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好きだけど、謝ることしか出来ない。
君は僕の宝物
完成した白玉をタッパーに詰めて、それとは別にずんだ餡も用意する。
紙袋を覗いて忘れ物がないかをチェックして、アキノは白のコートを羽織った。
「じゃあエド、アル。行ってくるから」
「いってらっしゃい、アキノさん。気をつけてね」
「中尉によろしく。つーかアキノ、俺たちの分は?」
「テーブルに置いてある。じゃ、いってきます」
今日は一日資料を読むと宣言しているエドとアルに見送られて、アキノは宿を出た。
見上げれば真っ青な空に、白い雲がいくつか散らばっていて。
「いー天気」
笑って、歩き出す。
賢者の石を探しているエルリック兄弟と共に旅をしているアキノは、東部にいる間は毎日リザの元を訪れる。
その際に持参するのは、日替わりの手作り菓子。
喜んでもらいたい、仕事の息抜きをしてほしい、そう言った考えがあるのは明白で。
だからこそリザもアキノのそんな考えに気づいて、毎日付き合ってくれているのだろう。
申し訳ないけど、ラッキー。
そんなことを考えて、アキノは今日も顔パスになっている東方司令部の門をくぐった。
だからこそ、執務室に入った瞬間それに気づいて、申し訳なくなったのだ。
椅子に座ったまま、こちらを振り向いたリザ。
その顔を見ただけで、アキノは今日司令部を訪れたことを後悔した。
負担になんて、なるつもりはなかったのに。
それでも来てしまったものは仕方がない。出来る限りいつもと同じように笑顔を浮かべて。
「こんにちはー」
「よぉ、姫さん。今日の貢物は何だ?」
ハボックが話しかけてくるのに、いつもと同じように眉を顰めて。
「姫さんって言うな。今日はずんだ白玉。それに抹茶」
「お、和風だな」
「ずんだって何だ?」
「ずんだとは枝豆を磨り潰し、塩と砂糖を加えた緑色のあんこのことで、発祥は遠い島国の―――」
「俺たちには?」
「白玉のみ。あずきは缶詰ででも間に合わせとけ」
紙袋から取り出した小豆の缶を、そこらへんにある机の上に転がした。
白玉に群がっていく軍人たちを視界の隅で切り捨てて、アキノはどうしようかな、と内心で思う。
リザは今、具合が悪い。
顔色から、呼吸から、仕種一つからそれが判るのに、何で彼女の同僚たちはリザを放っておくのだろう。
優しさではなく、気づいていないだけ。
それが判って、アキノは軽く舌打ちした。そんな行為にも、今のリザは気づかない。
「こんにちは、リザさん」
気づかれたくないから、こうして今仕事に勤しんでいるんだろう。
どうするべきかは判らないが、とりあえずアキノは微笑んで挨拶した。
「・・・・・・こんにちは、アキノ君」
返される声にリザの体調の悪さをさらに感じて、思わず眉根を寄せてしまう。
それに気づいたのか、リザは小さく息を吐いて椅子の背にもたれた。
あぁ、これは本格的に辛いんだな、とアキノは思って。
声をかけるべきか、どうか、悩んで。
迷いながらリザを見下ろしたとき、気づいてしまった。
熱の所為か、それとも本音か。
いつもは冷静で感情を出さないリザが浮かべた。
拒絶の、色に。
好きなんです、あなたのことが好きなんです。
大切で、大事で、幸せになってもらいたくて。
だからこそ、本当に。
好きにならなければ、よかったのに。
「あんた、何であんな状態のリザさんを働かせてるんだ」
部屋に入ってくるなりそう言ったアキノに、ロイは座っていた椅子をくるりと反転させた。
窓からの景色ではなく、今度は室内のアキノを視界に納めて。
「・・・・・・あんな状態?」
問い返せば、美少女にしか見えない顔を硬くして、アキノが早口で言い返してくる。
「あんた、今日リザさんに会ってないのか? あんなに体調悪いのに働かせて、何かあったらどうすんだよ」
「・・・・・・生憎と、今日は始業のときしか中尉を見ていなくてね」
「昼行灯なあんたの仕事の進み具合を、リザさんがチェックしに来ないことを不思議に思わなかったのか?」
それは思わないでもなかったが、これ幸いとロイは休んでいたわけで。
アキノ自身その程度のことなど推測しているだろうから、余計なことは言わずにロイは口を噤んだ。
代わりにと言っては何だが、少しからかいめいた言葉を投げかける。
「それで、君は中尉を抱き上げて医務室にでも連れて行ったのかい?」
だとしたらそれは役得だ、とロイは続けようとしたのに。
「―――行くわけないだろ」
「は?」
「だから、何もしてない。リザさんはまだ仕事してる」
怖い顔をして意気込んできた影も今はなく、アキノは俯き加減で視線を彷徨わせて。
言いたくなさそうに、不本意そうに呟いた。
「だって、迷惑そうだったから」
そう言うアキノはどこか申し訳なさそうで、けれど深く傷ついているように、ロイには見えた。
「・・・・・・俺みたいなガキに心配されたら、リザさんの立つ瀬がないだろ」
好きだからこそ、見えてくることもあって。
アキノは自分の想っている相手が、とても自分自身にプライドを抱いていることを知っている。
それは軍人としてだけではなく、人としての自分自身に。
誇りを持っているからこそ、それを貶めるような真似だけは、アキノは絶対にしたくなかった。
そんなリザが、今は体調が悪いのを隠して仕事に向かっているのだ。
彼女が決めたことを、自分が邪魔してはいけない。
好きだけど。好きだから。
リザが、こんな自分に好かれて恥ずかしがっていることを、アキノは心の奥底で知っているから。
だから、これ以上は。
俯いてしまったアキノの旋毛を、ロイは立ち上がって見下ろす。
緩やかなウェーブを描いているくせっ毛は、本当に少女のものとしか思えない。
けれど、彼は少年で。
不器用に恋をして、不恰好にしか生きられない。
そんなアキノがロイは嫌いではなかったし、だからこそ彼の自分への対応も憎いとは思えなかった。
「・・・・・・そんなことを言うものではないよ、アキノ」
発火布をしていない手で、よしよしと黒髪を撫でる。
いつもなら瞬時に撥ね付けられる行為だが、今だけは大人しく受け止められていて、その様子からもアキノの受けているダメージが読み取れた。
「体調の悪いときは、誰でも不安定になる。中尉が本気で君を恥ずかしいと思っているわけがない」
「・・・・・・そんなこと判るわけない」
「それこそ、『そんなことは判るわけない』な」
「だったら、俺は何にも判らない」
握り込められた手の平が、痛ましいほどの悲鳴を上げて。
「俺に判るのは、好きにならなけりゃ良かったってことだけだ」
ごめん、リザさん。
そう呟いたアキノの頭を、ロイはまるで子供にするように抱き寄せた。
こんなに人を想うことの出来る彼を、決して『子供』だとは思わなかった。
翌日の午後、迷った挙句にアキノは東方司令部を訪れた。
いきなり行かなくなったらリザが気を使うだろうし、何より昨日の今日だ。彼女の様子が気になる。
手土産は持っていくかどうか悩んだが、結局通りの店でケーキを購入した。
作る気には、到底なれなくて。
「・・・・・・俺って、バッカみたい」
門をくぐって、通いなれた廊下を進む。声をかけてくる軍人たちに適当に手を振り返して。
目当ての部屋まで来たところで、自然と止まってしまう己の足にアキノは失笑した。
本当に愚かだと思いながら、深く息を吐く。
笑顔を作るのには慣れている。年季の入った笑みを崩されないだけの自信も持っている。
だから、平気。
「こんにちはー」
アキノは笑ってドアを開いた。
お願いだから、ごめん、だなんて言わないで。
あなたを諦められなくなってしまうから。
幸せだけを願うから。だから、ね?
俺に優しくなんて、しないで下さい。
リザを前にしてアキノは泣きたくなった。
優しすぎる彼女に、残酷だと喚きたかった。
一番最低なのは自分だと分かっていても。
好きだから、謝ることしか出来ない。
2004年7月19日