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僕の一日は、起きることから始まる。(たぶん、みんな一緒だと思うけれど)





襲ね色目・さくら





起きるのは毎日大体6時半。
ひよこがピヨピヨと鳴く目覚まし時計を止めて、ベッドから立ち上がる。
机の上に置いておいた眼鏡をかけて、パジャマのまま部屋を出て。
まず一番先に、朝ごはん。

「おはよう、史尚。よく眠れた?」
ダイニングにたどり着いた僕に、笑顔を向けるお母さん。
「うん、よく眠れたよ。おはよう、お母さん、お父さん」
「おはよう、史尚」
新聞を読んでいるお父さんの向かい側に腰掛けて、両手を合わせてから朝ごはん。
「いただきます」
うん、今日のご飯もすごく美味しい。

その後は歯と顔を洗って髪をとかしてから、部屋へと戻る。
クローゼットから制服を取り出して着替えて、今日の時間割を見ながら忘れ物がないかチェックして。
今日は部活の日だからスケッチブックを鞄に入れる。
カーテンを開けて部屋を出た。
「いってきます」
「いってらっしゃい、史尚。気をつけてね」
お弁当を受け取ってから家を出発。
――――――――――今日もいい天気。



家から学校までは歩いて15分くらい。
まだまだ時間はあるからのんびりと足を進める。
あ、あの花もうすぐ咲きそう。
木々の緑も濃くなってきたし、もうそろそろ夏に移り変わろうとしてる。
暦の上ではまだ5月半ばだというのに、自然はいつもカレンダーの先を行くんだなぁ。
僕としては春も夏もどちらも好きだからいいけれど。
もうすぐある中間テスト。
それだけは嫌だなぁ・・・・・・。

「おはよ、千奈津」
「おはよう」
クラスメイトと挨拶しながら席へつく。
僕の席は窓際の一番後ろ。たぶん、色々な意味で特等席。
授業中はあまり目に付かないから本も読めたりするし。
その特典はありがたいから、今学期いっぱい席替えがないっていうのはすごく嬉しい。
千奈津」
「あ、おはよう不破君」
近づいてきたクラスメイトに挨拶をすると、彼は持っていたプリントを僕の机の上に広げてみせた。
「昨日の国語の宿題だが、問5の主人公の心理描写はどう回答した? 俺はこう書いたのだがおそらくこれでは正解ではないのだろう。しかし俺にはこれ以外思い浮かばん」
指差されて見れば、そこには戦争へ赴く家族に対する主人公の気持ちを描写しろという問題があって。
・・・・・・・・・不破君。とりあえず『悲しい』だけじゃダメだと思うよ。
言ったら怒られるかもしれないけど、それじゃ小学生のテスト回答と変わらないと思うし。
理科とか数学とかは完璧に近いほど出来るのに、なんで不破君は国語だけ苦手なんだろう?
国語は国語でも漢字や文法は大丈夫なんだよね。ちょっと不思議。
「とりあえず、合ってるか判らないけど僕はこう書いたよ」
鞄からプリントを取り出して渡すと、不破君はお礼を言ってから考察に入ったようで。
どうやら一時間目の数学の間は返ってこないかもしれない。
一度決めたらとことん追及する人だから。
でも明日までには返ってきますように。ちゃんと提出できますように。

好きな授業は国語と美術。それと音楽。
体育は苦手ではないけれど、好きでもないかな。
でも教室の一番後ろの席からクラスを眺めるのは結構好き。
寝てる子や、内職してる子、手紙をまわしてる子とか色々いるし。
あ、上条さん、後ろ髪がちょっと跳ねてる。
珍しいなぁ。サラサラの髪なのに。

授業を4つ受けて、お昼を食べて、授業を2つ受ければもう放課後。
5時間目の理科のときに不破君から返ってきたプリントを机の中に閉まってから席を立つ。
向かうは美術室。2階の一番端の教室。
「こんにちは」
ドアを開けるともうすでに何人か部員がいて、笑って挨拶する。
「こんにちは、千奈津先輩」
「こんにちはー」
美術部はどこもそうなのかもしれないけれど、女の子が多い。
それは桜上水中の美術部も例外じゃなくて。
女の子20人に対して、男は僕を入れて5人。
ちょっと肩身が狭いかもしれないけれど、僕は絵を描くのが好きだから。
だから美術部に入った。

千奈津先輩、これってそこの窓から見た景色ですよね? すごい、上手いなぁ・・・」
油絵の具をパレットに出していると後ろから声をかけられた。
振り向くと、同じ美術部の一年生の女の子。逆光で黒髪が綺麗に光る。
「そうかな?ありがとう、菊池さん」
「先輩の描く絵って本当に綺麗ですよね。それでもってリアルだし。これはコンクールとか出すんですか?」
「うーん、それはまだ判らないなぁ」
苦笑してごまかしてみる。
油絵は何度も何度も色を重ねて作り上げるものだから、完成までどのくらいかかるか判らないし。
それに満足のいくものが出来るかも判らないしね。
「そうなんですかぁ。頑張って下さいね! 私、千奈津先輩の絵、大好きですから!」
嬉しい言葉に僕もつい喜んで頷いてしまった。

部活が終わるのはそんなに遅くない時間。
茜色の夕焼けがうっすらと紫色に変わって、夜を呼んでくる頃。
校庭ではまだ運動部が部活をやってる。
野球部と、サッカー部。それにソフトボール部も。
響く声が明日も頑張ろうって気持ちにさせてくれる。
行きと同じように、帰りものんびり歩いて帰った。



帰るとキッチンの方からいい匂いがしてきて、手を洗ってから部屋に戻る。
カーテンを閉めてから制服を脱いで、皺にならないようハンガーにかけて。
とりあえず、数学の宿題をやっちゃおうかな。先に終わらせておかないといけないし。
数学は国語ほど得意じゃないけれど、教科書をよく読んで理解すると問題はわりと簡単に解けた。
そこで夕飯だってお母さんの呼ぶ声がして。
今日のメニューはカジキのフライ。

お父さんは仕事で帰りが遅いから、夕飯は僕とお母さんの二人で食べる。
食べたその後は僕がお皿を洗って、お母さんはテレビを見始めて。
「僕、お風呂入ってもいい?」
「いいわよ。ごゆっくりね」
僕はお風呂には長時間入る方。本とか持っていっちゃうと2時間くらい平気で入ってたりする。
あったかいお湯に浸かってのんびりするのが好きだから。
今日は宿題も終わったし、この前買った単行本の小説を持って入ろうっと。
・・・・・・・・・そしてまた長風呂に。

お風呂を出る頃にはお父さんが帰ってきていて、ポカリを飲みながら少し話をする。
その日にあったこととか、思ったこととか。
そしてお父さんがお風呂に入るのと入れ替わりに僕は部屋に戻る。
中学入学のときに無理を言って買ってもらったデスクトップのパソコンに電源を入れて、起動する間にパジャマの上にパーカーを羽織って。
フロッピーを一枚取り出してセットする。
中身は、書きかけの小説。
昨日は眠さのあまり途中でダウンしちゃったから、今日はもう少し進めようと思って。
そんな本格的なものではないけれど、自分のオリジナルの世界を作ることがすごく楽しいと思う。
国語が好きなのは、やっぱりそういう理由だからかな。
本を読むのが好きだから、読んでいるうちに書きたいと思い始めて今こうして書いている。
でも、やっぱりまだまだなんだよね。

夜も11時を過ぎる頃になると周囲も静かになってくる。
僕のキーボードを打つ音と、ときおり家の前を車が通過する音。
それと――――――――――

コンッ・・・・・・コン

あまりに予想通りで、僕はちょっと笑ってしまった。
そしてカーテンを開ける。
目の前には、ガラス越しの蛍光灯の光。



「どうしたの、麻衣子ちゃん。数学どこが判らなかった?」



1メートルもない向こうの窓で、パジャマにカーディガンを羽織った幼馴染の女の子。
手には窓を叩くための30センチ定規と、数学の教科書。
毎日教室で見るクラスメイトの上条さんは、僕の14年来の幼馴染。

夜になるとまだ寒いこの季節、二人して風邪を引くのは困るから、今日は僕が麻衣子ちゃんの部屋へお邪魔する。
これも14年来、窓から伝って。
そうして勉強が苦手な彼女にアドバイスを。

「あのね、麻衣子ちゃん。明日からもう5分早く起きたほうがいいと思うよ?」
「・・・・・・・・・何でですの?」
「だって今日、後ろ髪に寝癖ついてたから」

少しの沈黙の後、真っ赤になって騒ぎ出す麻衣子ちゃん。
「なんで教えてくれなかったんですの!?」って言われても、学校では他人のふりしろって言ったのは麻衣子ちゃんだし。
だから僕も言えなかったわけで。
そんなに怒られると僕もどうしてよいのだが。

何だかんだお喋りしながらの束の間家庭教師は日付が変わる頃にお開きとなって。
僕はやっぱり窓から帰って明日に備えて寝るわけです。
たぶん、明日も5分早く起きれないだろう麻衣子ちゃんのために目覚ましを少しだけ早めにかけて。
部屋の電気を消して、眼鏡を机の上においてベッドに入る。
今日も一日お疲れ様でした。





「・・・・・・・・・麻衣子ちゃん、僕今日ちゃんと起こしたよね?」
なのになんでサッカー部の朝練で早いはずの麻衣子ちゃんが僕と同じ時間に家を出てるの?
「~~~うるさいですわ、史尚! そんなの二度寝したからに決まってるじゃありませんのっ!」
「・・・・・・威張って言うことじゃないよ、麻衣子ちゃん」
ダッシュで学校へと走っていく彼女を見ながら、僕は今日ものんびりと学校へ。

僕の何気ない日常はこうして過ぎていくのです。





2003年4月1日