05.どうして、こんなにも





ヴェレーノ・ファミリーがアルコバレーノを有したという事実は、瞬く間にイタリアマフィア中に広まった。
途端に増えた同盟の勧誘や申し入れに、はあからさまに嘲笑を浮かべる。
「ついこの前までジャポネの若造がどうとか言ってたくせに、まったくもって見事な転身だね」
一覧が印刷されている紙の角に、銀のライターで火をつける。すべてが墨に変わるのを待つこともなく、彼は興味なさ気に灰皿へ落とした。
「ティモテオとジョスエー、それとアウグストとは組んでもいい」
「メルキオルレは駄目ですか」
「あそこは武器の入手経路がはっきりしない。それにあそこのドン、嫌いなんだよ。うちとじゃなくとも、近いうちにどこかと揉めるだろうね」
の言葉に大貫は頷き、佐知川と視線を交し合う。彼女は書類を調えると、静かに執務室を後にした。
そんな遣り取りをヴェルデはソファーに座りながら眺めていた。大きな白衣の袖の下、ぎゅっと手を握り締める。吸い込んだ息に胸が軋みそうになって、それでもそれでも、懸命に言葉を紡ぐ。
「・・・ボクが・・・潰してきても、いいよ・・・・・・?」
豪華な机の向こうで、が顔を上げる。射る様な視線に肩が跳ねる。けれど、逸らすことはせず強く手を握る。
ゆっくりと吊り上げられていく唇。のこの表情が、ヴェルデは嫌いだった。ベルーザの地下研究室で、初めて会ったときと同じ、の微笑。
愛らしく美しいはずの笑みに戦慄が走った。あのときはアルコバレーノのプライドを総動員して堪えたけれど、今はそれもない。幼い意地など、気づけばとうに崩れていた。
ただの唇がゆっくりと形を変えるのを、ヴェルデはどこか祈るような気持ちで見つめる。
「メルキオルレ?」
「うん。出来る、よ。新しく開発した超小型爆弾なら、仕掛けるだけで痕跡は欠片も残らないし」
「それで、おまえはちゃんと戻ってくるのか?」
―――告げられた言葉の、意味が判らなくて。
理解した刹那、身体が震えた。爪先から脳天まで、すべてが震えた。
はこう問うているのだ。『おまえはそのまま逃げ出さず、俺を裏切らずにちゃんとヴェレーノへ帰ってくるのか』・・・・・・と。
ざぁっと全身を何かが駆け抜ける。目頭が熱くなって、涙が浮かぶ。自分は泣けるのだと、関係のないことを何故か思った。
悲しかった。に信頼されてないことが。悔しくて、哀しくて、苦しい。でもそれは、ヴェルデが、信じていないから。信じていなかったから。
でも、今は。
「・・・・・・戻るよ・・・・・・っ」
手の平を握り締めて、眼鏡の向こう、合わせた目を逸らさずに。
必死に、叫ぶ。



「だって・・・・・・っ・・・ボクは、パパのアルコバレーノだもん・・・・・・っ!」



生まれて初めて、ぼろぼろと涙を流しながらヴェルデは誓った。
この身が死に絶え朽ち果てるまで、ただ一人、の武器になろう―――と。





2006年3月6日