これはきっと、最後のゲーム。
十字架を背負って
真っ青に晴れた空の下、は目の前で行われている競技をぼんやりと見ていた。
それは「見ていた」のであって、「観ていた」のではないのだけれども。
白と黒のボールが広すぎるコートを転がって、そのたびに体育着姿の生徒たちが追いかけて。
歓声があがる。
審判が笛を吹いた。
「試合終了! 2-1で2年A組の勝ち!」
それにさらに声が上がって。
は小さく苦笑して、拍手を送った。
「ゴクローサマ」
結んでいた金髪を解いて近づいてきたシゲに労りの言葉をかけて、隣のスペースを空けた。
剥き出しのシゲの腕が、のジャージに触れる。
その手からドリンクを受け取って一口含んだ。
「次は決勝、タツボンと小島のいる2-Bとや」
球技大会である今回は、男女の区別はされていない。
そこらへんの男子よりも優れたセンスを持つ小島がメンバーとなったのは当然だろう。
そう考えては軽く頷いた。
「決勝、にも出てもらうで」
そのシゲの言葉には、思わず目を丸くさせてしまったけれど。
逆にを逃がすまいと、シゲは正面からその視線を捕まえて。
「したいやろ、サッカー。・・・・・・・・・・・・・・・少しでも」
涙が、浮かんだ。
いつもは体育はおろか、授業中でも姿をめったに現さないに周囲は最初戸惑っていた。
何で今日はいるのだろうか、と。
半袖の体育着姿の生徒が多い中で、上下ジャージを着ている姿が珍しいのも手伝って。
は注目を集めていた。
そんな中、決勝の笛が鳴る。
胸が高鳴る。
懐かしさに走り出しそうになって、ポケットのピルケースを握り締めた。
――――――――――自殺行為は、出来ない。
風祭が楽しそうにボールを蹴って。
水野がそれを取り返して不敵に笑う。
パスを受けた小島が走り出して。
シゲがそれを追って攻撃をしのぐ。
サッカー部の中心とも言える人物たちが揃っているから、ゲームは彼らによって決まると言っても過言ではなくて。
他の生徒たちは自分たちとはかけ離れた高度すぎるプレーに目を奪われるばかり。
決勝戦ということもあって集まっていた生徒は食い入るようにして四人を見つめている。
その中に毎週保健室で会う少女の姿を見つけて。
は小さく咳をして胸を押さえた。
ポケットの中を確かめる。
遠くに転がる白と黒のボール。
取りに行きたいと、思った。
あぁでもこの身体は、錆び付いてしまって使えない。
足元のスニーカーを見下ろす。
スパイクは、ジュニアサイズだった。
学校指定のジャージ。
あの時はユニフォームを着てた。
背中についている番号を誇らしげに背負って。
フィールドを駆けた。
「!」
そう、こんな風にパスをもらって――――――――――。
「・・・・・・・・・・・ぇ・・・?」
時が止まったようだった。
中央の方から放られてきたボール。
それは寸分違わず、の足元へと落ちてきて。
軽い衝撃がスニーカーから伝わった。
視線を感じて顔を上げる。
フィールドの内も外も、すべての人がを見ていた。
驚いたような、戸惑ったような表情が見えて。
その向こうに、シゲが見えて。
まっすぐな眼差しに射抜かれた。
――――――――――したいやろ、サッカー。
スニーカーで小突いたボールは、足元からほんの少しだけ離れる。
一歩、踏み出して。
そしてもう一度。
拙いドリブルだけど、出来ることが嬉しかった。
ボールを蹴れることが嬉しかった。
神様、もう少し早く走ってもいい?
もう少しだけ長く走ってもいい?
迫り来るディフェンダーを交わして。
センタリングを。
それを完璧なヘッドで決めてくれるフォワードと、ずっとサッカーがしたかった。
永遠に、ずっと。
シゲが決めた点が決勝点となり、2-Aは見事に優勝を決めた。
歓声と感激が交わされる中で、功労者とも称えられるべきはさりげなくその輪から抜け出して。
「・・・・・・・・・っ・・・」
人気のない水道まで来るとポケットを乱暴に漁ってピルケースを取り出す。
指が震えて、薬を一つ取り落とした。
もう一つ、今度は手の平で握り締めて、水道に直接口を当てて水を含んだ。
薬を飲み込んで、軽く咳き込んで口元を拭う。
足が震えていた。
こんな足でも、ボールの感触を覚えていた。
「・・・・・・・・・・んで・・・・・・っ」
涙が睫を超えて溢れる。
ピルケースが音を立てて落ちた。
「・・・・・・なんでぇ・・・・・・・っ・・・・!」
雫がジャージを濡らす。
悔しくて、悲しくて、思い切りアルファルトを叩いた。
ざわめき続ける、心臓が痛い。
「――――――――――なんでだよぉ・・・・・・・・・っ!!」
自分が一体何をしたというのか。
教えてくれるなら教えてくれ。
神様。
ずり落ちた体と虚ろっていく視界の中で、綺麗な金色の髪が見えた。
安心して、は目を閉じる。
もっと早く、出会いたかったよ。
2003年7月29日