いつもと違う髪型をするのも。
慣れなくて疲れる格好をするのも。
これも全部、好きだから。
可愛く見られたいって思うのも、もう自然なことになってきてる。
・・・・・・・・・恋愛って本当に奥が深いわ・・・。
恋愛は謹賀新年
みんなと別れてから、お兄ちゃんを引き摺りながら家まで走って帰った。
「ただいまっ! お母さん、お願い早く!」
乱暴に靴を脱いで、でもお母さんがうるさいから綺麗に揃えた。
お兄ちゃんは息を切らせてドアにもたれかかっている。サッカー選手なのに情けない。
リビングから出てきたお母さんは、呆れたように私を見ていて。
「有希、あなたそんなに汗かいて。着替える前にシャワー浴びてらっしゃい」
「でも時間」
「少しくらいなら待ってくれるでしょ? ドロドロの格好で出掛ける方が失礼よ」
「うん! じゃあ準備よろしくねっ」
それだけ言って急いで階段を駆け上がる。
早く、早く準備しないと!
着替えを片手に降りてきたら、いつもは「静かに降りなさい」っていうお母さんが何も言わないで笑っていた。
何だか、こういうのもちょっとくすぐったい。
「ほら有希、時間がないんでしょ?」
急かされるようにしてお風呂場へと直行。お兄ちゃんは玄関に捨て置き!
約束の時間まで、あと一時間。
「まずは最初に足袋ね」
お母さんに渡された木綿の足袋を履く。留具が一つつけたら一つ外れちゃって、両方履くまでに時間がかかる。
「次は裾よけと肌襦袢。ほら、こっち向いて」
言われるままに振り向けば、さくさくと着せ替えられていく。
「タオルは・・・・・・巻かなくて良いわね」
「・・・・・・・・・お母さん、それは胸がないっていう意味?」
「有希くらいの年代なら普通でしょ? これからは努力次第ってところね」
茶目っ気たっぷりにお母さんが笑う。
何だかいつもと違う感じ。お母さんはどことなく楽しそうだし、私も気分が浮かれてる。
それでも気になって時計を見れば、約束まであと40分を切っていた。
「お母さん、間に合う?」
「ギリギリかしら。だからフットサルに行くのは止めなさいって言ったのに」
「でも」
サッカー部での年越しフットサルだったから、どうしても行きたかったし。
それに行かないのも佐藤とかに冷やかされそうで嫌だったのよね。あいつ、変なところで鋭いから。
その所為で時間はギリギリになっちゃっいそうだけど。
赤に花が綺麗に散らされている着物を取り出して、お母さんが小さく笑った。
「それにしても、有希もやっぱり女の子だったのね」
「何それ」
「ボーイフレンドと一緒に初詣に行くから晴れ着を着るんでしょ? でなければ有希のことだもの。スカートだって履くか履かないか」
・・・・・・・・・当たっているから何も言えない。
うわ、やだ。・・・・・・・・・そうだろうなと思ってはいたけれど。
「やっぱり、バレバレ・・・・・・?」
「それはもう」
クスクスとお母さんが笑う。
真っ赤になっていく私とは逆に、お母さんはすごく楽しそうで。
「一体どんな子? おてんばな有希にここまでさせるなんて」
「ど、どんな子って」
のことを説明しろっていうの? え、ちょっと、それは無理!
だ、だってそんなの・・・・・・・・・。
「有希の選んだ子だから、きっとサッカーしてるんでしょうね。上手いの?」
それは、当たってるから頷く。
「サッカー部の子?」
これは、違うから首を振る。
「カッコイイ?」
「・・・・・・ワカンナイ」
「あらあら」
お母さんは笑うけど、だってのカッコ良さなんて説明出来ない。
人によっては普通かもしれないし、もしかしたらカッコ悪いかもしれない。
でも、私にはすごくカッコ良く、好きだと思えるだけ。
それが顔に出てしまったのか、お母さんは帯を取り出して目を細めた。
「楽しみね、紹介してもらえるのが」
との約束の時間まで、あと20分。
帯も締め終わって、髪を結い上げてもらっていると、いつのまにかお兄ちゃんが襖のところからこっちを見ていた。
「変なヤツだったら追い返しちゃおうかなー」
「ちょっとお兄ちゃんっ」
「だってやっぱり兄としては、妹に変な男には引っかかってもらいたくないし」
笑いながらお兄ちゃんは言うけれど、なんか本気で実行しそうな気がする。
「は変なヤツなんかじゃないわよ」
だって私の好きな人なんだから。だから、絶対に変なヤツじゃない。
「サッカーやってるんだって? 部活じゃないってことはクラブか」
膝で畳まで歩いてくると、お兄ちゃんは胡座をかいて座った。
鏡の中ではお母さんの手がすごく器用に私の髪を編んでいて、でも耳だけはちゃんと話を聞いている。
・・・・・・・・・お兄ちゃんとお母さんって、ひょっとして結構似てる?
「うちのユースでって名前は聞かないし・・・・・・。ロッサ? 横浜? それとも浦和?」
「横浜よ。横浜マリノスユース」
「へぇ。マリノスユースっていったらユースの中じゃトップレベルだな。特に司令塔とDFの連携が良いって評判の―――」
「そのDFがだと思う。たぶん」
でもってその司令塔っていうのが須釜寿樹だったりするんだわ、きっと・・・・・・・。
あぁもう嫌なこと思い出しちゃった。のクラブのことを考えると、絶対にアイツも浮かんできちゃうのよね。
勝ち誇ったような顔が目に浮かぶ・・・! そういえば、アイツと二年参りに行くとか言ってなかった?
ってことは何!? 今年一番最初にに会ったのって須釜寿樹なわけ!?
人のこと言えないけどそれってどうなの!? ズルイわよ! やっぱりフットサルなんか行かないでと二年参りすれば良かった!
「・・・・・・へぇ、じゃあ将来は有望だ」
お兄ちゃんの顔が一瞬でサッカー選手のものに変わった。
こういうところで、とお兄ちゃんはちょっと似ているかもしれないと思う。
もサッカーのことになるとガラッと雰囲気が変わるのよね。
まぁ・・・・・・そんなところも、カッコイイんだけど。
なんてことを考えていたら、髪に簪が注し入れられて、それと同時にインターホンのチャイムが鳴った。
「来た!」
「―――って何でお兄ちゃんが出迎えるのよ!? しかも走って!」
「こら有希! まだ終わってないんだから大人しくしてなさい!」
「はーい、いらっしゃーい」
「ちょっとお兄ちゃん!」
「有希!」
ガチャッて玄関の扉が開く音と、お兄ちゃんが何か喋ってるらしい声。
でも髪が最後まで終わってないから私は動けないし!
お兄ちゃん、まさか何か余計なこと言ってないでしょうね!? もし言ってたら本気で怒るから!
「・・・・・・着物なんだから走らないのよ?」
ポンと形を整えられた頭を叩かれた。オッケーの合図。
鏡の中を見れば、いつもと全然違う自分がいて。
「・・・・・・・・・お母さん」
「何?」
「変じゃ、ない?」
そう聞いたら、お母さんは目を丸くした後で楽しそうに笑った。
「変じゃないわよ。十分可愛いわ」
「本当?」
「本当よ、さすが私の娘」
促されて立ちあがろうとしたけれど、上手くいかなくて手を借りた。
歩くのもいつもより狭い歩幅だし、やっぱり着物は動きにくい。
お兄ちゃんと・・・・・・の声が聞こえる。
やだ。私、すごくドキドキしてる。に逢えるのはすごく嬉しいのに。それなのに。
まっすぐに前を見ることが出来なくて、俯いたまま廊下に出た。
視線が向けられるのを感じる。お兄ちゃんのと――――――のと。
すごく恥ずかしい。やっぱり着物なんて着なければ良かったっていう気持ちも湧き上がってきて。
走って逃げたい気分になった。・・・・・・・・・だけど。
「有希」
私の名を呼ぶの声に逆らうことなんて出来なくて。
おそるおそる瞼を上げれば、大好きな笑顔と差し出される手が見える。
それだけで前言撤回なんて思っちゃうんだから、我ながら本当に現金。
いつもと違う髪型をするのも。
慣れなくて疲れる格好をするのも。
これも全部、好きだから。
今年も一年、あなたと恋人でいられますように。
願わくばずっと、なんて思いながら私はの手を取った。
2004年1月4日(2004年6月9日再アップ)