「リザさんっ」
会議室から出てきたリザは、後ろから声をかけられて振り向いた。
廊下の向こうから小走りに近づいてくるのは『万物の錬金術師』で。
彼は可愛らしいけれども、確かに少年の顔で笑いかけてくる。
「リザさん、会議もう終わった?」
「ええ、終わったわ」
「じゃあこれ後で食べて。funfun工房のクッキー」
手に持っていた小さな紙袋を差し出すと、何故か反応したのはリザではなく彼女の先を歩いていたロイで。
「、私にはないのかね?」
「ない。・・・・・・と言いたいところだけど、そうすると後がムカツクことになりそうだから。大佐はこっち」
白いコートのポケットからおざなりに取り出す。
リザには紙袋に入った種類様々なクッキーを。
ロイにはラッピングも何もないただのマドレーヌを。
ちなみにどちらも並ばなくては手に入らないと街で評判の店・funfun工房のものだった。
「鋼のの整備士はもう来たのか」
「あぁ、ウィンリィなら今はエドの腕を見てる」
「・・・そう、私も後で会いに行くわ」
これから会議の内容をまとめなくてはいけないという二人に、は「ウィンリィに伝えとく」と言って手を振る。
廊下を去って行く足は軽くて。
角を曲がりきって姿が見えなくなった頃、ロイはマドレーヌを片手に楽しそうに笑った。
隣にいる、クッキーを持っている部下に向かって。
「妬けるかね?」
からかいに返事は返されなかった。
A boy meets a girl.
『って、恋人とか、いるの?』
ウィンリィの言葉にエドとアルは盛大に顔を引きつらせた。
今の台詞を頭の中で反芻して、周囲の軍人たちが仕事に戻っていくのを横目で確認してから、正面の幼馴染へと向き直る。
本当に、彼女の言動は突拍子もない。
「ウィ、ウィンリィ・・・・・・」
「何よ、アル」
「・・・・・・おまえ、まさか」
「何よ、エド」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
沈黙を訳せば『アル、おまえが聞けよ』『やだよ、兄さんが聞いてよ』『俺やだ』『ボクもやだ』以下延々。
けれど結局兄は弟に甘いのか、視線の遣り取りを切り上げて再び幼馴染と向き直った。
「・・・・・・ウィンリィ」
「だから何よ、エド」
いい加減にイライラしてきたのか、ぶっきらぼうにウィンリィが答えて。
エドは恐る恐る額に汗を浮かべながら問いかけた。
「おまえ、のこと、好きなのか・・・・・・?」
切り出すまでの長さとは裏腹に、答えは即行で返されて。
「うん、そうね、好きよ。カッコよくて優しくて機械鎧にも詳しいなんて最高じゃない」
「・・・・・・・・・やっぱり機械鎧がついてくるんだね」
アルが疲れたように溜息をつく。
この幼馴染の少女の趣味はやはりどこか違う。・・・・・・知ってはいたけれども。
ウィンリィはそんなエドとアルの考えなど知ることもなく、再び同じ問いを繰り返して。
「それで? って恋人いるの?」
「あー・・・・・・」
再び視線の遣り取りをした後、今度はアルが口を開く。
「恋人はいないけど・・・・・・好きな人はいる、かな」
「好きな人って誰?」
「・・・・・・・・・まぁ半ば公認みたいなもんだしいいよな。中尉だよ。ホークアイ中尉」
エドが溜息をつきながらの意中の人を明かした。
本当に、なんでこの幼馴染は厄介なことにばかり首を突っ込むのだろう、なんて考えながら。
けれどそんな考えもウィンリィの驚いたような声に止められる。
「・・・・・・ホークアイ中尉って、リザさん?」
「あぁ」
「え、でもあの人って」
心底不思議そうにウィンリィは首を傾げて。
同じように首を傾げていたエドとアルは、次の言葉に今度こそ顎を落とした。
「リザさんは、あのマスタングって人が好きなんでしょ?」
そういえば、そういえば中尉の好きな人って聞いたことがなかったな、とエルリック兄弟は今さらのように思った。
親友であるが中尉のことを好きで、おそらく対応から見ていると中尉もそれを疎んでいるわけでもなさそうで。
でも中尉はやっぱりよりも大佐であるロイと一緒にいることが多くて。(そりゃ仕事だから仕方ないのかもしれないけれど)
それでもは中尉のことが好きで。
兄弟は頭の中で錬金術を思い浮かべるのと同じく、公式を導き出した。
それ曰く。
ウィンリィ→→中尉→大佐(?)
見事に見事な一方通行の完成である。
問題は矢印が止まっている大佐なのだが・・・・・・。
「あ、!」
執務室へと戻ってきたにウィンリィが明るく呼びかける。
出て行くときに持っていた紙袋は、今はなくなっていて。
「エドの整備は終わったの。だからのを見せてくれる?」
「いいよ。って言ってもあんまり参考にはならないかもだけど」
「どうして?」
首を傾げる相手には小さく苦笑を返して。
「自分の機械鎧だけど、元の作りはよく知らないんだ。気がついたらつけられてた感じで。それに改造とかしまくってるし」
「両足よね?」
「うん」
短パン姿になると、ドライバーを取り出すウィンリィ。
もはやすでにエドとアルは置き去りにされていた。
「うわぁ・・・・・・これ、強度がものすごく高いでしょ。ここなんか接着にボルトじゃなくて薬を使ってるし・・・」
「かけるだけの金もなくてさ。全部そこら辺にあるもので錬成して」
「神経系はどうなってるのか見せてもらってもいい?」
「直接触らなければ」
一枚一枚丁寧に装甲を剥がしていく作業に、エドは自分のときとは扱いがずいぶん違うと思った。
自分相手なら何も言わずにベリベりと剥いでいくのに。
これが恋愛のなせる技なのか。
「・・・・・・・・・兄さん、ボクたち邪魔かな」
機械鎧について話している二人に邪魔も何もないのだろうけれど。
「・・・・・・資料室にでも行くか」
ロマンの欠片もない二人にそれもどうかと思うのだけれど。
でもまぁ、家族にも等しい大切な幼馴染のためなので。
エドとアルはそろそろと、出来るだけ静かにその場を離れた。
執務室の扉を閉じたところで二人して溜息をついて。
そこに突然声をかけられたのだから思わず身を固くする。
「どうしたの、二人とも」
「え? あ、中尉」
なんてタイムリーな、とエドは思った。
先程見事な一方通行な公式を思い描いていたものだから、ついそんな目で相手のことを見てしまって。
慌てふためく二人に首を傾げながら、リザが尋ねる。
「ウィンリィちゃんが来てるんでしょう?」
「あ、はい」
「会うのは久しぶりね。覚えていてくれてるといいのだけど」
苦笑を浮かべながら執務室の扉に手をかけるリザを、エドが焦って止めに入る。
「え、えっと中尉!」
ものすごく不審なのだが、それでも一生懸命に。
「か、会議のまとめってもう終わったの?」
「ええ、ついさっき」
「ウィ、ウィンリィは今さ、の足を見てるから、話とかは出来ないかも・・・・・・」
「あら、そうなの」
必死な様子のエドにリザは少し考えて、そして安心させるように微笑すると、ドアにかけていた手を離した。
「じゃあまた後でにするわね」
「・・・・・・うん」
去ろうとすると丁度ドアを開けてファルマン准尉が出てきて、その拍子に細い隙間から中の様子が垣間見えた。
少年と少女が、楽しそうに笑みを浮かべ合っていて。
明るい声が聞こえてくる。
リザはそっと扉を閉めて、エドとアルにもう一度笑いかけると、そのまま廊下を去っていった。
姿が見えなくなると、エドは疲れ切ったようにその場に座り込む。
アルは不思議そうに首を傾げて。
「兄さんはウィンリィの味方なの?」
中尉をこの部屋に入れなかったということは、すなわちそういうことに取れるわけで。
エドは自分の金髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「〜〜〜〜〜〜判んねぇよそんなのっ! ただ思わずしちまっただけで・・・」
執務室の中からは親友と幼馴染の笑い声が聞こえてきて。
はぁ、と兄弟は溜息をつく。
「なんだかなぁ・・・・・・」
エドが手に負えないというように呟いた。
「じゃあね。くれぐれも私の機械鎧を壊さないでよ!?」
「わーってるって。気をつけて帰れよ」
「またね、ウィンリィ」
寄るところがあるから、と一泊もせずに帰るウィンリィに軍の玄関口で別れを告げる。
見送りに出てきたリザに、ウィンリィは少し残念そうに話しかけた。
「リザさんともお話したかったんですけど・・・・・・」
「また来たときにでも話しましょう? 今度は私も時間を作っておくから」
「はい!」
嬉しそうに頷くと、今度はへと向き直った。
幼馴染に向けるのとは少し違った笑顔を、彼へと向けて。
手を差し出して握手を求めた。
「改造は、あたしのオッケーがない限りしないこと!」
「はい」
「何かあったらすぐ連絡してよね? あたしは今日からエドだけじゃなくての整備士でもあるんだから」
「はーい」
「リゼンブールにも遊びに来てね」
「是非」
「それと」
まだ続くのかよ、とエドが呟く傍らで、ウィンリィは笑顔を浮かべた。
それは小さい頃からずっと一緒に育ってきたエドとアルでさえも見たことのない、華やかで、奇麗なもので。
その笑顔を一人だけに向けて、ウィンリィは告げた。
「好きだから、それだけ覚えておいて」
握っている手の平を放さずに、唇に限りなく近いの頬へとキスを贈って。
ムンクの叫び同様の顔をしているエドとアルを無視してウィンリィは笑った。
「リザさんには負けないんだから!」
トランクを片手に持ちながら去っていった少女。
残されたのは顔を引きつらせている兄弟と、沈黙している少年と女性で。
どうしよう、とは一体誰が呟いたのか。
嵐は甚大な被害を与えて去っていった。
激突は、必至?
2003年11月27日