「マリアさん、来て来てっ! すごく可愛い客が来てるのよ!」
部屋のドアを勢いよく開けて、ジェシカが入ってきた。
私は彼女に引きずられるようにして準備室から出て、店の受け付けへと向かう。
まだ化粧を完全に終わらせたわけじゃないのに・・・・・・。
いつもなら断って準備するんだけど、今日はジェシカがいつになく興奮しているようだから大人しくついていく。
私よりも少し年下の彼女は、早口で喋りながらも歩くスピードは落とさない。
「あの子まだ10代よ! しかも前半じゃないのかしら? 早く行かないと他の誰かが連れていっちゃうかも!」
私は驚きよりも訝しさを覚えて眉を顰めた。マスカラがその拍子に少しだけ違和感を覚えさせる。
「10代前半? そんな子供がうちの店に?」
「そうなの、でもちゃんとお金を持ってきてるのよ! 特に指名もないって言うから、今客の相手をしていない子たちでジャンケンしてるの! マリアさんももちろん参戦するでしょ?」
「私は・・・・・・」
そんな子供には興味ない、と斬り捨てようとしたけれど、ジェシカはまるで恋をしている女の子のように楽しそうに笑う。
「ふふ、あの子きっと初めてでしょうね。そういう子に手取り足取り教えるのって、こういう世界で働いてる私たちの楽しみでもあるじゃない? しかもあんなに可愛い子なら尚更!」
「いつもギラついた男の相手ばかりしているからね。確かにその気持ちは判るわ」
「あーでもウチで一番人気のマリアさんを連れていったら、あの子もマリアさんを選んじゃうかも」
彼女の言い分に私は少し笑って口紅を小指で直す。
「ジェシカがそこまで言うような子なら、可愛がってあげてもいいわね」
いつも以上に人の集まっている受け付けに着くと、ジェシカの言う通り客の相手をしていないほとんどの子が集まってきていた。
露出度の高い洋服と鼻につく香水の向こうで、受け付け係でもある見習いの子がソファーに座っている誰かに向かって話しかけている。
鈴なりになっている人垣の中、一瞬だけ長めの黒髪が見えて。
何人もの人間を間に挟んで、目が合った。
確かにそのとき、私と彼は。
唇が自然と笑みを刻む。前に出るように足を進めると、集まっていた人垣が自然に割れて。
こういうときにナンバーワンまで上り詰めて良かったって思うわね。
だって、大抵の我侭は通るもの。
けばけばしい装飾ばかりの店の中で、唯一透明な空気を纏っている男の子の前まで来ると、より一層彼の視線を強く感じる。
私は微笑んで、その顎に指をかけた。
戸惑うような雰囲気がとてもとても可愛らしくて。
「ねぇ坊や、私にしない?」
思いきりイカせてあげる、とその耳元に吐息をかけて囁いた。
サクラ
与えられている部屋はナンバーワンの私も、始めたばかりの子も同じ。
あるのは簡単な飲み物が用意されている冷蔵庫と、薄いカーテンの引かれた窓に、大きなベッド。
行為をするためだけに作られた部屋。
彼はそういう場所に入るのは初めてなのか、キョロキョロと周囲を見回している。
私は冷蔵庫のドアを開けながら尋ねた。
「何か飲む?」
「・・・・・・いえ、いいです」
一瞬女の子に見間違えそうな顔で、彼は首を横に振る。
答える声までもが可愛らしい。うん、そうね。ジェシカの言う通りだったわ。
こんな子なら喜んでお相手してあげたくなるもの。
「アナタ、名前は?」
「・・・・・・サクラです」
「そう。私はマリア。今夜一晩よろしくね」
露骨に頬を歪めて言えば、彼―――サクラは尚更困ったように眉を下げて。
そんな顔も可愛らしいからこそ、どんな風に快感を表すのか興味がある。
今すぐに始めてもいいけど・・・・・・やっぱり初めてなら雰囲気から作ってあげなきゃかしら?
「サクラは、いくつ? まだ10代に見えるんだけど」
「・・・・・・15、です」
「ふふ、若いのねぇ」
もうすぐ25の誕生日を迎える私とはずいぶん離れている。私がサクラくらいの頃は一体何をしていたかしら?
思い返して、一瞬だけ思考が冷える。
あの頃はそう、イシュヴァールの内乱でそれどころじゃなかった。
「・・・・・・15じゃ、ダメですか?」
サクラの声に現実へと戻される。
見れば私とほとんど目線の変わらない場所で、サクラが不安そうに顔を翳らせていて。
私は小さく笑みを漏らした。
「そんなことないわよ。私としてはサクラみたいな可愛いお客さんで大喜び」
一歩距離を詰めて、その透明で滑らかな頬に手を伸ばした。
私と全然違うわ、なんて考えていたのに、サクラは言う。
「マリアさんだって、すごく奇麗です」
「・・・・・・ありがと」
ほとんどお世辞なんだろうけれど、素直に受け止めておこうと思った。
だんだんと熱を帯びてきている彼の頬に唇を落として。
ルージュの色が、まるで彼自身を染めていくみたい。
「口、少しだけ開けて?」
おずおずと目を閉じて従うサクラの唇を、角度を変えてゆっくりと塞ぐ。
舌を差し入れると彼はどうしていいか判らないようで、頬に添えている私の手に自分の手を重ねてきた。
・・・・・・本当に可愛い。
戸惑う舌を搦め捕って、唇を挟むように何度も啄ばむ。
すべて舐め尽くすようにキスを交わして、彼の身体をベッドへと押し倒した。
唇を離すと、唾液にまみれた口元を光らせながら、サクラがこちらを見上げてきて。
「気持ちヨく、させてあげるわ」
そう言って私はスプリットドレスを脱いだ。
春先の夜。
薄いカーテンの向こうでは、街灯にさらされて桜が白い花びらを散らしていく。
何も知らない男の子を、自分のこの手で汚していく。
それは娼婦をしている女にとって、稀に得ることの出来る暗い悦び。
日溜まりのような相手を、同じ闇へと引き寄せる。
快感に鳴く唇を自分のそれで塞いで。
快感を叫ぶ性器を自分の肉で受け止めて。
そして耳元で偽りの愛を囁く。
染め上げて、そして笑うのだ。
馬鹿な子供だ、なんて思いながら。
自分自身を、嗤うのだ。
サクラの放った絶頂を身体の奥で感じきってから、私はゆっくりと腰を抜き始めた。
ズルズルと出て行く性器に微かな興奮を感じながら、その先端部分が水音を立てて私の中から消えていく。
いつもの脂ぎった客とは違う。本当にサクラは可愛い。
馴れないような指先も、力加減を知らないような手の平も、そしてすべてぶつけてくるような快感も。
可愛いサクラ。そんな彼を染め上げた悦びが私の口元に笑みを刻ませる。
まだ荒い呼吸をしている彼の唇に、そっと自分のそれを重ねて。
「気持ち良かった?」
聞けばサクラはぼんやりとした眼差しのまま頷いた。
そうね、私も一度だけだけどイクことが出来たし、この子は将来有望かもしれないわ。
私がこうして、すべて教えていってあげれば。
「・・・・・・マリアさん」
サクラが手を伸ばして私の頬に触れてくる。
望んでいるままに口付けを与えてあげた。
舌を搦ませて、唇を甘噛みして――――――・・・・・・。
違う、と気がついたとき、すでに私はサクラの下にいた。
先程とは逆に、私を跨いで彼は笑う。
その顔は、私が鳴かせた『男の子』のものではなかった。
太陽じゃない、月の笑み。昼よりも夜に属するような性質の。
手が伸びてきて、私の乳房をゆっくりと揉み始める。
柔らかく、一瞬だけ荒く、その巧みさはついさっき私の知ったサクラではなかった。
馴れない様子でただ翻弄されていたばかりの男の子じゃない。
手の平で転がされる乳首に思わず声が漏れて、一瞬カッと頬が熱くなる。
―――この私が、何でこんな年下の子供なんかに。
あまりの彼の変わりように文句を言おうと口を開いたが、見計らったように走った快感によって私は嬌声をあげるしかなかった。
サクラは可愛らしい顔で私を見下ろして、笑う。
「今度は俺がマリアさんを気持ち良くさせてあげるよ。――――――何もかも取り去って、溺れるくらいに」
いきなりきつく触れられた下半身に、私は二度目の絶頂を迎えた。
指先がゆっくりと弱弱しく私の中をかき混ぜる。
サクラは笑みを浮かべたままで、的確に私の弱い所をついてくる。
でもそれは本当に触れるか触れないかの曖昧さで。
与えられる快感に、年上の意地も娼婦としてのプライドもいつの間にかドロドロに融かされてしまった。
大人の男ではない細い指先が、今まで感じたことのない気持ち良さを私に与える。
まるで処女のように体中が敏感になって。
もっと奥まで触れてほしくて私は自ら腰を揺らした。もう本当に、どうしようもなくなってしまって。
微笑したままのサクラが、愛しくて、憎い。
耳元で囁かれるだけでイキそうになる。
「ねぇ、マリアさん」
何度目になるか判らない快楽の波の中で、サクラが私を弄びながら言った。
「先週の木曜日に相手した男は、どうやって武器を手に入れたって言ってた?」
呼吸一つに揺さぶられて、指一本で足さえも開かされる。こんなセックス、全然知らない。
私でさえ知らない私を引き出すサクラ。
どんなに酷くされてもいい。押し付けられて、奪われて、罵られて、拘束されてもいい。
身体の奥に火がついて、もう自分じゃ止められない。
サクラが望むなら何だってする。何だって、するから。
何を言っているのか私でさえも判らない。
瞼の裏はすでに白くチカチカしていて、けれどサクラが満足そうに笑っているのを視覚していた。
「・・・・・・イイコだね」
甘い甘い声がして。
そして私は欲しいものを手に入れる。
次に目が覚めたとき、すでにサクラはいなくなっていた。
嬌声をあげすぎて声の出ない私に、ジェシカが水を持ってきてくれる。
らしくない失態を見せてしまったようで、実はかなり恥ずかしかった。
「マリアさん、可愛い子だからって張り切りすぎたんじゃないですか?」
ジェシカはそう言って笑う。彼女の勘違いをいいように、私は苦笑することで流しておいた。
・・・・・・サクラのことは、誰にも知られたくない。
私自身が彼によって好き勝手にされたからじゃなくて、ただ、あの快楽を他人に渡したくなかったから。
あの激しいセックスを、自らがこんなに淫らになることの出来る快感を。
サクラの手を、指先を、吐息も、何もかもすべて。
思い返すだけで下半身が濡れていくのが判った。
もう娼婦としてやっていくことは出来ないかもしれない。
あの、サクラの愛撫を知ってしまったから。
再び会えるかどうかも判らない彼を思う。
どうしようもない熱を心と身体に抱えながら。
まるでこの世のものとは思えないような一夜を過ごした部屋。
薄いカーテンの向こうでは、白い桜の花びらが風に吹かれて消えていた。
2003年12月4日