06.苦しみも喜びも、貴方と共に





ざわざわと人の行き交う空港で、リボーンは暇を持て余していた。
搭乗時間まではまだ余裕があるため、空いているベンチに腰掛け、レオンを膝に乗せる。
これから訪れる日本での旅は長いものになるだろう。いくら主であるボンゴレ九代目の命令とはいえ、それを考えるとうんざりしてしまいそうだ。
知らず帽子に手をかけ、つばを引き下ろす。空いていた同じベンチの隣、一つ空けて誰かが座った。
顔を見ずともそれが誰か判る。点滅を繰り返す胸元のおしゃぶりは、ずいぶんと見なかった色に染まっていた。
「や、リボーン」
「・・・・・・ヴェルデ」
「久しぶりだね。ボンゴレ十代目の家庭教師に行くんだって? おまえも大変だな」
軽やかな笑い声に違和感を覚え、リボーンはようやく顔を上げた。
隣に座っているヴェルデは、ぶかぶかの白衣ではなく子供用のコートをまとっている。その首に下げられているのはリボーンと同じおしゃぶりなのに、何故かそれがひどく軽く見えた。
茶色の髪も薄い眼鏡も、すべて見覚えがあるもののはずなのに、何かが違うと感じてならない。
曖昧な感覚に思わず眉を顰めたリボーンに、ヴェルデは軽く肩を竦める。
「気にしなくとも、ボンゴレには盗聴器なんて仕掛けてないよ」
「だったらどこから聞きやがった」
「さぁ、どこだったかな」
楽しそうに、ヴェルデが笑う。そこでやっと、リボーンの感覚が形になった。
彼の知るヴェルデというアルコバレーノは、決してこんな顔をしなかった。自分の欲のためにファミリーを平気で裏切り、他人を信用しない、理詰めで構成されていた子供。
そんな彼が今、笑っている。アルコバレーノには決して出来ないはずの、柔らかな顔で。
「・・・・・・おまえは今、どこのファミリーだ?」
「ヴェレーノ、そこの専属」
「ヴェレーノといや、最近台頭してきてるファミリーだな。おまえの所為か」
「まさか! 確かにボクの力もあるかもしれないけど、そんなの所詮一グラムにも満たないよ」
「・・・・・・らしくない言葉だな」
自分の力のみを信じていたヴェルデらしくない台詞を指摘すると、本人もそれを判っているのか小さく肩を揺らす。
「出会っただけだよ」
声は明確な強さを持って、リボーンの耳に届いた。



「出逢っただけだよ。ボクのただ一人――――――運命の、ドンと」



「ヴェルデ」
喧騒の中、男にしては高い、どこか少年のような声に名を呼ばれ、ヴェルデはぱっと立ち上がる。
その横顔は喜色で溢れている。眼差しはまっすぐに誰かへと向けられていて、自然とリボーンもその後を追った。
「じゃあね、リボーン」
言葉を発している時間すら惜しいのか、言うよりも早くヴェルデは駆け出した。
小さな後ろ姿が、一人の男の元へと辿り着く。並び立ち去っていく彼らを、リボーンはただ見送った。
まだ少年にしか見えない、東洋系の男。一瞬だけ向けられた眼差し。あれがドン・ヴェレーノだというのなら。
「・・・・・・厄介な仕事を押し付けてくれやがったな・・・あのオヤジ」
忌々しげに帽子を深く被りなおし、リボーンは舌打ちした。
これから行く日本で受け持つ生徒は、いずれイタリアマフィアの中核をなすボンゴレ・ファミリーのドンになるだろう。
だが、さっき垣間見たドン・ヴェレーノが大人しく誰かの下につくとは思えない。
遠くない未来に訪れるであろう勢力図の変化に、リボーンは溜息を吐き出さずにはいられなかった。



それから約十年後、彼の読みどおりイタリアマフィア界は二分されることとなる。
それらを統べる両ファミリーのドンが日本人だということは、後の歴史に長く伝えられる事実だった。





2006年3月10日