と同じ、鮮やかな金色。
まるで、二人の道筋を示すように。
店を訪れたをシゲの母親は温かい笑顔で迎えてくれて。
その何の含みもない、まるで自分の母親のような笑顔に涙が零れた。
安心のあまりその場にうずくまって、ボロボロと泣いてしまって。
そんなをシゲの母親は赤子のように抱きしめた。
初めて、『母親』の温かさを知って。
それがさらにに涙を流させた。
生きてて、良かった。
2003年9月28日