大総統によって命令を受けた後、ヒューズによって資料と経費らしい札束を渡されて、とマリア・ロス少尉は司令部を出た。
正確に言うと追い出された。
「・・・・・・あのオッサン、いつか見てろよ」
物騒なことを小さく呟いて、は溜息をつく。
どうして自分がこんなことをしなくてはいけないんだ、という気持ちをどうにか胸の中で押し殺して。
セントラルにいる間のパートナーを笑って振り返る。
「それじゃ、行きましょうか」
白いコートの少年と青い軍服の女性は、並んで街へと歩き出した。





白兎の行進曲





「ここら辺で一番近い女性物の洋服を扱っている店は?」
「―――は?」
通りを歩き始めて最初に言われた言葉に、ロスは思わず問い返す。
事件解決のために司令部を出てきたはずなのに、何故いきなり女性物の洋服取扱店なのか。
それともその店が事件に関係でもあるのだろうか。
訳が判らず混乱するロスの思考を読んだのか、は小さく笑って彼女の服を指差した。
「軍服じゃ一目で軍人だって判っちゃいますから、聞ける話も聞けなくなるでしょう?」
「あ・・・はい、なるほど」
「パンツもいいですけど、きっとスカートも似合うと思いますよ。サテンスカート・・・は、やっぱり仕事中だからダメでしょうけど、スリット入りのとか。トップはジャケットよりもニットかな。いっそのことワンピースにするとか・・・・・・」
ズラズラと続けられていく女性服談義にロスは呆気に取られて、ついで「まさか」と冷や汗を流す。
「・・・・・・それは、私の服のことですか?」
「他に誰がいます?」
あっさりと振り返るの顔はそんじょそこらの少女よりもとても可愛らしいもので。
ロスは思わず「あなたでは」と言いかけてしまって、慌てて口を塞いだ。
一応、こんなに美少女な少年でも自分の上司なので。
そんな彼女の思惑をよそに、は目的の服屋を見つけて足早に辿り着きドアを開ける。
「どうぞ、ロス少尉」
それはあまりにも自然なエスコートだった。



「あぁ、やっぱりスカートの方が似合いますね」
試着室から出るなりそう言われて、ロスは思わず頬を朱に染めた。
身に着けているのは白のノースリーブのカットソー。ライトグレーのスカートは膝丈で浅くスリットが入っている。
軍指定のブーツの代わりに置かれたのはシンプルなミュールで、履いてみるとそれはとても心地がよく動きやすいものだった。
ジャケットと小さな鞄を同時に手渡して、彼女をコーディネートしたは満足そうに笑う。
「ロス少尉の恋人はさぞかし幸せでしょう。こんな綺麗な恋人を持って」
「・・・・・・万物の錬金術師殿」
「俺も準備してきますから、少し待っていて頂けますか?」
「・・・・・・はい、判りました」
睨んでみせてもどこ吹く風で受け流すに、溜息をつきながら頷いて。
笑いながら試着室へと消えていった自分よりも小さな背中を見送る。
「何なの、あの子・・・・・・」
「素敵な恋人ですね」
いきなり声をかけられて慌てて振り向くと、この店の店員がニコニコと笑って立っていた。
言われた言葉を反芻して問い返す。
「・・・・・・『恋人』?」
「あら、違うんですか?」
「違いますっ!」
必死になってロスが否定すると、店員は首を傾げる。
「じゃあ弟さんですか?」
「だから―――」
「そのお洋服、すごくお似合いですよ。お姉さんにピッタリの服を選ぶだなんて、やっぱり素敵な弟さんですね」
「あの―――」
「可愛いし、紳士だし。羨ましいですよ」
店員は悪気がなくそう言っているのだろうが、ロスはあまりの言われ様に頭を抱えた。
弟ならまだしも、どうして自分が10近く年下の子供と恋人に見られなくてはいけないのだろうか、と。
これもすべて洋服を買おうと言い出した束の間の上司のせいか、それともその上司を事件に当たらせた大総統のせいか。
ズキズキと痛んでくる頭を押さえていると、シャッとカーテンの開く音がしてロスは顔を上げる。
『素敵な弟』について嬉しそうに語っていた店員も同じように顔を上げて。
そして二人は同時に固まった。

「どうですか? 俺、可愛い?」

そう言って現れたは、少年のはずなのに少年には見えなくて。
裾を折り曲げたジーンズに柔らかい黄色のふわふわニット。足元はスポーティーなスニーカー。
一つに結んでいた髪を下ろしてピンで留めた姿は、彼の可愛らしい外見を何倍にも強調している。
はにかむように笑う姿は紛れもなく女性であるロスと店員の自信を喪失させるのに十分だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・妹さん、でしたか」
そんな店員の言葉に否定も肯定も出来やしない。
美少女にしか見えない顔でニコッと笑う上司に、まだ何も仕事していないというのに、ロスはこの事件に関わったことを本気で後悔していた。



司令部を出る前に渡された札束で支払いを終えると、元着ていた服を紙袋に詰めてもらって店を出る。
「ちょ、待って下さいっ!」
ロスは慌てての後を追った。
自分の軍服が入っている紙袋を引き受けようとするが、それもの笑顔と巧みな動作で断られてしまって。
「今から事件が解決するまで、俺とロス少尉は『姉妹』ね」
言われた言葉に目を瞬く。
「だから敬語とかも一切なし。俺のことはって、名前でいいから」
「ですが・・・っ」
「はい減点1」
「何ですか、それは! 少しは私の話も聞いて―――」
「ロス少尉の・・・『お姉ちゃん』の名前って何だっけ?」
「マリアです! それより私の話を――――――っ」
聞いて下さい、と続けようとしてロスは言葉を止めた。
前を歩いていたがゆっくりと振り返る。
大きな瞳が戸惑ったように揺れているのをロスは見とめて。
「・・・・・・マリア?」
それは名前を呼ばれたのではなく、ただ確認されただけなのだと判る。
「はい。・・・・・・どなたか、同じ名前のお知り合いでも?」
「――――――いや」
再度前を向いては歩き出す。
一瞬だけ垣間見えた横顔が無表情すぎて綺麗だと、ロスは思った。
「いないよ、そんな知り合い」
冷ややかに切り捨てて、は早足で歩き続ける。

こうして二人の仕事は始まった。





2003年12月13日