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長い時間電車に揺られて、いい加減に腰も痛くなった頃、アキノはセントラルに到着した。
んー、と大きく伸びをしてから、古びたトランクを片手に人込みを歩き出す。
これからまっすぐに中央司令部に向かって、得た情報をきちんと報告して。
器用に人を避けながら、アキノは予定を立てる。
前もって電話で知らせてあるから、時間はそんなに掛からないで済むだろう。
その後はヒューズ中佐のところに・・・・・・あまり寄りたくはないが、寄って。
おそらく彼の愛娘の話を延々と聞かされることになって。
必要な物は明日にでも買いに行こう。エドたちとの待ち合わせにはそれでも十分過ぎるほどに時間がある。
切符を駅員に渡して、アキノは改札を通り抜けた。
――――――瞬間。

「止まりなさい! 止まらないと撃つわよっ!」

何でリザさんがセントラルに!?
そう思ってアキノは思いっきり振り向いた。





白兎の行進曲





まず目に入ったのは、こちらへと向かって走ってくる男の姿だった。
手に持っているのは何なのだろうか、とりあえず鞄を大事そうに抱え込んでいる。
その肩越しに、見慣れている青い軍服が見えた。
裾を大きく翻しながら、男を追ってこちらへと向かってくる二人。
アキノは目を凝らしてその人物たちを観察し、そしてホッとしたように肩を下ろした。
「・・・・・・リザさんが、ここにいるわけないか」
安心した溜息が漏れて、それを切り裂くように荒々しい声が響く。
「どけどけどけ~~~~~~っ!」
男が走りながらめちゃくちゃに振り回している右手には、ナイフが握られていた。
駅構内にいた人々は叫び声をあげながら、慌てて男の進路から離れ、店の中や柱の影へと隠れていく。
「・・・・・・芸のない台詞」
近づいてくる男を、アキノはスローモーションのように眺めていた。
仕方ないと思いながらトランクを下ろして。
両手を鳴らせば、それでお終い。
たまには公に軍に協力するのも良いだろう。そう思って両手を上げたとき―――。

パァンッ

「―――って撃ってんじゃねーよっ!」
思わず入れたツッコミは味方であるはずの軍人へだった。
おそらく進行方向にアキノがいることで、犯人とおぼしき男の逃走を止めなければと思ったのだろう。
余計なお世話だ、と呟いて、アキノは再度手を合わせた。
パンッと小気味よい音を立て、次いで両の親指と人差し指で三角を作って。
男を、その中に収める。
次の瞬間、男はコンクリートで固められた檻の中にいた。
それに使った分だけ、檻を中心にして数メートルの道路が少しだけ凹んでいる。
状況が判らなくて叫んでいる男を見ながら、アキノは笑った。
「お勤めご苦労様」
同業者である、かけよってきた軍人たちに向かって。



サイレンを鳴らしながら車が近づいてくるのを見て、アキノは視線を前へと戻した。
そこには先程、男を追って駈けてきていた二人の軍人がいて。
黒髪ショートヘアの女性は、肩の階級からいって少尉。
どことなく親しみやすい雰囲気を持っている男性は、おそらく軍曹。
きっとただの子供に見える自分が錬金術を使ったのに驚いているのだろう。
アキノはコートの内ポケットから銀時計を取り出して、二人の前に掲げた。
「俺はアキノ・クドウ。所属は大総統直属の国家錬金術師機関。二つ名は『万物の錬金術師』です」
名乗ると、少しのタイムラグの後で、女性の方がパッと敬礼をした。
次いで男も慌てて背筋を伸ばして敬礼する。
「国家錬金術師殿でありましたか!」
「・・・・・・まだ一年目の新人ですけど」
馴れないように戸惑って笑えば、女性は尚のこと姿勢を正して。
「この度はご協力感謝いたします! 私、マリア・ロスと申します! 階級は少尉です!」
当たった、と内心でアキノは思う。
「自分はデニー・ブロッシュであります! 階級は軍曹です!」
こっちも当たり、とアキノは小さく笑って。
けれど次の瞬間、何かに気づいたかのように目を細めた。
可愛らしいアキノの纏う雰囲気が一変して、ロスとブロッシュが戸惑ったように敬礼していた手を下ろす。
「・・・・・・万物の錬金術師殿・・・?」
小さな呟きを目線一つだけで制して。
「・・・・・・何か、変な匂いがする」
クンクンと、アキノが鼻を鳴らす。二人の顔も同時に強張りを見せた。
周囲にはサイレンを止めて到着した軍の車。
遠くから何があったのかと注目してくる人々。
ホームで鳴っている列車の汽笛。
そして――――――。

ハッと気づいてアキノは檻を振り向いた。
コンクリートの格子の向こう、男の姿。
大事そうに抱えていた鞄が、今は潰れて落ちている。
中身が、出ていて。
「――――――ざけんなっ・・・!」
男に向かって駆け出したアキノの目に、小さなライターの炎が映った。
下卑た笑い声が響いて。



炎が爆弾に着火するのと、アキノが手を鳴らしたのは同時だった。





2003年12月13日