唐突に、太陽は消えた。





カゲロウ





独特の雰囲気と鼻につく薬品の匂い。
白衣を着て慌ただしく行き来する医師と、パジャマ姿でゆったりと足を進める患者。
正直好きな場所ではない。むしろ苦手な場所。
けれど、今は。
「シゲ君・・・・・・。よく、来てくれたね」
穏やかな微笑を浮かべた男に、佐藤成樹は軽く頭を下げた。
この扉の向こうに、 がいる。



新学期が始まった日、 は学校へ姿を見せなかった。
彼がいないのはいつものことなので、クラスメイトも担任もまったくと言っていいほど気にしなかった。
ただ二人だけは、思わず眉をひそめたけれど。
「どうしたのかな、 君・・・・・・」
不安気に呟く風祭を促してシゲは部活へと急いだ。
保健室には来ていないと、すでに聞いていたから。
その日、 は携帯に出なかった。



初日は始業式だったから来なかっただけかもしれない。
その考えは次の日にたやすく破られた。
来ていないと、保険医に言われたのである。
自宅へとかけた電話は留守番電話へとつながった。
まだ心配し続ける風祭には、「旅行に行っとるんやて」と嘘をついた。



三日目、マンションの前で待っていたけれど誰も帰ってこなかった。
当然のごとく、インターホンを鳴らしても応答はなかった。



四日目、まさかと思って病院に足を運んだ。
もう退院したはずだ。そう、10日ほど前に。
けれど看護婦は無情にも頷いて。
示された病室。
ネームプレートは、挟まったままだった。



「治療をある程度まで受けて、調子はよかったんだよ」
の父親である男は、その精悍な顔に苦みを浮かべる。
一見したところ判らないけれど、その目元は とソックリだった。
「ただ・・・・・退院予定日の前日にね、発作を起こしてしまって。・・・・・・久しぶりだったからね。驚いたよ」
手の甲を瞼へと押し付ける様子を見て、胸が痛んだ。
唇を強く噛む。
「幸い病院だったから処置もすぐ出来て大事には至らなかったけど、もう一度検査をやり直すことになってね」
ため息が、ざわついた廊下に落ちる。
遠くでナースコールの音がした。
「・・・・・・・・・学校には、まだしばらく行けそうにないんだ」
ゴメンね、と父親は言った。
どうゴメンなんだろうと、シゲは思った。



風が消毒薬の香りを運んでいく。



この扉の向こうに、 がいる。



───────────・・・・・・・・・・・・。



何も言うことの出来ない間が流れ、目の前を看護婦が忙しそうに行き来する。
しばらくの間のあと、 の父親は思い出したように笑みを浮かべた。
「シゲ君は、本当によく来てくれたね」
「・・・・・・?」
言葉の意図が判らなかったのを面白がって、さらに笑みを深くする。
そんな仕草は ととても似ていた。
「病院、苦手なんだろう?」
ニヤッと口元を歪めてからかうように笑う顔は本当に とよく似ていて。
目元以外はあまり血の繋がりを感じないのだけれど、こういうところで二人は紛れもない親子だな、とシゲは感じる。
「・・・・・・・苦手なんは医者ですわ」
「どちらも大差ないよ」
サクッと返されてシゲは沈黙し、人指し指で頬を掻いた。
「・・・・・・ のやつ、そないなことまで話しとるんですか」
「楽しそうに話してるよ。『シゲ君が今日はどうだった』とか『こんな話をした』とか。本当に、楽しそうに」
目を細める横顔があまりに穏やかだったから、居心地が悪くなって視線をそらす。
「よい友達ができて、本当によかった」
呟いた言葉は喜びに満ちてはいなかった。
むしろ、悲しみに溢れていて。



「あの子にはもっと・・・・・・普通の生活をさせてやりたいよ・・・・・・」



絞り出した声は、廊下に響いて消えた。



音を立てずにドアを開くと、手前のベッドにいる中年の男と目があった。
軽く頭を下げて部屋をざっと見渡す。
カーテンに仕切られている空間が一つ。残りの二つのベッドは空いていて。
機械音が、耳についた。



このカーテンを開けるのが怖い。



・・・・・・・・・怖い。



胸がつぶれるように苦しくて、ズキズキと頭が痛い。
大丈夫、大丈夫、 はここにいる。
ここにいるから大丈夫だ。
何度も言い聞かせて、重い腕をあげてカーテンへと手をかけた。
知らず、震える。



会いたいのに会うのが怖いと思うのは、実は初めてではなかった。



そのたびに繰り返してきた。
意味のない「大丈夫」を今もまた唱える。



空の青と、雲の白。
混ざり合った肌は血の気がなかった。





2003年7月5日