02.望みは?
真っ赤に染まった拳を、大貫は静かに払った。
けれどすべてが拭えずに、そこらへんに転がる輩のジャケットを剥ぎ、それで拭く。
僅かに走った脇腹の痛みに顔を顰めるけれども、動けないことはない。
遠くから聞こえる銃声を背に、彼は足を進めた。
廊下は見事なほどに肉魁で溢れていた。それらのどれもが見たことのない顔から、ベルーザ・ファミリーの人間だと判る。
時折うめき声を上げるそれらに止めを刺しつつ、ドンの執務室を通り過ぎ、廊下を突き進む。
正面にあるはずの壁が今はなく、隠し階段が暗い地下へと口を広げていた。
そこから聞こえてくる二つの足音。場違いな明るい笑い声に、大貫は小さく息を吐く。
現れたのはやはり、彼の唯一の主だった。
は大貫を見とめ、軽い様子で片手を挙げる。
「よぉ、生きてる?」
「はい。様もご無事なようで」
「目的は完遂した。アルコバレーノ、手に入れたよ」
楽しそうに笑い、はもう片方の手を示す。
力を振るうことに多用されるそれが、今は小さな赤子と結ばれていた。
茶色のふんわりとした髪に、丸い眼鏡。引きずるような長さの白衣を着ている子供は、首から紫のおしゃぶりをぶら下げている。
「ヴェルデ、こいつが俺の側近の一人、大貫だ。大貫、こいつがアルコバレーノのヴェルデ」
「はじめまして」
「はじめまして。これからよろしく」
大貫が頭を下げると、ヴェルデが笑った。それは子供らしくなく、どこか現状を楽しんでいるような、に似た笑みだった。
「それにしてもおまえ、血塗れだね。銃はどうした?」
大貫の格好を上から下まで眺め、呆れたようにが言う。
「弾が尽きまして。それにやはり、私に飛び道具は合いません」
「おまえは武術での直接攻撃型だからね。じゃあヴェルデ」
手を繋いでいる赤子を見下ろすと、ヴェルデは首を傾げてを見上げる。
そんな彼に、は慣れた様子で命令を下した。
「ヴェレーノに帰ったら、まず大貫の武器を作ってやれ」
「D'accordo, Dad」(オーケー、パパ)
「それと佐知川の鞭の改良。オフィスの警戒態勢にも手を入れたいし、やってもらうことは山ほどある」
「任せてよ。ボク、パパのために頑張っちゃうから」
の腕にしがみつくヴェルデは、つい先ほど初めて会ったとは思えないほどに懐いている。
ファミリーを崩壊させた相手だというのに、憎しみや復讐の意思をまったく感じさせない。それは彼自身がファミリーを重視していないからか、それとも。
「帰るよ、大貫」
「・・・・・・はい」
歩き出したに従い、大貫もその場を後にする。
彼の目は静かに鋭く、ヴェルデの後ろ姿に注がれていた。
2006年2月22日