自棄になるには少しだけ早すぎて。
希望を抱くには少しだけ遅すぎた。





いっちゃだめだよ





どうしようかな、とは窓枠に顎を乗せながら考える。
眼下に広がるのは砂埃の舞うグラウンド。
そして白と黒のボール。
バランスを取り損ねて転がる少年。
いつものキレがないなぁ、と思いながら眺め、その原因が自分にあるのだと思いは少しだけ笑った。
「ゴメンなぁ、風祭」
聞こえることなどない距離から風に乗せて謝罪を。
目を細めて微笑んで。
溜息を、一つ。



だって風祭は俺の欲しいものを全部持ってるから。
だから、羨まずにはいられない。



自分は彼になることなど出来ないと知っているけれど、それでもやっぱり。



「ねぇセンセ。謝るってどうすればいいと思います?」
机に向かい書類を書いている保険医に、は窓枠に顎を乗せたまま話しかけて。
「この前の、誰がどう見ても八つ当たりだったし。虐めちゃったからその謝罪ってやっぱするべきっすよね?」
「風祭君は八つ当たりされたとは思ってないんじゃないの? 訳も知らないそうだしね」
「知らないっすよ。俺は喋ってないし、シゲは喋らないし、後は他の誰かが余計なこととか言ってなければですけど」
「教師には生徒の事情をむやみやたらに話さないという決まり事があってね」
「香取先生はお喋りみたいですけどね」
クスクスと楽しそうに笑って担任教師へとコメントを述べる。
その事実が間違っていないことを知っている保険医としては、苦笑しながら頭を掻くしかなくて。
が悪いと思ってるなら謝っておいで」
「・・・・・・・・・自己嫌悪ならあるんすけどねー」
今度はが苦笑しながら頬を掻いた。



この醜い感情をぶつけたら彼は傷ついてしまうかもしれない。



けれどこのままではサッカーに支障を来たすだろうから。
はそう思いながら携帯を取り出して慣れた仕草でメールを打った。
グラウンドでは風祭がシュートを外して水野に注意されている。



「―――――カザ、頼みがあるんやけど」
「? 何ですか、シゲさん?」
部活終了後、手招きされて風祭が不思議そうな顔で近寄る。
シゲは手にしていた携帯をしまいながら着替え終えて鞄を手にして。
「ちょお付き合うてや」
整った顔立ちに表情はなくて、風祭は思わず息を呑んだ。
・・・・・・・・・あの瞬間を思い出したから。



判らない人だと思う。
触れる前に離れるような、触れようと思うことすらも躊躇わせるような、そんな雰囲気を彼は持っている。
飄々としていて、掴み所がなくて。
そんなところはシゲさんと似ているかもしれない、と風祭は思った。
目の前にいる、彼へと向けて。



「まず、最初に謝っておこうと思って」
かすかな微笑を口元に載せて、が話す。
「この前、保健室で、シゲはいないと嘘をついたことが一つ」
ハッキリと区切るように言葉を紡いで、は続ける。
「二つ目は君が避けようとしていた桜井さんの気持ちについて触れてしまったこと」
細い右手の人差し指と中指を立てて、2を示して。
そしてその指を3に増やした。
「三つ目は、そのことで君の日常生活に支障を来たしてしまったこと」
緩やかに微笑んで、そして挙げていた手を下ろす。
「そして最後に悪かったとも思っていないのに『ゴメン』と謝ったことに対して」
ポケットに両手を入れて、どう見ても謝る姿勢ではないのに彼は笑って。



「・・・・・・・・・ゴメン、な」



その声に思わず泣きそうになった。



それはただの謝罪じゃなかった。
三文字の言葉の中に含まれた、数々の気持ち。
脳がそれを理解する以前に、溢れるような何かが心の中へと流れ込んで。
風祭は思わず胸を押さえた。
心臓が苦しい。
そう、これはきっと。



――――――――――彼の、苦しみ。



否定しようと思って、けれどカラカラに乾いてしまった喉は張り付いて機能を果たしてくれない。
唇を噛み締めて首を振る。
嫌われてるのだと思った。好きではないと、敵意さえ持たれているのだと、そう思っていた。
だけど違った。
あの時、シゲの言った言葉は正しかったのだ。
彼は、自分を、好きだと。
好きでいてくれているのだと。
理由なんて判らないけれど、でもそれはきっと本当なのだろうと思った。
彼の言葉が、こんなに心に響いてくるのだから。
泣きたいほど柔らかく、彼が笑うのだから。



君はこんなにも優しい人なんだ。



優しすぎるから、だから彼はきっと。



「・・・・・・・・・ごめん。ごめんね、君。・・・・・・僕こそ、謝らなくちゃいけない」
零れ落ちそうになる涙を拭って、風祭は顔を上げた。
まっすぐに、を見つめて。
「僕、君はもっと軽い人かと思ってた」
「・・・・・・・・・いやそれは当たってるから謝らなくていいし」
「違うよ、君はそんな人じゃない」
「・・・・・・そう言われると流石の俺でも照れるんだけど」
茶化すように笑うに、けれど風祭は真剣な瞳で続けた。
どうかこの想いが君に伝わりますように。



「僕はもっと君と仲良くなりたいって思うよ」



優しすぎる彼と、もっと親しくなれたら。
そうしたらきっと、彼の何かを判ることが出来るかもしれない。
心の中にある、何かを。



そう告げたらは笑った。
とても柔らかく、優しく、消えそうな笑みで。



黙って二人の会話を聞いていたシゲが小さく舌打ちした。





2003年5月31日