「あぁ、たしか・・・」
目の前でこちらを見上げてくる顔は見慣れたもの
「跡部さんと試合をした方ですよね?」
その声も、その話し方も
「名前はえっと・・・・・・手塚、さん、でしたっけ」
すべて見慣れている人物と同じはずなのに、ここまで違うのは何故なのだろうか
cannot regain his form
部活が休みの日
グリップテープを買おうと外出した際に
見慣れた後ろ姿を見つけて声をかけた
「越前」
呼ばれて振り向いた相手はまぎれもなく部活の後輩で
けれど彼が首を傾げるから
ほんの少しの違和感を感じて
「あぁたしか・・・・・・跡部さんと試合をした方ですよね?」
言われて、やっと気付く
彼にはもう一人同じ存在がいたということを
「俺はリョーマじゃありませんよ。リョーマならまだ寝てるんじゃないですか」
彼はうっすらと笑う
越前は決してしない顔で
「・・・・・・そうか、済まなかった」
「いいですよ。青学も今日は部活がないんですね」
うちも今日は休みなんです、と言って
小さな違和感
「越前は休みだと言っていなかったか?」
本当に素朴に、不思議に思って
双子なんだろう
同じ家に住んでいるのなら知っていてもいいんじゃないのか
彼は目を細めて笑った
「俺とリョーマ、あんまり話とかしませんから」
最初に感じた微かな違和感はここに来て如実に現れた
今俺の目の前にいるのは越前ではない
越前なんかじゃない
決して
「手塚さん・・・・・・肩の方はいかがですか?」
同じ笑顔で綺麗に笑って
「二回戦には出場なさらなかったんですね。まぁ当然でしょうけど」
綺麗に笑って
「・・・・・・どういう意味だ」
声が震えないように低くして
どうしてコイツはこんなに綺麗に笑う?
「だってチームに迷惑をかけた選手がまた試合に出るだなんて、そんな甘いこと他にないじゃないですか」
綺麗に
「わざわざ持久戦を受けて立ったのに結局は跡部さんに勝てなくて?」
楽しそうに
「自分で肩を痛めていることにも気付かずにプレーして挙句の果てにはダメにして?」
嬉しそうに
「後の責任は全部リョーマに押し付けて?」
クスクスと小さな声を上げて
「自己中心的にも程があるんじゃないですか?」
そいつは本当に綺麗に笑った
「・・・・・・おまえに何が判る」
試合にも出なかった奴に
ベンチにも入れなかった奴に
一体何が
「俺に判るのは『手塚さんは持久戦を受ける前に棄権するべきだった』という事実だけですよ」
笑うな
「勝てればまだよかったものの、結局は勝ち星も拾えず肩も壊して」
笑うな
「手塚さんも気付いているでしょう? この結果に」
笑うな
「自分が最悪の選択をしてしまったという事実にね」
脳内が真っ赤になって我知らず先に手が出ていた
パンッと乾いた音がして
通りすがりの人間が何人か振り向いて
そうしてやっと気付く
自分のしてしまった愚かな行為に
頬にかかった髪をかき上げて
・・・・・・コイツも左利きなのか、と場違いな考えさえも浮かんで
目の前の相手は
やっぱり綺麗に笑った
「青春学園テニス部、部長の暴力事件により関東大会を辞退」
クスクスと本当に楽しそうに笑って
見慣れた後輩の顔が重なった
同じなのだからそれも仕方ないのだろうか
「思ってた以上に熱い人なんですね、手塚さんって」
赤みを帯びていく頬を人指し指で撫でて
「安心していいですよ。連盟に訴える気はないですから」
笑みをうっすらと浮かべたままで
「リョーマに恨まれるしね。・・・別に今更それぐらいどうってことないけどさ」
俺を見上げて
まっすぐに見上げて
越前と同じように見上げて
「次はいい選択が出来るといいですね、手塚さん」
踵を返しながら涼やかに微笑して
「・・・ご武運を」
いわれた言葉に返事なんて返せなかった
人混みにまぎれて小さくなっていく背中
それは、部活の後輩とまったく同じもので
きっと、またあの背中を見つけたら
俺は「越前」と声をかけてしまうのだろう
今日と同じように
こうして俺は何度も同じ過ちを繰り返していくんだ
大和部長との約束を果たすことに躍起になって
冷静さを保てずに選択をして誤った
もし俺があの場面で棄権していたとしても
うちには越前がいたというのに
越前にすべて任せて、俺は怪我が酷くならないように気をつけて
そうすればよかったのに
それが、出来なかった
俺はチームメイトを信用せずに自分の力だけに頼ってしまった
青学の為と言いながら誰より青学を信じていなかった
・・・・・・本当に
越前の言う通りだ
笑みを浮かべたままコートを去っていった跡部
アイツの方が勝者だった
そして俺は
負けたんだ
俺はすべての勝負に負けた
負けたんだ
傷跡をつけられても痛みに声を上げる資格はない
俺の選択は誤っていたのだから
すべてを越前に押し付けてしまって
これだから、越前が怒るのも無理はないことなのかもしれない
彼の言ったことは正しかった
青学のメンバーは誰もそのことを言いはしなかったけれど
俺はたしかにチームにとって最悪な選択をしてしまったのだ
買ったばかりのグリップテープを握り締めて
これをまた、使う日が来るのだろうかと考えながら
ぼんやりとアスファルトを歩く
頭の中では越前に言われた言葉が永遠と廻り続けていた
2002年11月19日