クリスマス。
そんなものを特別だと思ったことなんて、今まで一度だって無かった。
冬になれば寒いし、雪が降ればもっと寒い。
身体を温めるための毛布を得るだけでも大変だった。
だから毎日のように、ベッドで寝れるようにしていた気がする。
自分の身体を相手に捧げて。
真っ白な街並みは、綺麗だけれど嫌いだった。
澱んで穢れた自分を思い知らされるようで。
だから、クリスマスは嫌い。

――――――あなたに、会うまでは。





1分37秒のクリスマス





ポツリと少年は呟いた。
「・・・・・・・・・国中の人間を全員殺せば、俺もリザさんとクリスマスを過ごせるのかな」
「物騒すぎるよ、さん」
「俺とアルは殺すなよ」
返されたのは、アルフォンスからは苦笑交じりの言葉。エドワードからは愛想のない返事。
それに大きく溜息をついて読んでいた本を閉じると、はゴロリと床に転がった。
舞いあがる埃がまるで雪みたいだ、なんて現実逃避をして。
さん、コートが汚れるよ」
「いいよ、軍の経費で落とすから」
不貞腐れたようには本を枕にして目を閉じた。
彼の想い人、リザ・ホークアイは今日も仕事で出掛けている。
「あー・・・・・・・・・マスタング大佐、すげぇムカツク」
かなり本気の言葉にアルフォンスとエドワードは苦笑した。



クリスマスなんていうものは、大昔に生まれた誰かの誕生日で。
その日を祝う義理なんてものはないけれど、それでも浮かれる街に乗せられて。
特に今年は。

一番綺麗な日を、一緒に過ごしたいと思う人も出来たから。

だから誘った。表情には出さなかったけれど、本当はものすごくドキドキしながら。
自分から過ごしたいと思う人は初めてだったから、尚のこと緊張して。
オッケーを貰えてからは、イーストシティで相手が一番好きだというレストランをリサーチして、予約して。
プレゼントは何がいいかを必死で選んで、文字通り格闘して買って。
そして当日。

仕事があれば行かなくてはいけない想い人を、手を振って笑いながら見送った。
クリスマスなんてやっぱり嫌いだ、と思いながら。



「やっぱ俺も仕官しようかな。そうすればリザさんと四六時中一緒にいられるし」
実際に常時軍人になることは有り得ないだろうけれど、の言葉は八割方本気が含まれていて。
エドワードは資料をめくって御座なりにコメントする。
「志望動機を聞かれた瞬間に落とされるぜ、きっと」
「いいじゃん、麗しい理由で」
「まぁあの大総統ならオッケー出しそうだけどさ」
エドワードと、二人の国家錬金術師の脳裏に隻眼の男が浮かび上がる。
そして二人してフルフルと頭を振った。
寝転がっていた体を緩慢に起こし、はそのまま立ちあがる。
「俺、ちょっとブラブラしてくる。出発は28日だっけ?」
「あぁ。朝9時20の列車だから9時には駅に集合な」
「オッケ。じゃあ良いクリスマスを」
お互いにそんなものを気にする性質じゃないけれど、とりあえず言っておいた。
「メリークリスマス」
エドワードも本から顔を上げて、少しだけ苦笑しながらお決まりの文句を述べて。
アルフォンスからは小さな包みを差し出された。
さん。これ、ウィンリィから」
片手に乗るサイズの箱は、長時間列車で運ばれたからなのか、少しだけ歪になっている。
けれどは小さく笑ってそれを受け取った。
ポケットに収めて、兄弟に背を向けて資料室を出る。
軍の人間が行き来する廊下をすり抜けて、は東方司令部を後にした。



街はいつもよりも多くの人で賑わっている。
そんな中、真っ白なコートを翻しながらは歩いていた。
緑と赤で彩られている店を横目で眺めながら、さっき渡された手の中のプレゼントを見つめる。
邪魔にならないように道端へと寄って、それを開いた。
赤いリボンを解いて、ミルク色の包装紙を丁寧に剥がす。
現れた小さな箱の蓋をそっと開けると、出てきたのは銀色のリングだった。
「・・・・・・ウィンリィ、指輪はフツー男から女に贈るものだろ?」
苦笑しながら言うけれども、それは言葉ほど呆れているわけでもなくて。
割と太さのあるそれは、の左手の中指に丁度良いサイズだった。
細かく丁寧に彫られている模様は、おそらくウィンリィが自ら彫ったものなのだろう。
「さすが機械鎧技師」
妙なことに感心して、は笑った。
そしてそのまま指輪へとキスを一つ。
「・・・・・・サンキュ」
クリスマスには間に合わないけれど、今からプレゼントを選んで贈ろう。
とりあえずはお礼の電話でもしようと思い、は電話ボックスを探すために歩き出した。
左の中指には、まるで最初からしていたかのように似合いの指輪を光らせながら。



クリスマスは嫌い。
街も人もツリーも装飾も。
全部全部全部嫌い。
だってサンタクロースなんて来てくれなかった。
信じてなんていなかったけど。
存在を知ったのもずいぶんと遅かったけど。
願いを懸けてしまうような存在だから。
サンタクロースは嫌い。
クリスマスも嫌い。

こうして今、好きな人とクリスマスを過ごしたいと思っている自分も嫌い。

「随分と弱くなったよなぁ・・・・・・」
本当に、と呟いて、は自嘲気味に笑った。
予約していたレストランにキャンセルも入れなくては、なんて考えて。
華やかな雰囲気の街を歩く。
何だかひどく、虚しい気持ちになった。

想うのが彼女に許されていたとしても、望むのは自分が許さないから。

非生産的なコイゴコロに、は小さく唇を歪めた。
左手の指輪にもう一度だけ口付けて。
「・・・・・・・・・ありがと、ウィンリィ」
感謝を贈る。



この時期独特のメロディーが流れる店。
それを眺めながらは息を吐き出した。
寒さに当てられてすぐに白くなっていく呼吸を、ぼんやりと知覚しながら。
「・・・・・・このまま姿を消したら、リザさんが気にするしなぁ」
あの人は優しい人だから、今日の約束をキャンセルしたことも気にしているだろう。
だからこのままどこかに姿を消すなんてことは出来ない。
今日はちょっと気持ち的に無理だけど、明日には司令部にでも顔を出そう。
安心させて、大丈夫だと言って。
そして彼女が笑ってくれればそれでいい。
だから、今日だけは。
「・・・・・・誰かに、俺を買ってもらうか」
暖かいベッドと、温かいぬくもりと、そして同時に食事と金も手に入る。
一石四鳥の手段を久しぶりに使おうと思って、はざっと周囲を見まわした。
金を持っていそうで、後腐れのなさそうなオトナ。性別はこの際どっちでも良い。
女だろうと男だろうとヤることに変わりは無いから。
人通りの多い街中で一人の男性を見つけて、は自然と目を細めておおまかに検分する。
毛皮ではないけれど高そうなコート。マフラーはおそらく老舗と名高いブランド店のもの。
片手に持っているのはこれまた有名ブランドの鞄。上から下まで隙が無く漂う上流階級の香り。
左手の薬指には指輪をしているけれど、それがあまり意味のないものだということを、は数秒で確信した。
おそらく家族には良い父親の顔をしつつも、隠れて何かすることの出来るタイプ。
そしてその手の輩にとって、自分はとても興味深い対象に映るだろう。
はそういう意味での自分の価値を良く判っていた。
だからこそ、「決めた」と呟いて足を踏み出す。
愛想良く笑うか、それとも泣きそうな顔をするか。
コートの袖を掴むか、派手に転ぶか。
どちらにせよ久々すぎて軽い緊張をは感じる。
擦れ違う際に肩をぶつけた相手に対して苦笑する男を見て、これは可愛い系でいこうと決めた。
近づいて、あと数歩で温かな夜が手に入る。
指先一本まで『愛らしい少年』を演じて、は手を伸ばした。

けれどそれは男のコートに触れる前に、大きな手によって絡め取られてしまった。

驚いてが見上げると、そこに燻る煙草の煙と、厳しげな眼差しをしている横顔があって。
「止めとけ、姫さん」
「・・・・・・・・・ハボック少尉」
声が擦れて、知らず震える。
どうしよう、と一瞬の判断を下す前に、握られた手を引かれて引き摺られるように歩き出した。
見られたという後悔と、自分のしようとした行為に対する羞恥がに顔を俯かせる。
ハボックは無言で通りに止めてあった車の前まで来ると、ドアを開けてを中へと押し込んだ。
想い人がいるんじゃないかと思っては身を引くが、中にいたのはロイ一人で。
ハボックが乗り込むと共に車が走り出す。
が声をかけようと思っていた男の後ろ姿が、どんどんと小さくなって窓枠から消えていった。
車の中に広がる沈黙がひどく情けなくて、唇を噛む。
自分で起こした事態ながらも、は耐えきれなくて口を開こうとした。
――――――が。
「4時37分」
それよりも先に、ロイが言葉を発する。
「4時37分だ。1分足りとも遅れないように」
「・・・・・・・・・何が?」
「サンタクロースからのプレゼントだ」
この場合のサンタクロースとは東方司令部全員を指す、と言って、ロイはようやく細めていた瞳を和らげた。
重苦しい沈黙の漂っていた車内が、それによって一気に緩む。
「・・・・・・・・・さんたくろーすなんて、いないし」
が言葉にすると、『サンタクロース』はそれらしい表現にならない。
「子供は素直にプレゼントを受け取っておきなさい」
「子供っていっても良い子にだけ、さんたくろーすは来るんだろ? だったら俺には来ない。さっきだって」
「姫さん、未遂は言わなきゃ判んないもんだ」
ハボックの手がの頭に乗せられ、長めの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜる。
黒髪がバラバラと視界に落ちた。
「現在の時刻が2時55分。東方司令部に着くのがおそらく3時。1時間37分は中尉と仲良く過ごしてくるといい」
「・・・・・・・・・あんた、変なものでも食べた?」
「君はつくづく私には失礼だな」
言葉とは裏腹にロイは笑って、軍服に包まれた足を狭い車内で組み替える。
「・・・・・・これでも悪いとは思っているのだよ」
少しだけ小さな声で言われて、は弾かれたように顔を上げた。
見ればロイは苦笑に近い笑みを浮かべていて。
「可愛い子供にせめてもの罪滅ぼしだ。中途半端な時間で悪いがね」
「・・・・・・可愛いって言うな。それに、あんたの所為じゃないし」
「姫さん、こういうときはちょっとは文句を言った方がいいぞ。そっちの方が中尉も喜ぶ」
「・・・・・・姫さんって言うな」
俯いて呟かれた言葉に力はなくて、そんな子供に大人は二人して優しく笑った。
車が軍の門をくぐる。



どうしろと言うのだろう。
は車が止まっても降りることが出来なかった。
だってレストランの予約はもうキャンセルしてしまった。
ハボックはああ言ったけれど、聖夜に相応しくない行為もしてしまった。
いまさら彼女に合わせられる顔なんてない。
なのにタイムリミットは刻々と近づいてきて。
見るに耐えかねたのか、ロイが車内から突き落とそうと足を軽く持ち上げる。
それよりも早く、開いたドアから伸びてきた腕がを捕まえて引きずり出した。
抱きしめられるように受け止められて、が慌てて顔を上げる。
そこには思った通りの顔が、想像以上に近い位置にあって。
は慌てて腕を伸ばして距離をとった。
けれど手はきつく握られて、そのまま放せない。
「さ、早く行きましょう」
青の軍服でも、黒のコートでもない。
ベージュのジャケット姿でリザは言った。
いつもは上げている髪も艶やかに下ろされていて、首元には暖かそうなマフラーを巻いている。
仕事には不向きなスカートとパンプス。
軍人としてではない、プライベートの『リザ・ホークアイ』だった。
「・・・・・・リザ、さん・・・」
足がまるで棒のようになってしまって動けない。
泣きそうで、困る。
訝しがって振り向いたリザに、は笑った。
それはとても泣きそうな顔で、けれどどこか満足そうに。
握られている手を見れば、コートの袖からリザの手首に腕時計が巻かれているのが見える。
シンプルなシルバーの、少しだけ石をあしらった時計。
必死で選んで、そして買った。
似合えばいいと思って。
――――――本当に泣いてしまいそうで。
繋がっている手を、握り締める。
「・・・・・・もう、いいよ?」
目の前のリザが驚いたように目を見開く。その場にいたロイやハボックも。
だけどは嬉しそうに笑った。
――――――とても幸せそうに。
「・・・・・・いいって、何が?」
少しだけ震えているように聞こえるのは気のせい?
リザに向かって、は微笑む。
「リザさん、まだ仕事あるんでしょう? 俺のことはいいから、行ってきていいよ」
「大佐や少尉から聞かなかったの? 4時37分までは―――」
「うん聞いた。でも俺、もう十分だから」
目元をほんの少しだけ赤く染めて、笑う。

「俺はもう十分幸せだから」

だから行っていいよ、と言っては笑った。
掴まれている手を、柔らかく握り返しながら。



たぶんずっと気にしていてくれた。
頭の片隅できっと考えていてくれた。
時間をとってくれた。
時間を与えられて、それを一緒に過ごすと決めてくれた。
わざわざ軍服から私服に着替えてくれた。
髪を下ろして、ヒールのある靴を履いてくれた。
薄めの化粧を綺麗になおして、買ったばかりのマフラーをしてくれた。
手を握ってくれた。
『早く行きましょう』と言ってくれた。

こんな俺が贈った時計を、一時だけでも身につけてくれていた。

・・・・・・だから、もう十分。



もう一度だけ笑って、は手を放した。
少しだけ寒さを感じるけれど、でも今はそれ以上に心が温かいから。
「ごめん、リザさん。俺わがままばっか言って。東方司令部のみんなにも迷惑かけて」
「・・・・・・・・・謝るのは私でしょう?」
「何で? リザさんは全然悪くない。優しいよ。すごく優しい」
の言葉に、リザは戸惑ったように表情を曇らせる。
放れてしまった手をどうすればいいのか判らずに、そのまま宙に浮かせて。
「リザさんは悪くない。本当はマスタング大佐だって、たぶん犯人だって悪くないんだ」
成り行きを見守っていたロイは、ハボックの隣でほんの少しだけ苦笑する。
「クリスマスだからって、本当はそんなの関係ないんだ。ただ、俺がリザさんと一緒にいたかっただけ」
「それなら」
「でもそれは、リザさんの邪魔になっちゃいけないんだ」
柔らかく、穏やかに。少女の顔ではなく少年の顔で。
恋ではなく、愛している顔では笑って。
「ごめんね、リザさん。それとありがとう」
――――――確たる意思を持っている言葉は、ひどく真摯に響いて。
リザもロイも、それ以上何も言うことが出来なかった。

「ありがとう、リザさん」

プレゼントされた時間は1時間37分。
だけど単位を一つずつ繰り下げて、1分37秒のクリスマス。
それでも十分幸せだったから、は笑った。



「・・・・・・ありがとう」



信じていなかったサンタクロースと、優しくて愛しい想い人に。
感謝を、捧げる。



車が車庫へと去って行き、ロイが部下を伴って司令室へと向かうのを、は入り口で見送った。
歩きながら振り返ってこちらを気にするリザに、ちゃんとした笑顔で手を振りながら。
やっぱり私服よりも軍服の方が似合うんだろうなぁ、なんて考えて、擦れ違いにこちらへと歩いてきたエドワードとアルフォンスを見る。
「せっかくのチャンスだったのに勿体無い」
「いいよ、やっぱリザさんは仕事第一でなきゃね」
「そう言って何回デート駄目にしてるんだか」
エドワードの言葉には苦笑する。
次いで楽しそうに二人に言った。
「俺さ、これからケーキ作るから手伝ってよ」
「中尉の分?」
「『サンタクロース』全員の分」
笑顔で言った『サンタクロース』は、今度はちゃんと普通のそれに変換されていた。
エドワードとアルフォンスも同じように笑って、三人して調理場を借りるべく軍の中へと入っていく。

明るい声が響く中、空からは今年最初の雪が舞い始めていた。





2003年12月25日