07.やぁ、さよなら





卒業式は空の高い、僅かに肌寒い日に行われた。
は風紀委員をはじめとする輩に、盛大に門出を祝われた。中には厄介払いが出来て嬉しいという教師たちの存在も確かにあったけれど。
それでも彼は、数多の花束や言葉と共に送り出された。
空を行く飛行機の音を背に、は並盛中を卒業した。



指定した場所は、あの日、初めて出逢い、初めて敗北を経験した場所。
狭い校舎裏。めでたい今日、そんなところを訪れる輩などいない。だからこそ雲雀はそこを指定した。
時間通りに影が現れる。あの日と同じく、逆光を背負って。
言葉など要らない。トンファーを構えた雲雀を、影は手招いた。
「おいで、雲雀」
あの日と同じ。戦闘が、始まった。



本当は。・・・・・・・・・本当、は。
負けてもいいのかもしれないと、思っていた。この男になら、負けても良いのではないかと。
意識の根底で認めていた。自分とこの男が似ているということを。それでいて男が自分の上をいっていることを。
認めていた。誰にも、誰にも言わないけれど。
憧れていた。あの日、切り取られた狭い空の下、一目見たときから。
焦がれて、いたのだ。

――――――出会えて、ただ、嬉しかった。



トンファーを弾き飛ばされ、地に伏せさせられ、やはり見上げた空は校舎に切り取られ細長い。
そんな中、は雲雀を見下ろして笑う。変わらない少女めいた美貌。
「俺の勝ち」
全力で挑んだ。けれどやはり敵わなかった。唇を噛み締め、雲雀は両腕で顔を覆い隠す。
悔しかった。負けてもいいのかもしれないと思ってはいたけれど、それでもやはり。
手が届かないと思うと、悔しくて憎らしくて堪らない。
「強くなったね、雲雀」
「・・・・・・慰めなんかいらないんだけど」
「素直に聞いておけよ。でもこれで安心して任せられる」
何を、と問う前に漆黒の布が降ってきた。雲雀よりも一回り小さいそれは、腕に腕章がついている。
委員長のみが着けることの許される色鮮やかなそれが、今は雲雀の手の中にあった。
はっとして顔を上げれば、は白いワイシャツ姿で立っている。
「おまえにやるよ。実力的には十分だし、続けるにしろ解散するにしろ、好きにするといい」
「・・・・・・どうせまた、高校で同じことするんじゃないの? だったら」
「俺は高校に行かない」
伸びてくる手を断り、雲雀は自力で立ち上がる。
そうすればやはりの頭は肩口になる。結局身長差はほとんど変わらなかった。
小さな、それでいて強大な後ろ姿が、歩み始める。
「跡目争いが大事になり始めてるらしいから、ここらで平定させようと思ってね」
「・・・・・・君が出たら、すぐに終わるんじゃないの」
「あぁ、その後は好き勝手するつもりなんだ。きっと面白い」
交わす会話、そのテンポのよさが好きだった。
隣ではなく、半歩後ろを歩く。そこから見える揺れる髪の毛が好きだった。
焦がれていた。が主の応接室は、ひどく居心地が良かった。
憧れていたのだと実感する。本当に。・・・・・・本当に。
「―――雲雀」
つい、と引かれて振り向けば、は自分よりも大きな後輩がじっとこちらを見つめてくるのに気づく。
校庭の中央、遮るものはない。桜が咲くにはまだ早すぎた。
シャツの裾をつかむ手を、苦笑しながら外す。縋ってくる力の強さに笑った。
「おまえが中学を卒業する頃、使い物になってたら迎えに来てもいいよ」
顔を上げた相手に、一度手を離し、そして差し出す。
雲雀はしばらく顔を歪めていたけれど、渋々と自身も手を差し出した。
「・・・・・・群れるのは嫌いだよ」
「ははっ、おまえらしいね」
「でも、君なら悪くない・・・・・・・・・かも、ね」
小さく小さく付け足された言葉に、は笑った。
握り合った手を上下に一度振って、放す。
吹き入った風に、雲雀が眉を顰めた。



「じゃあね、雲雀」



最初から最後まで愛らしい美貌を崩さずに、彼は雲雀の前から去っていった。
それは初めての意味ある出会いであり、喪失だった。





2006年2月15日