周囲の人間が何かを喋っている
それはもう、スピーカーから聞こえてくるくだらないテレビ番組のように
よくもそんな話で笑えるものだ



―――――うざってぇ



跡部景吾は、どこか人生に飽きていた





Only now, I do to be guided by God for us.





跡部景吾という人物にとって、人生というのはつまらないものだった
彼には周囲の人間が賞賛して止まないほどの美貌があったし、羨んでも羨みきれないほどの才能もあった
だからこそ彼にとって人生というものはくだらないと感じさせるものでしかなかったのだ



欲しい物質があれば、裕福な家庭に育った彼は容易に手にすることが出来る
欲しい称号があれば、多才な彼は少しの努力で手に入れることが出来る
欲しい女がいれば、類まれな美貌を持つ彼は一声でそれを抱くことが出来る



すべてをたやすく手に入れることが出来る
だからこそ人生がつまらなかった



そんな彼が、目の前の存在に声をかけた
気まぐれが、劇的なまでの威力を伴って
彼を、変える



子供は名を越前といった
整った顔は跡部好みの綺麗な顔で
同性愛の気はない跡部も、その顔は一目で気に入るほどに
部屋に並べるのもいいと、思った



けれどその子供は、泣きそうな顔で笑った



その瞬間、気づいた
子供と自分は、同じものを欲しているのだと



子供の目には絶望があった
諦観したかのように、物事を見ていた
その奥底の暗闇で燃える、光



何よりも激しく燃え上がるそれは、欲求に対する執着だった



唯一のものを欲している目
この世界で、たった一つのものを



己の支えとなれる、唯一のものを欲している目だった



それさえあれば、生きていける程の



子供は唯一のものを欲していた
自分がテニスすることで失っていくもの
それを焦がれるくらい欲していた
自分の半身が、持っているソレを



跡部は唯一のものを欲していた
自分を生へと繋ぎとめることの出来るもの
それを焦がれるくらい欲していた
誰もが、持っているだろうソレを



どうして自分は持っていないのだろう
そればかり、考えていた



そして見つけた



そのときの慶びをどう表現すればよいか
自分の糧となる唯一のもの
ずっと欲しかったもの
それを目の前にして逃す奴がどこにいる?
ましてや、自分たちなら



手を、伸ばした



触れた子供は、細くて小さくて頼りなかった
今にも、消えてしまいそうな
叩いたら壊れるのではないかと思ったが、どうにか壊れはしなかった
それどころか、嬉しそうな笑みすら浮かべて



自分がそれを与えたのかと思うと、心臓がじんわりと温かくなった



跡部景吾は、どこか人生に飽きていた
彼がテニスをしていたのは、他の種目に比べて自分を燃え立たせる輩が側にいたからにすぎない
いわば気まぐれでもあった
それが、彼の何かを選ぶすべてだった
でも今は



この子供のために、何かをしてやりたい



小さな小さな子供
きっと二年前に同じ年だった自分よりも、小さな
それでいて幼さをどこかに置き忘れてきたかのような
そんな、悲しげな子供



彼を笑わせてやりたいと、思った
他人に対して、初めて
幸せになって欲しいと思った
そのために守ってやりたい、と



支えに、なってやりたい
そう思った



そして自分を支えてくれれば、と



跡部景吾は、どこか人生に飽きていた
世の中には退屈なことが多すぎて、彼は冷めた目でそれを見ることしか出来なかった
けれど今は違う
唯一のものを手にしたから
自分の支えとなる、唯一のものを見つけたから



桜が散る中で、こちらへと歩いてくる生徒の一人に目をやって
知らず、柔らかな笑みを浮かべる
それすらも以前にはすることのなかった仕草
「・・・・・・・・・跡部さん」
見上げてくる子供の髪をゆっくりと撫でて
小さな箱を手渡した
「入部祝いにやるよ」
違いを欲している子供に、せめてもの証を



愛しいと想うこと
守りたいと願うこと
幸せでいて欲しいと祈ること
それらを与えてくれた、一人の子供
力に、なれますように



「笑えよ、



赤い石の入ったピアスを握り締めて笑った子供に、満足そうに笑みを浮かべて
叩いた肩は、細かったけれど
これからはずっと守っていくから



おまえを傷つけるすべてから、俺が守るから
だからどうか



「・・・・・・笑ってろよ」



君が一人で走っていけるまで
その手を握っていてやるから
だからどうか



いつまでも君が笑っていられますように



それは跡部景吾が初めて抱いた、祈りだった





2003年3月30日