リザは司令部から自宅への帰り道で、ふと店先を眺めて足を止めた。
軍なんていう24時間体制の職場に勤めているから気づかなかったけれど、街中が妙に浮き足立っている。
子供から大人まで、女性ばかりが楽しそうに買い物をしているのを見て、ようやく気づいた。
「あぁ・・・・・・明日はバレンタインデーなのね」
どうりでこんなに華やかなわけだ、と納得する。
頬を染めながら嬉しそうにチョコレートを選んでいる女性たちを見てリザはしばらく考え、そして自分も店の中へと足を踏み入れた。





Good luck to your love!





バレンタイン当日も、はお茶の時間に東方司令部に現れた。
「どーも、こんにちは」
周囲に適当に挨拶して、リザを見つけるとパタパタと足軽に近づいていく。
「こんにちは、リザさん。お仕事ご苦労様です」
「こんにちは、君。今日はエドワード君たちは?」
「後から来るんじゃないですか? 今日はバレンタインだから邪魔するなって言ってきたし」
つーわけで、とは執務室の軍人たちを見回して言い放つ。
「今日の俺とリザさんのティータイムを邪魔した奴は百倍返しで地獄を見てもらうからな。死んでから謝っても聞かないから」
「姫さん、俺たちへのチョコは?」
「あるわけないだろ・・・・・・・・・と言いたいとこだけど」
ガサガサといつもよりも大きめの紙袋を漁って、は何かを取り出した。
それは、小さなチョコレートが一つ一つラップされている、どこからどう見てもスーパーで販売されている『お買い得用』で。
豪快に封を開いてチョコをわしづかみ、まるで豆まきのようにバッと投げる。―――むしろ投げつける。
ハボックやブレタたちは降ってくるチョコレートを笑いながら受け止めた。
「愛がねーなぁ」
「俺の愛はリザさんだけのためだからね」
そう言って満面の笑みで振り返る。
可愛らしいの表情に、リザは少しだけ困ったように苦笑した。



本日のおやつはバレンタインデーということを考慮して、数々のチョコレート菓子が用意された。
ガトーショコラ・トリュフ・チョコレートケーキ・ブラウニー・クッキー・チョコプレート・チョコナッツキャラメル・チョコレートタルト・フォンダンショコラ・チョコレートムース
どれも甘い香りを発しているそれらは、もちろんの手作りだった。
リザ本人には言わないが、ちゃんとカロリー計算もされて通常より砂糖は控えめに作ってある。
余計なところまで気を回しているかもしれないが、これもなりの配慮だった。
「リザさん、飲み物は何がいいですか? 紅茶ならハニーレモン・シナモン・ロイヤルミルク。コーヒーならリキュール・モカジャバ・フロートで」
「そうね、じゃあシナモンティーをお願いしようかしら」
「承りました」
ウェイター顔負けのスマイルで頷いて、がポットを片手に給湯室へと向かっていく。
リザはその後ろ姿を眺め、ついでテーブルの上に広げられている大量のチョコレート菓子を見つめて溜息をもらした。
ものすごく美味しそうな菓子たち。ためしにチョコプレートを一つつまんでみると、それは店で売っているものよりも美味しく、口当たりよく感じられる。
リザはもう一度溜息をついて額を押さえた。
「・・・・・・これじゃ渡せるわけないじゃない」
バレンタインに、不特定多数の人に渡されるために売られていたチョコレートなんて。
「一応、あのお店の中では一番美味しいものを買ったのだけど・・・・・・」
それでも手製の菓子に敵わない。あぁまったく、とリザは痛む頭を押さえながら考えてしまった。
自分よりも料理の上手い旦那を持つ妻の気持ちって、こういうものなのかしら・・・・・・と。



「やぁ、来ていたのか」
「邪魔、どけ」
「相変わらずつれないな」
含むように笑って、ロイは給湯室の簡易調理台から身を離す。
この部屋に来ていた時点でロイはが司令部に来ていたことを知っていたのだろう。
何が『来ていたのか』だ。
隠すことなく不愉快をあらわにする少年にロイは楽しそうに笑って。
「相変わらず可愛らしいな、君は」
「・・・・・・可愛いって言うな」
禁句を言われてはさらに顔をゆがめながらも、今は最優先するべきことがあるのでロイに報復はしなかった。
小鍋にお湯を入れてコンロにかける。自身の錬金術で冷蔵してきた牛乳をとりだして常温に戻して。
テキパキとシナモンティーを淹れ始めたを眺めながら、ロイは続ける。
「今日はチョコレート菓子のオンパレードか」
「まぁね。リザさんの好みがどんなのか分からなくて沢山作ってきただけだけど」
「私の分は?」
「ないに決まってんだろ」
「そうか、それは残念だ」
言葉ではそう言っていても、あまりにサラッとしたロイの返事には訝しげに顔を上げた。
端正なロイの顔がいやに楽しげに笑っているのを見て、さらに険しさを深める。
そんなに今度は柔らかく微笑して。
「君が恋に懸命なのは良いことだと思うけれど」
とっておきの、秘密を教える。

「たまには、中尉の顔を立ててあげるのも必要だとは思わないかい?」



バンッと大きな音を立ててドアを開き、は給湯室を飛び出した。
後ろでロイが笑い声を上げているのが聞こえるけれど、今はそれに構っている暇もない。
猛スピードで廊下を走りぬけると軍人たちが不思議そうに目を向けてくる。
だけどはただひたすらに執務室を目指していた。

だって、もらえるだなんて思ってもいなかったから。

自分はリザのことが好きで、でも好きになってもらえるとは思っていなくて。
だからこそ今日だって本来はもらうはずの男である自分がチョコレートを用意した。
食べてもらえるだけで嬉しいと思って。それだけで十分だからと願って。
だけど、まさか、もらえるだなんて。
義理でもいい。ほんの少しだけでも好意を持ってもらえているなんて。



――――――嬉しい。



「リザさんっ!」
勢いよく開かれたドアはものすごい音を立てて床へと倒れた。
いきなりどうした、と周囲が驚いてる中ではまっすぐにリザへと歩きよって。
そしてテーブルの上に並んでいる持参してきたチョコレート菓子を全部紙袋に乱暴に押し込む。
「・・・・・・君?」
不思議そうな顔をして問いかけるリザに答えず、は紙袋を少し離れた場所に座っていたハボックへと投げつけた。
その拍子に、綺麗にラッピングされた菓子がいくつか転げ落ちて。
「やる!」
「・・・・・・姫さん?」
「いいから食え! つーか今すぐに食え! さっさと処分して欠片さえも残すな!」
「や、でもこれは中尉に―――」
ハボックたちの言葉をさえぎって、は向き直る。
「リザさん!」
少年にしては可愛らしすぎる顔を、うっすらと紅く染めて。
まっすぐに、リザを見つめて。
常らしくはなく口ごもったあとで、は言った。



「俺、今日だけはリザさんからもらいたい――――――・・・・・・っ!」



真っ赤な顔で、必死な様子で、まるでただの子供のように。
睨みつけるようにして唇を結んだに、思わずリザは緩やかな笑みを浮かべてしまった。
あまりも真剣にがそう願うから。
そんな彼の様子が可愛らしく、そして愛されているという事実に心が温かくなって。
鞄から小さなプレゼントを取り出して、へと差し出す。
君のお手製には敵わないだろうけど、もらってくれる?」
自分がそう言ったときの彼の表情を、リザは一生忘れることはないだろうと思った。
泣きそうになってチョコレートを握り締めたを、一生忘れてはいけないと思った。



「リザさん、リザさん! ホワイトデーには何が欲しいですか?」
チョコレートをもらえたことが余程嬉しかったのか、はいつになく笑顔を振りまいている。
美少女にしか見えない顔を、さらにキラキラと輝かせて。
リザは新たに淹れてもらったシナモンティーを飲みながら、苦笑を返した。
「そうね、じゃあキャンディーでもお願いしようかしら」
「・・・・・・リザさんが望むならそれでもいいけど、俺としてはもっとちゃんとした物を贈りたいです」
「そのチョコレートにはキャンディーくらいが妥当だと思うの」
示す先には、の手の平の中で大人しく鎮座しているプレゼント。
量販店で売られていたものの一つでしかないそれを抱きしめては嬉しがる。
「俺はリザさんに貰えるなら何だって嬉しいから」
恋する少年の顔ではそう言って、ひどく幸せそうに笑った。
「だから、ホワイトデーには期待してて?」



この日リザからもらったチョコレートを、が錬金術で一年間大切に保管したのは言うまでもない。





このお話は新屋アキ様に捧げます。84400hit、ありがとうございました!
リクエストはキリバンを踏まれたのがバレンタインデーということで、「バレンタインにちなんだお話」とのことで。
今回は『森羅万象』にしては珍しくホークアイ中尉が登場いたしました。
しかもちょっと幸せ風味・・・・・・?
このようなお話ですが、受け取って頂けたなら幸いです。
どうもありがとうございました!

2004年2月27日