はまだハリーとの接触を持っていなかった。
同じ部屋なのだから挨拶くらいはするけれども、ハリーは魔法世界のことを覚えるのに忙しそうでが見送っていたのだ。
けれど、それももう終わり。
世界中の愛を、君に
(・・・・・・・・・この地下室、セブルス好みの実験器具が増えてないか?)
薄暗い教室に入った途端、は周囲のアルコール漬けの動物を見回して首を傾げた。
すでに席についているハリーやロンは顔色が悪いし、ネビルに至っては今にも気絶しそうなくらい真っ青な顔をしている。
セブルス・スネイプが入ってくるとささやき声に溢れていた教室は一気にシーンとなった。
出席を取るスネイプの横顔を眺めていると、それが一瞬ピタリと止まって。
「あぁ、さよう。・・・・・・ハリー・ポッター。われらが新しい―――スターだね」
妙な猫なで声には思わず鳥肌を立てた。
そして隣のテーブルから聞こえてくるクスクスとした冷やかし笑いに振り向く。
(・・・・・・あぁ、あれがドラコ・マルフォイか。マジでルシウスにそっくりだな)
順々に名前が呼ばれていって、最後にスネイプが再びピタリと止まった。
長い長い沈黙があって。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はい」
軽く手を挙げて答えると、スネイプは眉間にシワを寄せてを見た。
何食わぬ顔で座っているにさらにシワを寄せて、けれど出席簿を置いて話し出す。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
呟くような話し声に、は思わず笑い出したくなった。
けれどそれを全身で押さえて、真面目な顔をして話を聞いているフリをする。
「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中をかいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力・・・諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が―――・・・」
止まる気配もなく続く話にはひっそりとため息をついた。
(ちょっと会わない間にずいぶんとマッド・サイエンティストになったなぁ。昔っからその気配はあったけどさ)
「ポッター!」
突然スネイプがそう呼んだ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
ハリーが困惑したような顔で隣のロンをチラッと見るが、ロンも力なく首を横に振る。
離れた席では栗色の髪の少女が高々と手を上げている。
「わかりません」とハリーが答えるとスネイプは口元でせせら笑って。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいといわれたら、どこを探すかね?」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
意地悪な質問とハリーの「わかりません」が続いて、はもう一度ため息をついた。
(・・・・・・そうか、セブルスはそんなにジェームズが嫌いか。そうだよな、生き写しだもんな、ハリーは)
スネイプが長々と質問の答えを話し出すと、は言われる前に羊皮紙を取り出して書き取り始めた。
そしてハリーは当然のごとく減点されて、二人組みになって、おできを治す薬を調合し始めると、それはさらに顕著になって現れた。
ドラコ・マルフォイ以外の者はみんな注意を受け、も鍋をかき回すスピードが1.5秒速いと注意された。
ときおり向けられる訝しげな視線を受け流しながらが作業を進めていると、突然地下牢いっぱいに緑色の煙が上がり大きな音が響いた。
こぼれた薬が床に広がっていくのを見ながらは優雅に椅子の上へと飛び乗る。
「バカ者!」
スネイプの容赦ない怒鳴り声が失敗したネビルへと向けられる。
「おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」
一振りで綺麗に戻った床に音もなく着地して。
「医務室へ連れていきなさい」
顔中がおできまみれになったネビルをシェーマスが引っ張って教室から出て行く。
そして出し抜けにハリーへと矛先を向ける。
「君、ポッター、針を入れてはいけないとなぜ言わなかった? 彼が間違えば、自分の方がよく見えると考えたな? グリフィンドールはもう一点減点」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
あまりに理不尽な物言いにハリーが言い返そうと口を開くが、ロンに小突かれて顔を背ける。
どう考えてもスネイプのハリーに対する態度は行き過ぎている。
は一つため息をついて手を高く上げた。
「スネイプ先生!」
『・・・セブルス』
二重和音で声が頭の中に響く。
向けられた、スネイプだけ。
「薬、出来ました。綺麗な山吹色になったんですけれど、確認して頂けますか?」
『その態度はやりすぎ。公私混同は避けなきゃ一人前の教師とは言えないよ?』
暗い色の瞳を大きく見開いてスネイプがを振り返る。
「山嵐の針を入れるタイミングが少し遅くなってしまったかもしれませんが、どうですか?」
『久しぶりに会えたと思ったら無視してくれるし? その態度はいくら俺でも傷つくっつーの』
山吹色の液体の入ったビーカーをスネイプの前に突き出して。
息を止めてを凝視してくるスネイプにニッコリと笑う。
「どうですか、スネイプ先生?」
『ここはとりあえず頷いておけ』
の声が頭に響いてスネイプはぎこちなく頷いた。
「大丈夫ですか、それは良かった。あ、それと質問があるので授業が終わったあと少しよろしいでしょうか?」
『後でゆっくり話そうよ。旧友との再会ももう一回やり直したいし。セブルスも俺に聞きたいこととかあるだろ?』
「・・・・・・・・・判った。ミスター・は授業が終わったあと教室に残りたまえ」
「はい、ありがとうございます」
『紅茶とお菓子も用意しといて』
「・・・・・・・・・判った」
一つ多いスネイプの返事にも気づかず、生徒たちは黙って二人のやりとりを見守っていた。
カクンカクンというぎこちない足取りで教壇へと戻っていくスネイプを小さく笑いながら、視界のすみでこっちを見ている少年と目が合い、は満足そうに笑ってピースして見せた。
ハリー・ポッターへと向かって。
2002年12月22日