「・・・・・・・・・サッカー、出来たんだな」
確認する言葉の中に含まれた負の感情には小さく笑った。
目の前には、端正な顔をした少年が一人。
「出来るって言ってもちょっとだけだけど」
「・・・・・・ポジションはどこなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポジション?」
ちょっとだけって言ってるのに、とは内心で嘲笑って。
ゆっくりと、口を開いた。



「オフェンシブ・ハーフ」





残香の迷宮





告げられた言葉に水野は思わず目を見開いた。
オフェンシブ・ハーフ、それはミッドフィルダーの中でも特に攻撃型の選手を指す。
ボールを回すことでゲームを組み立てる、司令塔の役割を担うポジション。
――――――――水野と、同じ。



それを知って水野はより一層のことを睨みつける。
お門違いのライバル心に思わず苦笑が漏れて。
やっぱり先日の球技大会に参加したのは間違いだったかもしれない、なんて思った。
「・・・・・・・・・心配しなくても」
ねめつける眼差しに笑みを浮かべて。
「俺は水野からポジションを奪おうだなんて考えてないから」
「・・・・・・・・・っ」
「興味ないし。そういうの」
――――――――――正確に言えば、もう興味を持ちたくはないから。
は水野を見つめて穏やかに笑う。
「余計な心配だよ?」



先日行われた球技大会に、はたった一度だけ参加した。
サッカーの決勝戦、2-A対2-Bの試合。
サッカー部のメンバーが中心となって進めていたゲームで、決勝点をアシストしたのは、誰でもないだった。
ノーマークの彼。
体育どころか普通の授業だってろくに出席していない、ジャージ姿さえ初めて見た生徒がほとんどだっただろうに。
けれど彼は綺麗なセンタリングを上げて。
そしてシゲがそれに応えるかのようにシュートを決めた。
まるで、判っていたかのように。



ずっと昔からコンビを組んでいたかのように、二人は息の合ったプレーを披露した。



握る手の平に爪が食い込む。
目の前で笑う相手に怒りが募る。
何で、何でおまえにそんなことを言われなくてはいけない?
バカにしてる。冗談じゃない。
おまえなんかに俺の何が判るって言うんだよ。
噛み締めた唇が痛い。
けれど目の前の相手は笑うばかり。
それがさらに、水野を煽った。



「・・・・・・・・・おまえなんかに負けない」
低い声で言われた言葉には目を細める。
まっすぐに射るような視線を流すように受け止めて。
「おまえなんかに負けない。俺が、今までどんな気持ちでサッカーやってきたと思ってる」
知るはずのない、知っても意味のない事柄を言われて内心で溜息をついて。
一瞬だけ視線を伏せる。
「――――――絶対に、負けないからな」
苦笑して、肩を揺らして、静かに顔を上げて。
嫌いじゃない。嫌いじゃないよ。
だからこそ。



「・・・・・・・・・出来るもんならやってみれば?」



思いっきり、哂ってみせた。



本当は殴られることも覚悟していたのだけれども、さすがにそれはなかった。
整った顔をあからさまに歪めて去っていく水野を見送りながら溜息をついて。
「・・・・・・・・・殴られたって、よかったんだけどなぁ」
傷つけて挑発した責任のかけらくらいは取るつもりだったのに。
それすらもしてくれないと、さすがに罪悪感を覚えてしまう。
「自分勝手な台詞だけどさぁ・・・」
最近悩んでいるらしいから、これでちょっとは動いてくれると良いのだけれど。
「・・・・・・・・・頑張れよ、水野」
見えなくなった背中にエールを送った。



嫉ましいのは、本当はどっち?



君っ!」
「おー、風祭」
嬉しそうな笑顔を顔に浮かべて走りよってくる風祭に、は思わず笑みを漏らす。
これから部活へ向かうのか、大きなスポーツバッグを肩から提げていた。
「どうしたの? シゲさんに用事?」
尋ねてくるのにちゃんと笑って。
「いや、今日はもう帰るとこ。風祭はこれから部活だろ?」
「うん。・・・・・・・・・見ていく?」
「・・・遠慮するよ」
口籠もって問いかけたけれど、それを見越してはすまなそうに笑う。
そんな彼に風祭も同じように笑った。
微妙な沈黙がその場に広がって。
「あ、あのね、君! 僕、来年の二月に韓国に行くんだ。都選抜の遠征で」
「韓国? へぇ、スゴイな」
「うん。それでね、お土産買ってくるよ。何がいい?」
まっすぐに見上げてくる瞳に、は思わず納得する。
好意なのか同情なのか判断は難しいだろうけれど、励ましてくれているのだ。
深い理由は判っていないだろうけれど、そんな風祭の敏感さには内心で舌を巻く。
だが、そんな自分を押し込めて楽しそうに笑った。
「チョコレート」
「えっ?」
「嘘。やっぱ定番で韓国海苔かキムチかな」
ニコッと歯を見せて笑ったに、一瞬きょとんとしてしまった風祭も楽しそうに笑う。
「わかった。海苔とキムチだね」
「それと風祭の決勝ゴール」
「・・・・・・出来るかどうか判んないけど、精一杯頑張ってくる」
「それでよし」
満足そうに言って、その場を離れた。
振り返ることはしなかった。



この身体はもう使えないけれど、それでも過去は少しだけ役に立つ。
これから先を生きていこうとしている彼らのために。
悪役と言われようと、偽善者と言われようと、どちらにせよ関係ない。
気づいた頃にはすべて終わってる。
何もかも。



感謝されたくてしてるわけじゃない。
ただ、何かがしたかっただけ。



自分が「生きていた」という証拠が欲しかっただけだから。





2003年9月28日